補足説明資料1



1.研究の背景及び経緯
 植物は、大気汚染物質である窒素酸化物(NOx)等を吸収/吸着することが知られており、高速道路壁面や工場周辺を緑化することで大気汚染物質の除去/拡散防止が期待されています。ヒメイタビ(Ficus thunbergii Maxim)はクワ科イチジク属のつる性常緑樹で、気根を出して壁面を這い上がる性質をもっており、壁面緑化に適した植物です(図1)。植物を用いて効率よく大気汚染浄化を行なうには、植物の能力を改良することが必要です。イオンビームは、効率良く突然変異を誘発することから、新しい遺伝資源の創出に有用であることが示されています。そこで、広島大学と原子力機構は、ヒメイタビにイオンビームを照射し、窒素酸化物浄化能が向上した突然変異株の育成を目指し、平成12年から共同研究を開始しました。





2.研究内容
 大気汚染物質として、車や工場の排気ガスに含まれている二酸化窒素(NO2)に注目しました。二酸化窒素は窒素酸化物(NOx)の一つで、光化学スモッグの原因となる光化学オキシダント*5を生成する都市大気汚染の主要物質です。本研究では、無菌的に生育させたヒメイタビの外植片に炭素イオンビームを照射し、その外植片を培養することで再分化体を得ました。再分化体を順化した後、二酸化窒素浄化能が親植物に比べて高い突然変異株の選抜を試みました。
 大気中の二酸化窒素は、植物の葉に取り込まれると無機イオン(硝酸イオンNO3-と亜硝酸イオンNO2-)に解離し、その後、植物の葉に存在する硝酸還元系酵素(硝酸還元酵素NR、亜硝酸還元酵素NiR)等により有機窒素(アミノ酸やタンパク質などの有機窒素化合物)にまで代謝されることが知られています(図2)。そこで、葉に取り込まれた二酸化窒素由来の全窒素量(二酸化窒素の総取り込み量)と有機窒素量(取り込まれた二酸化窒素のうち代謝された量)を定量し、突然変異体選抜の指標としました。具体的には、安定同位体15Nで標識した二酸化窒素(15NO2)を1 ppm の濃度(都市大気中濃度の10-20倍)で植物体に8時間曝露しました。その後、葉を回収、洗浄、乾燥後、元素分析計/安定同位体比質量分析計で定量しました。全窒素量は、乾燥植物試料粉末から直接定量しました。有機窒素量は、乾燥植物試料粉末をケールダール分解*6した後、定量しました(図3)。








 以上の方法でイオンビームを照射した約25,000の外植片から得られた約500個体を分析した結果、親植物に比べて二酸化窒素吸収/代謝能が40〜80%向上した突然変異株の選抜に成功しました(図3)。この突然変異株から挿し木で増殖した植物体でも同様な結果が得られ、形質が安定していることから、名称「KNOX(ノックス)」(仮称)として農林水産省に品種登録出願しました。ヒメイタビKNOX株は、親植物と外観や生育上の差異は認められず、壁面緑化植物としての適性は失われていません(図4)。





3.成果の意義
 イオンビーム育種により、二酸化窒素浄化能が向上した植物品種の育成が可能であることが示されました。この結果は、イオンビーム育種技術が、植物の環境浄化能の向上にも役立つ育種法であることを示しています。本研究で得られたヒメイタビ突然変異体KNOX株は植物による環境浄化(ファイトレメディエーション*7)の即戦力になると期待されます。

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