補足説明

背景:
 一般的に固体中の電子は、結晶全体に広がって自由に動き回る「遍歴状態」と、原子周囲に束縛された「局在状態」の二種類に分類されています。たとえば金属において金属光沢や電気伝導の原因となる電子は遍歴状態にあり、ほとんどお互いの影響を受けることなく自由に結晶中を運動する電子(自由電子)と捉えることができます。一方で、たとえば多くの金属酸化物では電子同士の相互作用が強いために電子の移動が困難となり、原子周辺からほとんど動くことができない局在状態にあると考えられています。この電子の遍歴性と局在性は非常によく解明されており、物質の性質を電子レベルで理解し、それを積極的に制御して物質開発を進めようとする現代の物質科学の基礎を成しています。
 しかしながら、希土類やアクチノイド化合物におけるf電子5)は、この「遍歴状態」と「局在状態」の中間的な性質を持っており、非常に複雑で奇妙な振る舞いを示します。数Kから数十K程度の低温において、f電子はあたかもその質量が真空中の数百倍以上重くなった遍歴電子として振舞う様子が観測されます。これは「重い電子」と呼ばれており、約30年前に希土類化合物において初めて発見されました。この性質は、f電子がお互いに相互作用を持って避けあいながらも、結晶中をある程度自由に移動していることに起因しています。一方高温において、この重い電子はほとんど完全に局在した電子として振舞うことが知られています。これは重い電子の最も基礎的な特徴ですが、どのようにしてf電子がこの遍歴・局在の相反する性質を示すかについては、長い間具体的には理解されていませんでした。


実験および実験結果:
 今回、研究グループはf電子状態を観測する強力な実験手法である放射光を用いた角度分解光電子分光を用い、重い電子の原因となるf電子を直接的に捉えることによって「遍歴」から「局在」への遷移の直接的観測を行いました。試料は独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構と言う) 先端基礎研究センターの芳賀芳範研究主幹および大阪大学 大貫惇睦教授らのグループによって作成されたUPd2Al3高純度単結晶試料が用いられました。図1 にUPd2Al3の結晶構造を示します。角度分解光電子分光装置実験は、世界トップクラスのX線強度とエネルギー分解能を持っており、放射性物質の取り扱いが可能な原子力機構専用ビームラインSPring-8 BL23SUにおいて行いました。




 図2に実験結果から得られた低温におけるバンド構造6)(左側)および高温におけるバンド構造(右側)を示します。低温において、フェルミ準位7)付近のエネルギーをもち遍歴的な性質をもっていたf電子が、高温においてそのエネルギーが変化してフェルミ準位より離れることにより、局在的な性質を示すことが明らかになりました。この遍歴から局在への具体的な過程は今回の実験において初めて捉えられたものであり、小さな温度変化で、どのようにして両極端の性質が現れるのかが初めて具体的に明らかとなりました。また、フェルミ準位近傍のバンド構造の変化に加えて、重い電子とは直接的には関わっていない電子にまでも変化が観測されました。これは予想外の変化であり、今後、重い電子の性質をさらに詳しく理解する上で非常に重要な発見であると考えられます。
 また、重い電子系における超伝導機構を解明するためには、そのバンド構造を解明することが必要不可欠です。今回は、実験によって重い電子系超伝導体のバンド構造が明らかにされましたが、これは初めてのケースとなります。現在、重い電子系化合物の超伝導を理解するために、さまざまなモデルが提案されていますが、今後、それぞれのモデルが直接検証されることにより、重い電子の示す超伝導、さらには超伝導現象一般に対する理解が大きく進展するものと期待されます。




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