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第10回 原子力機構報告会
「原子力機構の新たな出発 ~研究開発成果の最大化と課題解決に向けて~」

103番元素が解く周期表のパズル -ローレンシウム(Lr)のイオン化エネルギー測定に成功- (テキスト版)

103番元素が解く周期表のパズル
-ローレンシウム(Lr)のイオン化エネルギー測定に成功-
原子力科学研究部門 先端基礎研究センター 副センター長 永目諭一郎

〔パワーポイント映写。以下、場面がかわるごとにP)と表示〕

P)ただいま紹介いただきました基礎基盤研究の中の1つで、先端基礎研究センターというところがありますけれども、そこで最近得られました「103番元素が解く周期表のパズル-ローレンシウムのイオン化エネルギー測定に成功-」という成果を本日は御紹介したいと思います。

P) これは「Nature」誌の本年4月9日号に掲載されたもので、そこでさらに表紙に採用されたということです。「Nature」に掲載されるだけでも私たちにとっては非常に光栄なことですけれども、表紙に取り上げてくれたということです。表紙にはextreme chemistryとして紹介してあるのですけれども、「究極の化学」あるいは「極限の化学」と言えるかもしれません。「希少なローレンシウム原子が周期表の相対論領域を照らし出す」と記載されております。相対論領域というのはまた後ほど説明したいと思いますけれども、この表紙は立体的な周期表でありまして、バーの高さが各元素のイオン化エネルギーの値を示しております。

P) 本日の内容ですけれども、まず、余りなじみがないかと思いますけれども、103番元素ローレンシウムとはどういうものかということと、なぜローレンシウムに着目したかということです。注目して、もちろんあるブレークスルーがあってこれができたわけですけれども、その辺の究極の化学分析に至った経緯、そのあたりを御紹介させていただきます。そして、成果とその意義、最後に、化学界において反響がありましたので、その辺を御紹介したいと思います。

P) これは元素の周期表ですけれども、国際純正・応用化学連合、IUPACと呼んでいますが、ここが認定している、今最も標準的な元素の周期表です。下のほうにランタノイドとアクチノイドというのが別枠で表示されておりますけれども、これらの元素はそれぞれがよく似た性質を示すということで、ここに別枠として扱われております。現在は、周期表第3族の第6周期にランタノイド元素が、第7周期にアクチノイド元素が入るとされております。これは、1940年代にシーボルグがアクチノイドの概念を提唱しまして、アクチノイドもランタノイドの類推として同じような性質を示すから、こういうアクチノイド系列をつくってもいいだろうということで、このようになっております。これに従いますと、ローレンシウムは一番最後で、右下のところにあります。

しかしながら、こういう重いアクチノイド元素というのは、特に原子番号100を超えるような非常に重い元素になりますと、イオンビームを使って人工的に合成せざるを得ません。原子炉では合成できませんので。そういう意味で、わずかな量しか手にすることはできないということです。したがいまして、電子構造あるいは化学的性質などはほとんど調べられていないというのが現状です。したがいまして、アクチノイド元素がローレンシウムで終わるということ自体も実験的にはまだわかっておりません。

P) ローレンシウムは、先ほど言いましたけれども、人工的に合成されます。1961年、アメリカのローレンスバークレー研究所で初めて人工的に合成されております。ローレンシウムという名前は、アーネスト・ローレンスという人の名前を取っておりまして、この人はサイクロトロンという粒子加速器を発明した人で、その功績で1939年にノーベル物理学賞を取っております。サイクロトロンの開発と人工放射性元素、この人工放射性元素というのは、先ほど青い色で示しましたけれども、超ウラン元素の合成というところです。

P) ではこういう重い元素に特徴的な電子配置はどういうのがあるかということで、簡単に御紹介いたします。

上の図は一般的な原子の構造をあらわしておりますけれども、中心にプラスの電荷を持った原子核があります。その周りをマイナスの電荷を持った電子が回っているわけですけれども、元素の化学的性質は最も外側の電子配置に支配されるということはよく知られたことです。ある軌道が電子で満たされると、その外側にまた電子が入ってきますので、その周期が周期表としてあらわれているということになります。

しかし、ローレンシウムも含めて非常に重い元素になってきますと、非常に特徴的な描像があらわれてきます。つまり、中心の正電荷が非常に大きくなってきますので、プラスの電荷が強くなってくる。そうするとプラスの電荷の近くを回っている電子が原子核に引きつけられるようになりますので、それに打ち勝つ力で円運動して回らなければいけないということになります。そうすると電子の速度が光速に近くなってきて、相対論領域に入ってくるということになります。相対論領域に入ってきますので、質量が重くなって、軌道半径が収縮してくるということになります。これが内側の電子です。この効果を受けまして、原子核のプラスの電荷が内側の電子で遮蔽されますので、外側の電子はその遮蔽効果でプラスの電荷を受けにくくなります。そうすると外側の電子は逆に広がってくる。そういう現象が予想されています。これを相対論効果と呼んでいます。そうしますと、最も外側の電子配置に変化が生じて、周期表のほころびが生じるかもしれないということが言われているわけです。

P) ではなぜローレンシウムかということですけれども、ローレンシウムは、一番外側の電子配置が周期表とは異なって、違う電子配置を持つということが理論的に予測されております。したがいまして、ローレンシウムは周期表の予測から逸脱する可能性があるということが考えられるわけです。このため、幾つかの実験が挑戦されまして、こういうローレンシウムの異常性についてどういうことがあるかということで、実験の試みがなされたのですけれども、最初のほうで言いましたように、こういう人工的に合成される元素はわずかな量しか手に入れることができません。ローレンシウムに関しましては、核反応で合成しますけれども、数秒間に1原子ぐらいです。しかも寿命が短くて、約30秒ぐらいの半減期しかないということです。したがいまして、私たちが手にできる量としましてはそのときに1個しかないということで、シングルアトム化学と呼んでいます。非常に制約された条件下での実験ですので、もちろん実験的な検証はありません。したがいまして、これが究極の化学ということになるわけです。私たちが今生活している世の中では、いわゆるアボガドロ数ですから1023個ですけれども、これを1個で分析するということになります。

P) ここで私たちが着目したのは何かといいますと、ローレンシウムのイオン化エネルギー、正確には第一イオン化エネルギーと呼びますけれども、これは原子の基本的な性質の1つで、原子から電子1個を取り去るために必要なエネルギーです。これが得られますと一番外側の電子配置の情報が得られるということで、これに着目したわけです。

これまでイオン化エネルギーを測定されたデータはもちろんありまして、最近はレーザーを使った共鳴イオン化法というのがありますが、それでは最低でも約1兆個の原子、1012個ぐらいの原子が必要とされています。しかし、シングルアトムにはもちろん適用できません。ですから、ここでブレークスルーが必要となったわけです。

私たちの着想ですけれども、表面電離という過程に着目しました。この表面電離という過程と、質量分離法と、私たちが得意とする放射線計測を組み合わせることによってシングルアトムでのイオン化エネルギーの測定ができないかと着想したわけです。

表面電離と質量分離に関しましては、原子力科学研究所にオンライン同位体分離器という装置があります。これは、核反応生成物を連続的に取り出して、イオン化して、質量分離して、短寿命の原子核を調べるという装置ですけれども、これを私たちは持っております。この装置を使いまして、これまでに新しい同位体の発見などの実績を有しておりますので、この装置があるということで、これに着目しました。

それと放射線計測ですけれども、ローレンシウムはアルファ壊変することがわかっております。アルファ壊変は、検出器に入りますと、1個でも検出できます。しかも同位体固有の壊変エネルギーを持っていますので、アルファ線のエネルギーを測定すれば1個でも同定が可能ということで、そこに着目してアルファ壊変の精密測定を行う。そういう複合装置を考案いたしました。

P) まず表面電離です。これはよく知られた現象ですけれども、熱せられた金属表面に原子を接触させると、表面を通して電子が移動して、原子がイオン化される現象です。ここで表面電離でイオン化される割合は、主に次の量に依存します。まず金属表面の温度です。ここの青が金属表面です。あと金属の種類、これは金属の仕事関数と呼んでいますが、金属から電子1個を取り去るためのエネルギーです。それと原子のイオン化エネルギー。これでイオン化効率が支配されます。式としてはこのように熱運動としてあらわすことができます。これをうまく使えないかということです。

P) これを使ってローレンシウムのイオン化効率の測定を行いました。

これは東海の原子力科学研究所のタンデム加速器施設というところで実験を行っております。このタンデム加速器施設は非常にユニークな施設でして、放射性のアクチノイド、今回私たちが使いましたのはカリフォルニウムという非常に放射性の高い物質ですけれども、こういう放射性物質とか核燃料物質、ウランなどを標的として使えるということで、世界でも非常に貴重な加速器施設です。ここで実験を行いました。

用いたのはカリフォルニウムの標的です。それにホウ素ビームを加速して衝突させてローレンシウムを合成します。これの半減期が27秒で、生成率が数秒間に1原子ということになります。これをジェット気流に乗せて迅速にこのイオン化部へと導入します。このイオン化部で表面電離を起こすわけですけれども、ここを2,700~2,800Kの高温に加熱して、これに私たちは今回タンタルの金属を用いております。ここでイオン化いたします。イオン化されたローレンシウムイオンは電極で引き出されて、質量分離して、最終的にアルファ線の検出器に打ち込みます。ここで打ち込んだ後、アルファ壊変が起きますので、そのアルファ線を測定するというプロセスです。

ここでは一応流れを御紹介しましたけれども、非常に多くの技術開発を要しまして、約3~4年ほどの試行錯誤を繰り返しながらの技術開発を要しております。

P) これは実験のセットアップですけれども、先ほどのジェット気流で運ぶというのが、キャピラリーと呼んでいますけれども、この白い細い管を生成物が通ってきて、このあたりにイオン化部があります。ここに今接続しているところです。

P) これから結果に移ります。

これは、ローレンシウムがイオン化されてちゃんと質量分離されているということを確認するデータです。2,700Kの温度で約33%というイオン化効率を得ることができました。これはアルファ線のエネルギーを正確に測定しておりますので、間違いなくローレンシウムが来ているということがわかります。

このイオン化効率からイオン化エネルギーを求めるわけですけれども―

P) まずこの手法が正しいかどうかということで、確認の実験を行いました。

左の図は、イオン化効率とイオン化エネルギーの関係、この式をあらわしているものですけれども、まず既知の元素を対象にテスト実験を行いまして、イオン化効率とイオン化エネルギーの関係を得ました。そうしますと、この式で非常によくフィットできるということで、私たちの手法が使えるだろうということです。これで今回測定しましたイオン化効率33%の値からここの値を読むわけですけれども、これは実効イオン化エネルギーと読んでいまして、正確にはさらに原子の基底状態から、励起準位の影響がありますので、そこを補正して、最終的にイオン化エネルギーとして4.96eVという値を得ることができました。

P) この値がどのようになっているかということで、左側の図が、ほかのアクチノイド元素のイオン化エネルギーあるいはランタノイド元素と比べたものですけれども、青で示しますのがランタノイド元素の第一イオン化エネルギーです。なじみのない元素かもしれませんけれども、原子番号が大きくなるに従ってイオン化エネルギーが大きくなります。ランタノイドの一番最後の元素ルテチウムで非常に小さい値を示しています。これは、電子が順番に満たされていって、ルテチウムの前のイッテルビウムというところで軌道が電子で満たされて、さらにその外側を1個回っているという状況を反映しています。これはよく調べられた結果です。これがランタノイド元素です。

アクチノイド元素はどうなっているかといいますと、100番元素のフェルミウム以上はまだ測定されたデータがありません。今回私たちが測定したデータは、ローレンシウムのここになります。これは類推で、多分こういくだろうということはある程度推測できるわけですけれども、今回はローレンシウムが非常に小さい値を示したということです。それと、今回は海外の理論研究者と共同研究を行いまして、理論計算を行ってもらいました。この星印がその計算値で、非常によく一致していることがわかります。この値は相対論効果の影響を考慮した電子配置で、一番外側の電子が非常に緩く結合しているという計算結果です。したがいまして、ルテチウムと同じように、ローレンシウムは一番外側の電子1個が緩く回っているということをこの実験で確認することができたということで、ルテチウムが最後のランタノイド元素であるということに対して、ローレンシウムも最後のアクチノイド元素であるということが明確に言えたということになります。

P) 意義としましては、シングルアトムスケールでのイオン化エネルギー測定の開発に成功いたしました。これによりアクチノイドの概念の実験的検証、今の周期表のパズルの1つのピースをはめ込むことができたということで、ローレンシウムが最後のアクチノイド元素であるということがわかったということです。この手法は、今後、さらに重い領域、超重元素領域、あるいは相対論領域の化学と呼べるかもしれませんけれども、ここに大きく一歩踏み出すことができた成果だと思います。これまで超重元素の原子の電子配置に関するデータはありませんでしたし、今回初めて相対論効果を考慮した電子配置を示唆することができたということで、今後さらにこの領域に踏み込める機会が得られたということです。今まで理論計算でしかアプローチできなかったところにこれからは実験で入っていけるということと同時に、理論計算に対して信頼できるベンチマークを与えたということです。

P) 以上が結果ですけれども、この後、これを受けて化学界における反響がありましたので、簡単に御紹介したいと思います。

これは最初にお示しした周期表で、ここにランタノイドとアクチノイドがあるわけですけれども、これが現在の周期表です。

これに対しまして、今回私たちの得られたデータをもとに、ルテチウムとローレンシウムをここの一番最後に入れなさいということが提案されています。これは以前から提案されていたことではあったのですけれども、ローレンシウムのデータがないということで単に提案だけだったのですが、今回、ルテチウムとローレンシウムに関しては電子配置がほかのランタノイドやアクチノイドとは少し違うのではないかということがわかりましたので、それを受けた提案です。

P) 現在こういう周期表になっているのが、ここの間にランタノイドとアクチノイドが入って、3族がこうなるということです。したがいまして、ランタノイドはイッテルビウムで終わって、アクチノイドはノーベリウムで終わる。こういう提案がなされております。

P) 今年の夏のIUPACの会議の無機化学部門がこれを扱うわけですけれども、ここで議題で取り上げられて、今議論が始まったところですけれども、周期表の改訂につながっていく可能性もあるということで、注目していきたいと思っております。

P) 最後のまとめですけれども、究極の化学分析法を開発いたしまして、ローレンシウムのイオン化エネルギー測定に成功いたしました。70年を経てアクチノイド系列を確立することができた。これは従来の周期表に従ってということです。これにより相対論領域への挑戦を可能にしたということで、この領域にもっと踏み込めば、周期表のほころびがもっと明確に見えてくるかもしれません。

一方、この成果を受けて周期表の改訂につながるような議論を巻き起こすことができました。

今後はこの究極の化学の分析法を使いまして新しい領域を開拓していきたいと思っております。そういう領域には元素全体の理解につながるかぎが秘められているフロンティア領域だと考えております。

御静聴ありがとうございました。