背景
 近年、先端的なレーザー技術で高品質で短パルスな高エネルギー荷電粒子を発生する技術の可能性が探求されている。短パルス・高強度レーザー場がもたらす「局所的な高エネルギー状態」を利用することにより、第四の相であるプラズマを生成させ、さらにこのプラズマを用いて高エネルギー荷電粒子の発生に展開する新しいアプローチである。発展すれば、高品質でかつパルス幅の短い荷電粒子ビーム源をもたらし、この粒子ビーム単体もしくは励起するレーザーとの融合で広く産業に応用される可能性を持つ。原子力機構では多様な量子ビーム設備の戦略的整備とその普及を目指して本技術の基礎研究に取り組んでいる。その要素技術の一つとして、レーザー駆動による電子ビーム生成の研究を継続的に行っている。今回発表の高品質な電子ビームは日本原子力研究開発機構関西光科学研究所の小型テラワットレーザー装置 “JLITE-X (ジェイライトテン)”を用いて生成した。


研究手段(図1参照)
 高強度なレーザーパルスを物質に照射すると、物質は瞬間的にプラズマ化し電子を発生させる。さらにそのプラズマがレーザーパルスと相互に作用することで、局所的にプラズマ中の電子の濃い部分と薄い部分を持つ振幅波(プラズマ波)が発生し、これがレーザー光の伝搬に追従する。この時プラズマ中の一部の電子のうち振幅波に「乗った」ものがさらに加速され高エネルギーな電子が発生する。この際に均一な場を生成することが重要であり、そのためレーザーとターゲット双方の制御性がキーとなる。



実験装置(図2参照)
 チタンサファイアレーザー”JLITE-X”を光源として用いた。1/1000万気圧以下にした真空中に局所的にヘリウムガスを高圧(約50気圧)で注入し、パルス幅70フェムト秒・ピーク出力3兆ワットのレーザー光を焦点距離650ミリメートルの集光光学系を用いてガス上に照射した。ほぼレーザーの進行方向に沿って発生する電子ビームは電磁石と放射線蛍光板(もしくはイメージングプレートとよばれる放射線検出素子)で構成される電子線スペクトロメーター(エネルギー計測器)エネルギーと生成量を観測・決定した。均一性の高い場の生成のため、@電子ビームを発生するレーザーパルスの前に含まれるプレパルスと呼ぶ微弱なレーザーパルスをコントロールすることで、このレーザーの加熱効果によって生じる場の乱れを低減させた。Aガスの均一性の高いガス注入装置を用いて、加速場を構成する元となるガスを均一に生成した。B比較的長い焦点距離の光学系を用いることで、レーザーの断面方向に生じる強度分布をできるだけ平滑化した。これらにより、均一性の高い場を生成した。



結果(図3参照)
 レーザーパルスの照射で最大2000万電子ボルト・単位パルスあたり約500万個に相当する電子ビームを得た。これはピーク電流で数アンペアに相当する。また電子ビームの品質について実測値と実験結果を再現しているコンピューターシミュレーションで一部補足する形で評価し、その結果既存の電子加速器の10倍以上(0.4 π mm mrad以下)を示唆する結果が得られた。過去に他の研究機関において2テラワットのレーザーで短い焦点距離・高いピーク強度で行われていた研究*があるものの、今回の実験結果はこの結果に比べショットあたり2桁以上量の多い電子ビームが得られている。
*Miura et al., Applied Physics Letters 86, 251501 (2005).



意義・波及効果
 この技術の実用面での意義は、比較的小型のレーザー装置で品質の高い電子ビームが効率よく生成できたことである。原子力機構では大型レーザー装置(ペタワットレーザー装置)が稼働中であり、このレーザーを主体として100億ボルト級の超高エネルギー粒子発生に向けて研究を進めているが、今回の比較的小型のレーザー装置を用いて粒子のエネルギーは小さいものの、品質の高い電子ビームの発生を実証したことは、高い電子エネルギーを必要としない分野で応用が期待できる。
 とくに、フェムト秒放射線化学研究の分野において応用が期待できる。これにより、従来では困難であったフェムト秒領域の高速現象の観測が可能になり、新しい材料の創生や生体機能解明などに貢献できる。
 今回の研究のようなレーザーで電子ビームを直接発生する方法を用いれば、電子ビームとレーザービーム双方が1つのレーザー装置から供給できるため、時間的なゆらぎの影響が大幅に低減できる。これによって、時間の操作が大幅に向上した分析器が実現する。
 さらに、今回用いたレーザー装置は小型であるため、現状の技術で100倍高い毎秒1000回の繰り返し化が見込める。ターゲット装置を含めた高繰り返し化により、より実用性の高い電子ビーム源が期待できる。
 また既に、自由電子レーザーに要求されている高品質な電子ビーム源への応用として提案されており、当機構はスタンフォード線形加速器センターから要請を受け、共同研究を実施中である。

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