年頭に当たって

平成25年1月4日

理事長 鈴木 篤之

皆さん、明けましておめでとうございます。今年一年が、皆さんにとって、また、当機構にとって、佳い年になることを祈念します。

この3月には、大原子力事故後、丸2年を迎えます。事故のため、今なお多くの方々が、厳寒の中、不自由な避難生活を余儀なくされておられるという現実を考えますと、事故の深刻さをあらためて噛みしめざるを得ません。同時に、少しでも早く多くの方々に帰還していただけるように、我々はこれまで以上に出来るだけのことをしなければならない、との思いを抱かざるを得ません。この点は、職員の皆さんも同じではないかと想像します。

今年は、その意味で、顕著な前進のある年にできればと願っています。皆さんに対し、旧年にも増しての理解と協力を、年頭に当たり、とくにお願いしておきます。

ちょうど一年前に、私は、「日本の原子力は、したがって当機構も、海図のない航海に出たと思わなければならない。」と述べた記憶があります。現在でも、先が見えない状況に変わりはありませんが、先行きがはっきりするまで待つよりも、私は、今年は、海図を自ら描きながら、少しでも前に進む最初の年にできないかと考えています。

毀損した原子炉の解体を具体化して行く上で、溶融燃料の取扱いがもっとも大きな技術課題であり、基本的性状の究明や溶融過程のモデル解析など、国内外の専門家による検討が精力的に進められているところ、もし実際の現象を模擬した実規模相当の試験が可能になれば、それらの検討作業が加速的に進展するのではないかと、私は最近になって感じています。

このような試験は、実際の溶融燃料の形態や存在が未だ特定できていないという状況の下では、簡単ではありません。しかし、その困難を乗り越えて実施することが、事故を起こした当事国の、あるいは、日本で唯一の総合的原子力研究開発機関である当機構の責務だ、と私は思うのです。今年からこの試験計画を具体的に機構大で進めたいと考えています。安全研究センターや基礎工学部門など、この分野の研究者の皆さん、是非、力を貸してください。

また、幸い、被災された地元の方々からのご賛同もいただき、放出されたセシウムの環境動態的挙動を科学的かつ長期的に調査分析していくことを、福島環境安全センターが中心になって、昨年秋から始めました。事故による環境影響については、世界的にも広く関心がもたれており、今後とも国際的に長く議論されることが予想されます。当事国である日本としては、その議論に積極的に参加するだけでなく、科学的にもっとも信頼されるデータを継続的に供給して行く義務があると考えています。この長期環境動態調査は、当機構がそのデータの発信源になれればと考えて始めたものであり、今年から、いよいよ本格的な調査や国際協力を進めたいと計画しています。計算科学センターや地層処分部門をはじめ関連する研究者の皆さんには息の長い取組みをお願いします。

一方、事故により、原子炉解体をはじめとする廃止措置や廃棄物管理など、いわゆるバックエンド分野での技術開発の切実性が普く認識されるようになって来ています。当機構は、同分野に関し種々の経験知を有しています。さらに、機構自らの廃止措置計画や廃棄物管理計画があります。これを進めることで得られる知見は、福島第一の廃止措置に有効に反映されてその進展を促す効果も期待されます。バックエンド分野での取組みは、日本の原子力利用において当機構に対しとくに与えられている重要な使命であることを自覚して、機構自身の計画を加速して行きたいと考えています。

これまで、当機構のバックエンド対策は、予算的制約もあって遅れ気味でしたが、今後は、むしろ優先的に取り組むべき分野のひとつと位置付けて行くつもりです。具体的には、ふげんや人形峠、そして東海や大洗で廃止措置の対象になりつつある諸施設などについて、今年がバックエンド対策具体化元年ともいうべき年にできればと、希っています。

同時に、言うまでもありませんが、これまで進めて来た他の主要事業にも着実に取り組んで行きたいとおもいます。

事故後、国の原子力政策が見直されている中、たとえば、もんじゅは、それに応じて計画を再構築することになりそうです。従来ですと、国の議論の結果を待って、機構としての計画を考えることになっていたようですが、私としては、国の議論の参考にしていただける情報を自ら想定調査分析し、国の要請に応じてそれらを提供する準備を常にしておきたいと考えています。もんじゅの安全運転と研究開発段階炉としての活用の実務上の責任は機構が担っているからです。その意味での機構の主体性と自主性を忘れないようにしたいと思います。

もんじゅに対しては、米仏など、核燃料サイクル技術の長期的研究開発を重視している国々からも熱い期待が寄せられています。これに応えるとともに、もんじゅの体制をいっそう強化するためにも、将来の核燃料サイクル研究開発を行う次世代部門ともんじゅとの連携をますます密なものにしたいとおもいます。

核燃料サイクル分野では、高レベル放射性廃棄物の最終処分が何と言っても最大の課題です。事故の結果、いわゆる再処理後のガラス固化体のみをその対象とするわけにはいかなくなりました。したがって、機構における研究開発もそれに応じて拡げて考えていく必要があります。これは、福島第一の廃止措置計画にも大いに関係しており、当機構の知見を生かすとともに、新たな研究開発課題に取り組んでいきたいと考えています。

核融合分野は、ITERプロジェクトがいよいよ本格的建設段階を迎え、国際協定上の国内機関である当機構の事業規模もそれに応じて飛躍的に増大しつつあります。具体的には、トロイダル磁場コイルに関連した超伝導素線及び撚線の製作や実規模一体化試作、また、中性粒子入射加熱装置に関連した電源の詳細設計及び製作などが、那珂研を中心に進行中です。さらに、「幅広いアプローチ活動」を進める青森センターでは、昨年1月からその運用が開始された核融合計算機シミュレーションセンターの活動が本格化するなど、核融合分野は多忙を極めています。これらがすべて順調に実施されることを祈っています。

もうひとつの主要事業である量子ビームは、東海、高崎、関西に活動の拠点があり、特筆に値する成果をプレス発表するなど、それぞれが進める事業の特徴を生かしつつ、国際的にも大いに注目される活動をしてくれています。たとえば、東海にあるJ-PARCは、ご存知のように、地震により大きな被害を受けましたが、必死の修復作業の結果、1年後の昨年3月には、震災前以上の陽子ビーム強度を出すことに成功しました。今年は、新発見に係る先陣争いで世界的に鎬を削っているニュートリノ実験を加速化するなどが計画されています。

また、当機構では、「未来を拓く先端基礎研究」を推進しています。原子力科学の先端的かつ独創的研究の奨励を主たる目的としたものですが、極めて優れた成果を挙げてくれています。これは、海外の研究機関との最先端の協同研究や、量子ビーム部門や計算科学センターなどとの機構横断的な協力に負うところが少なくありません。原子力科学がもつ総合性とともに、機構自身の総合力を生かす上からも、このような活動はでききるだけ続けて行きたいと考えています。

一方、3.11の大事故は、原子力安全の徹底的追求という、永くて重い十字架的課題を人類に突き付けました。今後の機構にとって最大の使命のひとつは、この安全性の追求に係る研究や開発です。昨年9月に発足した新規制機関に対して、必要な支援をすることがすでに決められており、今年からそれを実行することになります。規制機関への協力は、開発推進部門との独立性が条件になりますから、そのための仕組みを考えなければなりません。皆さんの理解と協力をお願いします。

同時に、原子力安全に係る将来的な技術開発も行う必要があります。たとえば、HTTRは本来、高い安全性を有する炉として開発されており、その実証や実用化に向けた活動を進めるとともに、JMTRによる安全性能試験の具体化を加速したいと考えています。また、AtheNaと称するナトリウムループ施設については、ナトリウム冷却炉が本来的に有する安全性能の実証試験施設としての活用も検討したいとおもいます。その外、NSRR、NUCEFなど、もともと安全に係る試験データの取得を目的としたホット施設があり、これらは、我が国では当機構以外には持ちえない施設であることから、世界の安全性向上のために今後ともその有効利用を図りたいとおもいます。また、ADSと称する加速器駆動型核変換システムの研究開発がかねてより計画されてきましたが、長期的原子力利用の安全確保技術開発の観点から、できればその基盤となるプログラムを段階的に始めたいと考えています。

ここで、機構自身の原子力施設の安全確保の重要性についても触れておかなければなりません。

昨年12月12日付で、当機構は、原子力規制委員会から二つの措置命令を受けました。いずれも、もんじゅの保守管理の不備に係るもので、機器等の保守点検に法律違反が認められるという内容です。未点検機器について早急に点検を行うとともに有効性評価にもとづく保全計画の見直しを行うこと、また、今般の不備に関する事実関係の調査及び原因究明と再発防止策の検討、組織要因に関する根本原因分析について、その結果を報告すること、の2点について、それぞれ、早急な措置が求められています。

このような措置命令は極めて厳しい行政処分であり、我々は深刻に受け止めなければなりません。これは、私が原子力安全委員会時代からたびたび指摘してきたことですが、安全には実体的安全性と手続き的安全性がありいずれも重要であること、とくに原子力安全のように社会への説明責任が特別に求められている場合には、後者の手続き的安全性が殊の外重要であることを、ここに繰り返して強調しておきます。

実体的安全性とは、主として深層防護などによる物理的安全手段を意味し、他方、手続き的安全性とは、安全であることを基準等に照らして明らかにすること、すなわち、安全確保のために定められている手順がそのとおり踏まれており、それが外から見える形になっているかどうかという観点からの安全性を意味します。原子力安全には透明性が重要と言われるのも手続き的安全性があるからです。今回の規制委員会からの指摘はこの手続き的安全性に関連しています。機構内において、手続き的安全性の重要性に係る認識が未だに十分に浸透していないと認めざるを得ないのは残念でなりません。

本件に関する報告期限はこの一月末になっています。私は、この厳しい処分を真摯に受けとめ、求められている点検調査に万全を期す観点から、担当理事にもんじゅに常駐して現場で陣頭指揮を執るように指示するなど、特別体制を組みました。もんじゅは、とくに社会的に注目されており、そのことを忘れることなく、緊張感をもって期限までの報告を完遂しなければなりません。

機構自らが取り組むべき安全確保は、もとよりもんじゅに留まりません。非管理区域内の配管から微量ながら放射能の漏洩が検出され、また、ダクトに微小ながら貫通孔のある錆が発見されるなど、昨年も、看過しがたいいくつかのトラブルが発生しています。これらのトラブルの発生はできるだけ事前に防止しなければなりません。運転管理の現場の人たちの安全意識の徹底をあらためてお願いしておきます。

このように、各分野の研究や開発さらには施設の安全確保の実践など、当機構が取り組むべき項目や領域は多岐多様にわたっています。いずれもチャレンジングな課題ばかりですが、皆さんの理解と意欲的協力の下、一歩一歩着実に進めて行きたいと思います。

本来、科学技術の発展は個人の自由な発想や活動に委ねられるべきですが、そのひとつである原子力がなぜ、国家の介入や関与を必要としているかと言えば、それは、その産出物に潜在する便益とリスクのいずれもが国民の生活基盤、したがって国家の存立基盤に大きく拘わっているからではないか、と私は考えています。それは、科学技術のもつ公共性的側面と解釈できます。当機構もこの公共性ゆえの存在だと言えるかもしれません。

公共性の概念が認識されはじめたのは、社会的存在としての人間が意識され始めたギリシャ時代と言われており、ギリシャ思想にこそ公共性に係る精神の基本があるとも考えられます。そこでは、「正義、勇気、思慮、節度」の精神が謳われています。我々に求められている公共性の精神とは、まさにこの4点に集約されているように思います。

すなわち、何よりも、我々がもっとも重視すべきは道理にかなった論理と行動であり、安全の確保の基本は正義にあるとおもいます。同時に、我々には通常は難しく躊躇されるような難題にもめげずに挑戦する気概、勇気が求められています。しかし、言うまでもなく、無謀な計画は許されません。思慮深い入念な取組みが必要です。そして、社会との関連において、我々は常に良識を持って、節度ある行動をとらなければなりません。

私は、年頭に当たり、この公共性の精神を皆さんとともに共有し、いっそうの連帯感をもって、この一年を乗り切って行ければと、念じています。

皆さんにとっても、明るく新たな展望が拓ける年になることを祈願して、年頭の挨拶に代えさせてもらいます。


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