補足説明資料

【研究の背景】
 “核医学”とは医学分野における放射線利用のひとつで、Tc-99m、I-123、Ga-67等の放射性同位元素で標識した医薬品(放射性医薬品)を用いて、脳、肺、心臓等の各種臓器の機能検査(表1)、バセドウ病、ガンの治療等が行われています。最近では、陽電子を放出するC-11、N-13を体内に投与し、その分布を3次元的に捉え断層画像として表示するPET(Positoron Emission Tomography)も広く利用されるようになり、病気の原因や病状を的確に診断できるようになりました。
 核医学検査・治療は、患者の苦痛が少ない方法として世界的に広く利用されています。最新の資料(参考文献1)によると、日本では平成14年に放射性医薬品を投与する核医学検査は年間約165万件、甲状腺の治療は約5千件行われました。また、PET検査の件数は近年急激に増加し、平成19年には約35万件にも上ると推計されています。さらに、PETは、生体を構成する様々な分子の活動を観察する“分子イメージング”技術として、生命活動の解明にも役立つ手法として利用が更に広まりつつあります。

表1 核医学検査に利用される代表的な放射性同位元素
核種 検査対象
Ga-67 腫瘍、炎症
Tc-99m 骨、関節、心臓、血管、脳等
In-111 脳、脳脊髄
I-123 心臓、血管
I-131 甲状腺
Xe-133


 これらの診断や治療では、体内に投与される放射性医薬品によって、患者が受ける被ばく線量とそれによるリスクを評価し、安全性を確認しながら効果的な診断や治療結果が得られるように計画が立てられます。そのため、患者に対する被ばく線量の評価は、診断や治療を行う上で重要な手順のひとつで、投与する放射性医薬品の体内での分布、放出される放射線のエネルギーや強度等の特性に基づいて行われます。
 MIRD委員会は、核医学等で用いられる242核種について、放出される放射線のエネルギーや強度のデータを編集し、1989年に“MIRD: Radionuclide Data and Decay Schemes”を出版しました。このデータ集は、これまで約18年間にわたって核医学の現場で活用されてきました。
 しかし、“MIRD: Radionuclide Data and Decay Schemes”は、その基になった放射性核種の基本データが1970年代のものと古く、また、核医学診断の多様化により、従来使用されなかった核種が今後新たに利用される可能性が出て来ました。これらの状況から、このデータ集を更新する必要性が認識されるようになりました。


【本研究の内容と意義】
 原子力機構は、原子力の研究開発、加速器や放射性同位元素等の利用における被ばく線量評価に幅広く対応するために、1037の放射性核種に対する最新の崩壊データを収録したデータベース“DECDC2” 6)を2005年に完成させました(参考文献2)。MIRD委員会はこの“DECDC2”に着目し、まず、この中から核医学利用を主とする核種(333核種)を選定しました。具体的な編集作業は、原子力機構と米国環境保護庁7)との研究協力協定の下で、遠藤リーダーとKeith Eckerman博士が協力して行い、“MIRD: Radionuclide Data and Decay Schemes”の第2版として完成させました(図1、A4約770ページ)。




【第2版の特徴】
 1. 第1版で収録された既に核医学で利用されているTc-99m、I-123、Ga-67等の242核種に加え、新たな核種の利用に対するニーズに応えるためにEr-169、Lu-177等の91核種を追加し、333核種のデータを収録しました。

 2. 放射性核種の崩壊に伴い放出される各種放射線のエネルギー、強度のデータは、評価済み核構造データファイルENSDF8)と呼ばれる原子核の構造・崩壊に関する最新の情報を用いて計算し、現時点で利用できる最新のデータを提供しました。

 3. 人体内に取り込まれた放射性核種が放出するAuger電子2)は、DNAの損傷を評価する上で非常に重要です。このAuger電子の詳細なエネルギー分布が、原子力機構で開発された計算プログラムEDISTR04を用いて評価されました(図2)。これにより、第1版のデータではできなかったDNAサイズでの詳細な線量計算が可能になりました。



 4. これらのデータは、パーソナルコンピュータで利用できるデータベースソフト“RADTABS” (図3)に格納され、“MIRD: Radionuclide Data and Decay Schemes, 2nd Edition”と共に提供されます。これにより、データの表示、線量計算用プログラムへの導入が容易になり、様々なニーズに対応できます。




【成果の波及】
 新たに完成したデータ集は、MIRD委員会の出版物として、米国核医学会から2008年1月に一般向けに出版される予定です。MIRD委員会が開発した線量評価法やデータは、核医学分野の準世界標準的手法として利用されており、今回開発されたデータベースも、専門家による線量評価に利用されることで、放射性医薬品を用いた診断及び治療計画の立案や改善に役立てられます。具体的には、@91核種のデータを追加したことによる核医学の応用範囲の拡大、A原子核の構造・崩壊に関する最新のデータ、特に第1版では十分に対応できなかったDNAサイズでの詳細な線量計算を可能にするデータを利用した線量評価の高度化、等の改善につながる可能性があります。また、近年進展が目覚ましい分子イメージング研究での利用も可能であり、様々な生命活動の解明に貢献することが期待されます。


【参考文献】
 1. 日本アイソトープ協会.第6回全国核医学診療実態調査中間報告 (2007).
 2. A. Endo, Y. Yamaguchi and K.F. Eckerman. Nuclear Decay Data for Dosimetry Calculation: Revised Data of ICRP Publication 38. JAERI 1347 (2005).


【核医学に関するホームページ】
 日本核医学会: http://www.jsnm.org/
 日本核医学技術学会: http://www.jsnmt.umin.ne.jp/
 日本アイソトープ協会: http://www.jrias.or.jp/
 米国核医学会: http://www.snm.org/


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