平成19年5月29日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
独立行政法人放射線医学総合研究所

大気中の宇宙線強度を迅速、精緻に計算できるプログラムを開発
−航空機飛行高度における宇宙線環境画像を予測表示−



【概要】
 独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長・岡撫r雄、以下、原子力機構)原子力基礎工学研究部門環境・放射線工学研究ユニット放射線防護研究グループの佐藤達彦研究員らは、独立行政法人放射線医学総合研究所(理事長・米倉義晴、以下、放医研)放射線防護研究センター環境放射線影響研究グループ宇宙線被ばく研究チームの保田浩志チームリーダーらとの共同研究により、地球に入射する宇宙線*1が地上に至るまでの挙動を最新の数学モデルで記述し、地上を含む大気圏内の宇宙線強度分布を精度良く計算できるプログラムを新たに開発しました。このプログラムは、太陽と地球の磁場の状態から、地上から上空20kmまでのあらゆる場所(高度、緯度、経度)における宇宙線による被ばく線量をごく短い時間で計算することができます。
 このプログラムの完成により、これまでは計算時間の問題で実現が困難であった、地球全域での宇宙線強度分布の日変化を、太陽活動に関する観測データから迅速かつ精緻に計算できるようになり、航空機の巡航高度(約11km)における日々の宇宙線強度のグローバル分布を予測し画像表示することに世界で初めて成功しました。
 この成果により、航空機搭乗時も含め、地球上のさまざまな場所で暮らす人々の宇宙線による被ばく線量を、その時間的変動も含めて精密に評価することが可能になりました。今後、本プログラムは、放医研の航路線量計算システム(JISCARD)*2に組み入れられ、航空機乗務員の宇宙線被ばく*3管理に役立てられます。本成果の詳細は、第13回国際放射線学会(平成19年7月、米国サンフランシスコ)にて発表される予定です。


 大気中宇宙線被ばく線量評価モデルURL
  http://www.jaea.go.jp/04/nsed/ers/radiation/rpro/EXPACS/expacs.html

 航空機高度宇宙線環境マップURL
  http://www.nirs.go.jp/research/jiscard/information/index.shtml


【背景】
 宇宙空間には、太陽起源や銀河起源の様々な粒子が高速で飛び交っています。宇宙に長期間滞在する宇宙飛行士にとって、これらの粒子による被ばくは健康上無視できない問題です。一方、地上に住む私たちは、地球の磁場や大気に護られ、宇宙空間と同じ組成・エネルギーの宇宙線を浴びることはほとんどありません。
 しかし、宇宙線のうちエネルギーの高い粒子は、大気中の原子・分子と核反応を起こして透過力の強い2次粒子(中性子やμ粒子等)を生みだし、これらは地上にまで達します。特に、宇宙線の強度は高度が上昇するほど強くなるので、航空機で上空を飛行している際には、地上に比べて明らかに高い線量の被ばくを受けます(補足説明1)。そのため、近年、航空機搭乗時の宇宙線被ばくに対する社会的関心が高まり、平成18年には文部科学省放射線審議会*4が航空機乗務員の被ばく管理に関するガイドラインを策定しました。一方、電子回路の小型化・高集積化が進むのに伴い、宇宙線によるソフトエラーの問題についても産業界を中心に関心を集め、対策が検討され始めています。
 二次的に生じる宇宙線がもたらす線量は、場所(高度、緯度、経度)や時間(太陽活動の周期的変動*5)に依存して複雑に変化するため、そのグローバルな分布を精度良く評価することは容易ではなく、これまでは膨大な計算時間を必要としてきました。この計算が迅速かつ正確に行えるようになれば、航空機搭乗時の宇宙線被ばく線量や半導体機器のソフトエラーをリアルタイムに評価することが可能になります。


【成果の内容】
 今回発表する成果は、大きく@宇宙線強度計算モデルの開発、A航空機高度宇宙線環境の画像化の2つに分けることができます。

@宇宙線強度計算モデルの開発
 大気中の宇宙線強度を評価するためのモデルは、原子力機構が中心となって開発した最新の核反応モデルを組み込んだ放射線輸送計算コード*6PHITSと最新の核データライブラリJENDL高エネルギーファイルを組み合わせたものをベースとして導出した簡易計算式の集合体です。高度・地磁気強度・太陽活動周期・周辺環境を入力パラメータとし、宇宙線の大気中輸送をシミュレーションして任意の地点における宇宙線のスペクトル*7を計算します(補足説明2)。計算結果をモンテカルロ(乱数発生)型の詳細なシミュレーションと入念に比較したところ、これとほぼ同じ精度で宇宙線のエネルギースペクトルをごく短時間の処理で取得できることが確認されました。
 なお、本モデルの一部を成す中性子のエネルギースペクトルの簡易計算式については、その精度・有効性を既に確認し、原子力機構のホームページから“EXPACS”として公開しています(http://www.jaea.go.jp/04/nsed/ers/radiation/rpro/EXPACS/expacs.html)。
 今回は、この手法を他の粒子(陽子・α粒子・μ粒子・電子・陽電子及び光子)に拡張し、全ての宇宙線成分のエネルギースペクトルを精度良く計算することを実現しました。(図1・図2・図3)












 これを受けて、EXPACSについても、地球上の任意地点における宇宙線被ばく線量をすべての成分について簡単に計算できるようその機能を拡張しました。(図4)






 このプログラムに地球の陸地の標高データを入力して計算を行えば、地上の宇宙線強度分布のマップを作ることができます。(図5)






A航空機高度宇宙線環境の画像化
 今回開発したモデルを、地球の磁場(地磁気)のデータ及び太陽活動の時間変化のデータと組み合わせることにより、航空機の巡航高度(36,000ft、約11km)における日々の宇宙線強度分布を計算し、これを二次元の濃淡マップとして画像表示することに成功しました。その画像は、放医研の航路線量計算システム(JISCARD)の関連情報ページでウェブ公開しました。(図6)






 地磁気カットオフリジディティ*8(以下Rc)の計算は、スイス・ベルン大学で開発されたMAGNETOCOSMICSコード(最新版、2010年まで有効)によって行い、結果をデータベース化して使用しました。このRc値のデータは、Google Earth形式の画像ファイルとしてJISCARDのオプションページで既に公開済みです。(図7)






 現在の太陽活動の強さ(モデュレイションポテンシャル:Mp)は、人工衛星により継続的に観測されている太陽黒点数のデータから推定しました。これらのパラメータ(Rc、Mp)を原子力機構で開発した上記の計算モデルに入力し、航空機の巡航高度(高度11km)における宇宙線強度を緯度・経度それぞれ1度間隔のメッシュで計算して、その分布を「現在の宇宙線強度分布」として世界地図上に濃淡表示しました。この計算・画像更新は1日毎に自動で行われるようになっています。
 なお、今回開発したシステムでは、過去数ヶ月間の黒点数の変動傾向から1日前のMp値を推定し、その値から現在の宇宙線強度分布を予測しています。この場合、1日程度でのMp値の差はごくわずかですので、1日ごとの宇宙線環境にも変化は見られません。(図8)






 しかし、まれに太陽表面での爆発(フレア)に伴い大量のプラズマ粒子が惑星間空間に放出され、大気圏内の宇宙線強度が数日間大きく変動することがあります。(図9)






 今後は、そうした短時間の太陽活動の変化にもリアルタイムに対応できるように機能を改良・検証していく予定です。


【成果の利用・波及効果】
 今回の成果は、地球上のあらゆる地域における宇宙線による被ばく線量を精緻に評価することを可能にし、自然放射線*9による被ばくの正確な実態把握や、宇宙線被ばくに対する理解を深めるために役立てられます。また、放医研が開発したJISCARDの改良等を経て、航空機乗務員が受ける宇宙線被ばく線量の精確な評価に利用される予定です。一方、電子機器のソフトエラー対策を検討することにも活用できることが期待されます。


(用語解説)

 *1) 宇宙線
 宇宙空間を高速で飛び交い地球に降り注いでくる粒子群を宇宙線と呼びます。地磁気に補足された比較的エネルギーの低い放射線から、超新星爆発などで加速された極めてエネルギーの高い放射線まで、様々な放射線が含まれます。また、大気に入射した宇宙線と大気中の酸素や窒素などの原子核との核反応により放出された中性子やμ粒子などは2次宇宙線と呼ばれます。
 
 *2) 航路線量計算システム(JISCARD)
 国際線航空機に搭乗した際に受ける宇宙線による被ばく線量(実効線量)を計算表示するインターネットツールで、放医研で開発されました。平成17年9月15日より放医研のホームページ(http://www.nirs.go.jp/research/jiscard/index.shtml)で一般に公開されています。JISCARDとは、Japanese Internet System for Calculation of Aviation Route Dosesの略。
 
 *3) 航空機乗務員の宇宙線被ばく
 航空機内は、地表面と比べて宇宙線の強度が強く被ばく線量率が高い状態にあり、航空機乗務によって付加的に受ける線量は、公衆の線量限度である年間1mSvを超える場合があります。航空機乗務員の宇宙線被ばく管理ガイドラインが策定され、被ばく線量を精度よく評価する為の手法を確立する必要性が高まっています。
 
 *4) 放射線審議会
 放射線障害の防止に関する技術的基準の斉一を図ることを目的として文部科学省に設置されている諮問機関。
 
 *5) 太陽活動の周期的変動
 太陽には活発な時期と静穏な時期があり、約11年周期で変動しています。太陽活動が活発になると、太陽磁場が強くなり太陽系の中に入り込む銀河宇宙線の数が減少し、私たちの宇宙線被ばく線量率は小さくなります。ただし、巨大な太陽フレア現象が発生した場合は、太陽起源の宇宙線が地磁気圏内まで到達し、一時的に宇宙線被ばく線量率が高くなる可能性があります。
 
 *6) 放射線輸送計算コード
 放射線が、物質中で核反応や電離などの相互作用をしながら移動する現象をシミュレーションするためのコンピュータプログラム。このプログラムを用いて放射線の輸送計算を行う際には、一般に、様々な核反応断面積などのデータを実験値や計算を通して評価し取りまとめたデータ(評価済み核データライブラリ)を利用します。
 
 *7) スペクトル
 ここでは粒子のエネルギー分布を指します。同じ種類の放射線でも、そのエネルギーが違うと人体に与える影響が変わります。したがって、宇宙線被ばく線量を評価するためには、その数(強度)だけでなく、エネルギーの分布、すなわちスペクトルを評価することが重要となります。
 
 *8) 地磁気カットオフリジディティ(Rc)
 地球磁場が宇宙線をはじく力を意味します。地球は極めて大きな磁石と考えることができ、その磁場構造から、Rc値は極地方ほど小さく(宇宙線強度が強く)赤道付近ほど大きく(宇宙線強度が弱く)なります。単位には一般にGV(ギガボルト)が使われます。
 
 *9) 自然放射線
 宇宙線や、自然界に存在しているカリウム40やウラン・トリウム崩壊系列核種などに由来する放射線を指します。この言葉は、原子力利用や放射線発生装置の利用によって発生する人工放射線と対比して用いられます。
 
以 上

もどる