原子力機構HOME > 発表・お知らせ > 報告会・シンポジウム > 第10回 原子力機構報告会 > 研究開発成果の最大化に向けて-第3期中長期計画-

第10回 原子力機構報告会
「原子力機構の新たな出発 ~研究開発成果の最大化と課題解決に向けて~」

ヨシはなぜ塩水でも育つのか -根の中でナトリウムを送り返す動きをポジトロンイメージングで観ることに世界初成功- (テキスト版)

研究開発成果の最大化に向けて
-根の中でナトリウムを送り返す動きをポジトロンイメージングで観ることに世界初成功-
原子力科学部門 量子ビーム応用研究センター
バイオ・医療応用研究ディビジョン 植物RIイメージング研究グループリーダー
藤巻 秀

〔パワーポイント映写。以下、場面がかわるごとにP)と表示〕

P) 量子ビーム応用研究センターの藤巻と申します。農業と植物の課題に放射線イメージング技術で取り組んだ研究成果について御報告いたします。

P) これからお話しする内容は、原子力機構の活動の中では、量子ビームの農業・植物科学分野への貢献の1つとして位置づけられます。

量子ビーム応用研究センターのウェブサイトでは、量子ビームの3つの重要な機能として、「視る」、「創る」、「治す」が挙げられています。

農業・植物科学の分野では、例えば「創る」のところには、イオンビームによる育種が挙げられています。そして、「観る」のところに、私たちのグループの活動として「植物の物質吸収/移行/蓄積機能を視たい」と書いてあるのですけれども、これは、残念なことに、育種に比べると少しわかりにくい概念ではないかと思います。

そこで、この背景について少し御説明いたします。

P) 植物と人間の物質的なかかわりを考えますと、植物が環境中から集めた元素に依存して人間は生きているという事実に突き当たります。

環境中には植物にとっての必須元素17種類が存在し、そのほとんどは土の中に含まれ、根から植物体内に入り、導管を通って葉に届きます。炭素はCO2として大気中にありまして、光合成によって葉で有機物となり、篩管を通り、先ほどのミネラルと一緒に収穫部位に向かいます。そこに蓄積した栄養物質を我々人間が利用しているわけです。

しかし、その一方で、カドミウム、ヒ素、放射性セシウムといった好ましくない物質あるいは元素も同様の仕組みによって収穫部位に集まってきてしまいます。

そこで、植物におけるこうした元素の動きを解析し、輸送の仕組みを解明、さらには人為的に制御して安全な生産物の安定的な収穫を目指そうというのが農学・植物科学の分野の大きな目標の1つとなっています。

ではどうやって植物体内の元素の動きを解析するのかというところに私たちの植物RIイメージング技術が登場します。

P) これまで私たちのグループでは、植物体内のラジオアイソトープすなわちRIの動く様子を非破壊的に観測するイメージング技術の開発とそれを利用した植物研究を行ってまいりました。

代表的なイメージング技術が、Positron-emitting Tracer Imaging System、略してPETISです。

左の写真のように、左右一対の検出器の間に生きた植物を置き、その芽や葉に液体や気体の形でRIを与えます。このRIは、ポジトロンという特殊な放射線を出すタイプのものです。そうしますと右の図のようにそのポジトロンからガンマ線が発生しまして、左右の検出器で捉えられます。これを繰り返していきますと、RIの動きをコンピュータ上に画像化することができます。

下の動画像は、実際にダイズの葉に放射性のCO2を与えまして、光合成産物が葉から根に動いていく様子を捉えたものです。

この計測原理は医療用のPETにも使われているものですけれども、私たちのシステムは、光、温度、湿度などの制御をしまして、植物研究に特化したものとなっています。過去15年ほどの間に、私たちは多様なRIの製造と投与の技術や画像解析技術などを開発し、農学・植物科学の分野で成果を得てきております。

P) さて、これからお話しする研究が対象とする元素は、ナトリウムです。

ナトリウムは我々人間にとっては非常に身近で、また必須の元素ですけれども、ほとんどの植物にとっては必須でないどころか有害なものです。ナトリウムは海水に多く含まれるため、高潮などで海水をかぶった田畑では塩害が発生します。また、ナトリウムは土壌中の水分にもある程度含まれるため、世界中の乾燥地域ではそのナトリウムが農地の表面近くに集まってきてしまい、作物が育たなくなり、砂漠化が進行するという大きな問題が起きています。

一方、ナトリウムを含まない水、すなわち淡水は貴重な資源であり、その不足は世界的に深刻さを年々増しています。よく地球は水の星などと言われますが、そのほとんどは海水で、人間が利用できるわずかな淡水のうち実に約70%が農業用水として使われているというのが現状です。この状況を緩和するために、多少塩を含む水でも農業に利用できるようにならないかという発想が生まれてまいります。ですから、もしナトリウムに耐える作物があれば、耕地の現象と水資源の枯渇のどちらの問題に対しても理想的ということになります。

P) しかし、残念なことに、世界人口の半数が主食としている、最も重要な作物であるイネは比較的ナトリウムに弱い植物であることが知られています。

イネの根が土の中からナトリウムイオンを吸収しますと、根から葉に向かう導管の水の流れに乗って茎を通り、葉に届きます。ナトリウムイオンは葉のイオンバランスを崩し、光合成などの重要な働きを阻害してしまい、これによってイネが枯れてしまうというのがその主要なメカニズムです。

これをどうにか人間の力で変え、品種改良などでナトリウムに強いイネをつくるにはどうしたらよいかというのが次の課題になります。

P) イネを改良していく上で参考にすべきものは、イネに近縁であるにもかかわらずナトリウムに強い植物です。私たちの共同研究相手であります東京農業大学の樋口教授はこのように考えて、ヨシに注目しました。

ヨシは世界中の乾燥地や湿地に自生し、さらには海水が混ざる河口付近でも育つほど耐塩性が強い野生の植物です。同じイネ科でありながら、どうしてイネと違ってヨシはナトリウムに強いのか、この謎に取り組んでいくことになります。

P) さて、一般に植物がナトリウムに強くなるための戦略には、幾つかの可能性が考えられます。根の中にナトリウムをそもそも取り込まないという方法、体内の安全な場所にナトリウムを隔離してしまうという方法、あるいはマングローブのように葉の表面から塩粒を体の外に出してしまうといった例も実際にあります。

ではヨシの場合に実際に体内でナトリウムイオンがどう動いているのかについては、樋口先生やほかのグループによる先行研究で幾つかのことが明らかになっていました。

その1つ目が、ヨシはナトリウムイオンを吸収しないわけではなく、根の中心を通る導管にまでナトリウムは入っているのですけれども、なぜかそれがわずかしか地上部に届かないということでした。そしてもう一つ、ヨシの茎のつけ根の細胞を熱で殺してしまいますとこうした現象が起こらなくなってしまうということもわかっていました。

こうしたことから、ヨシは導管の中を通るナトリウムイオンを選択的に、かつ積極的にどこかへ排除してしまっているらしいと研究者たちは想像していました。

そこで、本研究では、PETISを利用してこれを検証することにいたしました。

P) 私たちが実際に行いましたイネとヨシにおけるナトリウムイオンの動きを解析する実験のデザインを説明いたします。

基本のコンセプトは、植物を一定の塩条件に置いたままにしながら、目に見えないナトリウムイオンの流れをRIを目印として追跡するというものです。RIとしては、半減期2.6年のナトリウム22を利用し、イネとヨシそれぞれ6個体ずつを実験に供しました。植物には実験の期間中ずっと、海水の10分の1程度のナトリウムを含む、つまり塩分の高い水耕液をを与えました。このナトリウムは、通常の、放射性ではないものです。

まず実験の初めに、この水耕液の中に目印となる放射性ナトリウム22をごく微量加えました。これは物質量としてはわずか10億分の5gでしかなく、生理的な影響は全く無視できます。

PETISによって水耕液から植物体の中にナトリウム22が動いていく様子を24時間観察しました。これを撮像前半と呼ぶことにいたします。

これが終わった後、目印のナトリウム22を水耕液の中から除き、既に植物体内に入っているナトリウム22がそこからどこに動いていくのかを18時間追跡しました。これを撮像後半と呼ぶことにいたします。

P) イメージングの結果を示します。

まず撮像前半からです。

左にあるイネでは、開始から1~2時間でナトリウム22が葉に到達し、その後もどんどん葉の中に移行し続けていくことがわかります。

一方、右にあるヨシでは、茎のつけ根のところにナトリウム22が強く集積するものの、それより上の茎や葉にはほとんど全く移行していません。ヨシではナトリウムイオンが地上部に行きづらいという予想どおりの結果ではありましたが、いざ実際にこれほど明瞭なイネとヨシの違いを目にして驚いたというのが正直な感想です。

P) 続いて撮像後半の結果です。

体内に吸収されたナトリウム22の動きを追跡したいので、根のほうがよく見えるように視野を少し下にずらしてあります。左にありますイネでは、根の内部のナトリウム22が上のほうに引きずり込まれるようにして減っていき、葉へと移行していく様子がおわかりになると思います。

さて、いよいよ右側のヨシの結果ですが、根から茎のつけ根にかけて集積したナトリウム22のその後の動きは、見た目の第一印象ではそれほどはっきりしません。ただ、上の茎や葉への移行がほとんどないことは明らかです。そして、水耕液の放射能をはかりましたところ、ナトリウム22が水耕液中に排泄されているという事実も確認できました。ということは、この動画像をもっと丁寧に見れば、ナトリウム22が下向きに動いている様子が見えてくるはずです。

そこで、この動画像データを数値化して解析する方法を考えることにいたしました。

P) ヨシの体内に集積したナトリウム22が動いていく向きを明らかにするため、非常にシンプルな解析手法を考えました。動画像データ上に植物体の軸に沿ってこのようにセクションを細かく設定しまして、それぞれのセクションの中のナトリウム22が時間当たりにどれだけふえるのか、あるいは減るのかを数値化しました。例えば、もしある同じ時間帯に根の上部で減少していて、一方、下部では増加していったならば、それは上から下にナトリウム22が動いたことを示していると考えるわけです。

P) 解析の結果を示します。

まずはイネのほうです。画面を横切る水平の薄緑色の線が茎のつけ根の位置をあらわしています。グラフは、右へ行くほどその部位でナトリウム22が大きくふえていることを示し、左に行くほど大きく減っていることを示しています。イネでは根の上部でナトリウム22が減少し、同時に茎のつけ根から葉にかけて、地上部全体で増加しています。このことは、イネでは根の中のナトリウム22が上の葉に向かって動き続けていたことを示しています。

P) 一方、こちらがヨシの結果です。イネの場合と同様に、やはり根の上部でナトリウム22が減少していることがわかりました。しかし、イネと違う点は、同じ時間帯に根の下のほう、先端側で増加していることと、地上部の葉では一貫して全く増加が見られないということです。これらの結果から、ヨシの根の中ではナトリウム22が確かに下向きに動いていたということを画像から証明することができました。

P) 以上の結果をまとめますと、本研究では、左の図に示しますように、ヨシの根は高濃度のナトリウムイオンにさらされている間もずっと、一度吸収したナトリウムイオンを下のほうにUターンさせて排除している、いわば吐き戻しているということが明らかになりました。

この成果は、植物分野のトップジャーナルの1つに論文発表するとともに、プレスリリースを行いましたところ、日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞、朝日新聞など9紙に掲載され、また、NHKの科学番組「サイエンスZERO」で取り上げられるなど、大きな反響を得ました。

今後の展開につきましては、現在ヨシの遺伝子を探索中であり、将来的にはイネを遺伝的に改変し、ナトリウム濃度の高い土地での栽培を可能にすることを目指します。さらに、究極的には海水での栽培、海岸での稲作につなげられればという夢を持っております。

P) さて、それと同時に、私たちの本分、本業であります植物RIイメージング技術の発展も忘れてはおりません。

PETISによる研究の展開としましては、きょう御説明しましたナトリウムのほかにも、さまざまな元素を対象とした研究を行っております。

例えば、左側は放射性炭素11を利用した例です。トマトの温室の中のCO2濃度を上げていきますと、葉での光合成は盛んになっていくのですけれども、そのできた産物を果実に運ぶほうの効率が悪くなってしまうために農業の生産性としては頭打ちになってしまうということを定量的に解析したものです。

また、右側は放射性のカドミウム107を利用した例です。カドミウムに汚染された水田を浄化するための高吸収イネの候補品種を解析しましたところ、期待どおり、カドミウムを地上部に運び上げる能力が通常の品種に比べて2~3倍以上高いという評価を行ったものです。

このように、私たちはPETISの農学分野への応用の幅を広げてまいりました。

P) そして、イメージングの手法も、PETIS以外の選択肢を広げていっております。

例えば、セシウム137はポジトロンを放出しませんので、原理的にPETISで見ることができないのですけれども、私たちは名古屋大学、東北大学と共同で植物研究用のガンマカメラを開発しまして、右上の動画像のように、ダイズにおける特徴的なセシウム137の動きを既に明らかにしております。

そのほか、複数元素を同時に見分けながら画像化するコンプトンカメラとか、右下の写真のように、離れた位置からでも非常に解像度の高いセシウム137の画像化を可能にするチェレンコフ光イメージングなどの開発も現在進めているところです。

P) 私たちは、以上のような植物RIイメージング技術の発展のその先に新しい学術分野の確立を目指しています。それが「核農学」です。御存じのとおり、人間の体内の薬剤分布をPETなどのRIイメージング技術で解析することによりがんなどの診断と治療を行う手法は、「核医学」という大きな分野を既に形成しています。それならば、植物の体内の元素動態をRIイメージング技術で解析することにより作物の栽培条件や品種などの評価と改良を行おうとする私たちの目指す分野は「核農学」と呼んでもよいだろうと考えたわけです。農業の課題は、先進国、途上国を問わず、全世界にありますので、先進医療にひけをとらないフロンティアがそこにはあると私たちは考えています。

なお、この核農学の理念ですけれども、「核農学 植物の中を見る」というタイトルで、この夏、読売新聞の科学欄に掲載されました。

P) まとめです。

私たちは、東京農業大学と共同で、植物RIイメージング技術を用いてヨシ特有の耐塩性機構を証明いたしました。

今後も高耐塩性イネの作出に向けて研究を続けてまいります。

また、植物RIイメージング技術のほうは、核農学の確立を目指して展開してまいります。

発表は以上です。御静聴ありがとうございました。