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第11回 原子力機構報告会
「我が国の将来を担う原子力技術と人材」

中性子共鳴分光法が切り拓く原子力科学技術の世界 -J-PARCを用いた革新的な核反応測定技術とその展開- (テキスト版)

中性子共鳴分光法が切り拓く原子力科学技術の世界
-J-PARCを用いた革新的な核反応測定技術とその展開-
原子力科学研究部門 原子力基礎工学研究センター
核工学・炉工学ディビジョン長
原田 秀郎

皆さん、こんにちは。紹介いただきました原田と申します。

〔パワーポイント映写。以下、場面がかわるごとにP)と表示〕

P) 本日は、「中性子共鳴分光法が切り拓く原子力科学技術の世界」と題しまして、我々が原子力基礎工学研究として取り組んでおります核反応の研究とその応用展開について御紹介させていただきたいと思っております。

本日はどうぞよろしくお願いいたします。

P) 原子核を見るために核分光という方法があります。広く使われておりますガンマ線分光法という方法や、本日の主題であります中性子共鳴分光法といった方法があります。このような核分光法を高度化することにより核反応データ、非破壊分析の高精度化を実現し、これを通じて我々はさまざまな原子力科学技術に貢献したいと考えております。

本日は、このような取り組みとともに、その人材育成の貢献についても触れたいと考えております。

P) この図は、中性子と原子核のさまざまな反応を図で示したものであります。エネルギー源となります核分裂反応、中性子を捕獲して重い同位体を生成する中性子捕獲反応などが有名な反応でございます。我々が研究対象としておりますこの原子核の世界は、その大きさが原子に比べましてもさらに10万倍小さな世界であります。この原子核と中性子が当たる確率、核反応の確率のことを我々は核反応断面積という用語で呼んでおります。その単位はBarnといいまして、これは10-24cm2と小さなものです。近年、計算機とモンテカルロ法と呼ばれる計算手法の発展によりまして、さまざまな原子力システムの中で中性子がどのように振る舞うのか、詳細な予測が可能となってきております。この計算の基礎データとして核反応断面積が必要不可欠な物理定数であります。

P) 計算機と中性子輸送シミュレーション技術の発展によりまして、どんなに複雑な原子力システムであっても臨界度などの核特性の予測ができるようになってきております。ただし、その精度を向上するためには、この計算の入力となります核反応断面積の精度の向上が必須であります。

具体的な例でありますが、放射性廃棄物の核変換システムの研究におきましては、マイナーアクチニド : ネプツニウム、アメリシウム、キュリウムといった核種の核反応断面積の高精度化ニーズが示されておりまして、このような研究背景を受け、現在、世界的に核反応データの高精度化に向けた研究が進捗しているところであります。

P) さて、この心電図のようなスペクトルをご覧ください。この図は、中性子捕獲断面積が中性子のエネルギーの関数としてどのように変化するかを示したものであります。青がウラン235、緑がウラン238、赤がプルトニウム239であります。このように核種ごとに特定のエネルギーで断面積が急激に大きくなるところがあります。このような現象を中性子共鳴反応と呼んでおります。原子核の心電図とも言えるこのような中性子共鳴スペクトルは現在でも原子核理論で予測することはできませんので、これを知るためには測定による観察が必須であります。

P) この心電図のような複雑なエネルギー依存性をはかる原理を運動会の駆けっこになぞらえてご説明させていただきたいと思います。

加速器によるビームを一瞬ターゲットに照射します。そうしますとたくさんの中性子が一度に放出されます。この際にストップウォッチの時計をスタートさせます。中性子は速いものから先にサンプルに到着いたします。中性子捕獲反応が起きまして、ガンマ線を検出器が検出した時刻で時計をストップいたします。こうすることにより中性子1粒ごとの速度が決まりまして、それを換算することにより中性子のエネルギーが決まってまいります。これが、複雑なエネルギー依存性をはかる中性子共鳴分光法の原理であります。

P) 中性子共鳴分光法は大変優れた測定原理でありますが、従来の加速器による弱い中性子ビーム強度では、放射性核種に対する核データ、断面積をとることが難しくありました。それは、ウラン235は1gありましても8万Bqにすぎませんが、マイナーアクチノイド核種、アメリシウム241になりますと1270億Bqとなります。また、キュリウム244になりますと3兆Bqあります。このように大変強い放射能となりますと、自然崩壊で放出されます、黄色で示しております崩壊ガンマ線が非常に強くなりまして、これが測定を妨害していたわけであります。

P) この問題を解決するために、我々は大強度のパルス中性子を適用することに着目いたしました。中性子ビーム強度が強くなると少量のサンプルで測定できるからであります。

大強度のパルス中性子ビームは、東海村のJ-PARCの中に完成しました物質・生命科学実験施設MLFで供給可能となっております。我々はこの施設の中に、中性子核反応を詳細に調べるために、ANNRIという愛称の装置を開発いたしまして、研究を開始いたしました。

P) この図がANNRIの横から見た断面図であります。1秒間に25回中性子が中性子源から発生いたしまして、中性子導管を通りまして、ガンマ線検出器に当たってまいります。このガンマ線検出器の位置は2カ所、中性子源からそれぞれ21mと27mの位置にセットしております。この中性子ビームは大変大強度ですので、非常に豊富な測定データが短時間で取得できるようになっております。

この写真は、この装置が完成した際の記念研究会におきまして集合写真をこの装置の上で撮ったものであります。この装置は、ここに記載しましたように、異なる研究分野の連携により開発に当たったものでありますとともに、機構だけでなく、大学の研究者も参画して完成させたものであります。

P) このような大強度パルス中性子を用います核反応断面積の測定研究は、現在、世界の3カ所で行われております。米国ではロスアラモス研究所、欧州ではCERN研究所で精力的に研究が行われております。我々の装置は、現在、中性子束強度で世界最高であるとともに、高品質のデータを取得するために、これに有効な半導体ガンマ線検出器を導入することに成功いたしました。これは非常識とも言える非常にチャレンジングな取り組みでありましたが、機構及び大学で積み上げてまいりました放射線計測、放射線遮へい、ビーム工学の高度な技術の結集により達成し得たものであります。

P) それでは、大強度のパルス中性子ビームを用い、ANNRIにおいて測定しましたキュリウム244の断面積の結果をお示しいたします。

ここで赤で示したものが我々の測定値であります。過去の測定としましては、青で示しました1970年ごろに行われました地下核実験による測定が唯一のものでございました。我々はこの測定エネルギーを拡張しまして、初めて中性子共鳴を観測するとともに、詳細な解析によりまして、その絶対値の精度を格段に高めることに成功しております。

左の図は、先ほど申しました世界三大中性子測定施設での中性子束の強度比較であります。熱中性子から高速中性子にわたる広いエネルギー領域で我々の装置は世界最大の中性子束であります。従来の測定におきましては、このような核反応断面積の測定には、このぐらい、小さくて見えませんが、グラムから数十グラムのオーダーのサンプルを必要としておりました。今回の我々の測定では、キュリウムは0.6mgで測定できるようになっております。この微量サンプルで測定ができるようになったことは特筆すべきことでございます。

P) 次に、この開発しました装置ANNRIは、革新的な非破壊分析技術にも応用展開が進められております。

今回、中性子共鳴分光法とガンマ線分光法を融合し、これを利用して新たな技術を開発いたしました。これまでは、左の図のように、中性子だけを見る方法とガンマ線だけを見る方法いずれか一方だけが使われてきたのですが、我々はこれを組み合わせて、多次元で見る技術を開発してまいりました。それぞれの手法で分解能1,000を達成しておりますので、この両方を組み合わせることで分解能を1,000かけ1,000へと飛躍的に高めたものであります。

P) この効果を具体的な測定例でお示ししたいと思います。

左の真ん中の図は、コバルトやタンタルなど非常にたくさんの元素を混ぜたサンプルに対して得られました中性子共鳴スペクトルを示しております。非常に多くの元素が含まれておりますので中性子共鳴ピークが重なってまいりまして、これが大きな誤差要因となっておりました。

これに対し、左下の図は、右にありますガンマ線と中性子の飛行時間の2次元マトリクスからコバルトに起因するガンマ線のエネルギーの部分だけを取り出して作成した中性子共鳴スペクトルです。コバルトの中性子共鳴ピークだけがきれいに観測されている様子が示されております。

この多次元解析により不純物の影響を大幅に低減でき、高い信頼性の非破壊分析が可能となっております。

P) 我々は、中性子と原子核の反応を精密にはかるために中性子共鳴分光法の革新に取り組んでまいりました。本日はその一部を御紹介させていただきましたが、これらの研究成果により、本年4月には文部科学大臣表彰、科学技術賞をいただいております。

現在、核反応データや分析・計量技術の精度向上にこの開発した技術、分光法の適用を一層進めているところであります。核データライブラリと計算コードの開発とあわせまして、一貫した研究を系統的に進めることで核計算の精度を向上させまして、さまざまな原子力分野のニーズに応えたいと考えております。

また、これらの技術はそのままこのような学際分野への貢献、応用も期待されておりまして、新しい研究も始まっているところであります。

P) ここで、原子力基礎工学研究における異分野連携の重要性と人材育成の貢献について若干触れさせていただきたいと思います。

本研究におきましては、異分野専門家の知を融合できたということが大きな進展を可能にした鍵であると考えております。装置開発・技術開発におきましては、多くのポスドクの活躍がございました。その多くは、現在、原子力機構の職員として、また大学や研究所等で活躍中と聞いております。また、開発しましたANNRIは現在一般利用に使うことが可能となっておりまして、さまざまな分野の学生さんたちに利用していただいているところであります。ANNRIの開発とその応用研究を通じて活躍した若手研究者は、原子力科学技術分野の各分野で中核的な研究者として活躍中と伺っております。このような形で、原子力基礎工学研究は学生さんから高度な専門家まで広く人材育成に貢献できているのではないかと考えている次第でございます。

P) まとめと展望であります。

我々は、大強度中性子ビームと高分解能ガンマ線分光技術を融合して、中性子共鳴分光法を大幅に革新いたしました。今後はこの技術を基盤に核データの品質と精度を系統的に高めていくことが重要と考えております。

このような系統的な測定研究と核データ・シミュレーションコードの体系的な整備を通じてさまざまな原子力分野のニーズに貢献していくことを我々は目指しております。また、御紹介させていただきましたように、中性子共鳴分光法は大変有望な非破壊分析技術でありまして、今後、さまざまな原子力、また学際分野へ貢献したいと考えております。

最後となりますが、ANNRIの新規利用、特に産業利用は大歓迎でございます。また、ANNRI以外にも、核計算や非破壊測定技術で「こんなことはできないの?」というお問い合わせをいただければ幸いでございます。

本日は、御清聴いただきまして、まことにありがとうございました。