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超深地層研究所計画

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トピックス

観測データから地下の地質構造の分布や透水性を推定する -簡易モデルを用いた解析的な推定手法の検討-

ポイント
  • ボーリング孔から得られる地下水圧の観測データにより、地下の地質構造の分布や透水性を推定する手法を、簡易モデルにより検討した。
  • 2つの推定手法を用いた検討の結果、地質構造の分布の推定に長ける手法と透水性の推定に長ける手法があることが分かった。
概要

高レベル放射性廃棄物の地層処分事業においては、地下300m以上の深さに数km2に及ぶ大規模な地下施設が建設される予定です。地下施設の建設地選定にあたっては、広範囲における地下水の流動状態(地下水の流動方向や流速)を適切に評価することが重要です。地下水の流動状態を評価するためには、地下における透水性(透水係数*1)の分布を把握しておく必要があります。地下には、周辺岩盤と比較して透水性の異なる地層や断層などの地質構造が不均質に存在しており、透水係数の値で2~3桁程度異なる地質構造が隣接している場合もあります(図1参照)。

地質構造の透水係数は、地表や地下から掘削したボーリング孔を利用した試験によって把握されますが、試験場所近傍の点の情報にすぎません。そこで、複数の場所で試験を実施して出来る限り多くの透水係数の情報を収集し、地質構造の透水係数の分布を統計的に推定する手法や、ボーリング孔で観測した地下水圧をシミュレーションによって再現させることで推定の妥当性を確認する手法が用いられます。しかし、ボーリング孔を多く掘削してしまうと、地下水の流動状態が乱されることが懸念されるため、望ましくありません。

一般的に、現実の物体・領域の性質を表す物性値(今回の例では透水係数)が得られていて、コンピュータ上で現実を模擬することで、観測していない地点・時刻の物理量(今回の例では地下水圧)を求めることを「順解析」といいます。逆に、物理量から物性値を推定することを「逆解析*2」と呼びます。(図2参照)。

逆解析については、理論的には多数の物性値を用意して網羅的にシミュレーションすることにより正しい物性値を見出すという方法も考えられますが、現実的ではありません。例えば10か所の地点における物性値を求めたい場合に、各地点で取り得る値として離散的な値を与え10通りを網羅的に試そうとすれば、合計で1010通りのシミュレーションが必要になります。大規模な地下施設を対象とすると1万地点以上の物性値を求めることになり、取り得る値も連続的に網羅する必要があるため、現実的ではありません。これに対し、より現実的な手法として数学的理論に基づく効率的な推定手法がいくつか開発されています。

そこで、地質構造による不均質な透水係数の分布を、地下水圧の観測データから効率的に推定する手法について検討しました。

本研究では、実験的に透水係数・水圧という物性値・物理量の組合せを作成するために、最初に小規模で概念的なモデルを作成し、モデルの領域を区画してそれぞれの区画に透水係数を設定します。次にモデル内の中心付近の1地点において水を汲み上げ、周囲に配置した30地点において水圧が変化する様子を観測する、という状態を模擬し、シミュレーション(順解析)により観測データを「作成」します。その後、最初に設定した透水係数を未知の値と仮定して、逆解析により透水係数を求めることを試みます。

内容

本研究で用いたモデルは、透水性が異なる2つの岩盤(Rock1、Rock2)の間に、より低い透水性の断層(Fault)が分布する地質構造を想定して作成し(図3参照)、各区画に透水係数分布を設定しました(図4の上図参照)。次にモデル内で水を汲み上げる地点(揚水点)1か所と時刻変化する地下水圧を観測する地点30か所を設定し、揚水をシミュレーションすることにより観測データを作成しました(図5参照)。今回使用するモデルにおける物性値と物理量の関係を一般的な逆解析の概念に当てはめると図6のようになります。

本研究では、このモデルを用いて、透水係数の値が「一部」得られていないと仮定して、観測データから透水係数を逆解析により推定しました。このとき、透水係数が得られていないと仮定した程度(事前情報量)に応じ、以下の3ケースを設定しました(図4の下図参照)。Case Ⅰが事前情報量が最も少なく、Case Ⅲが事前情報量が最も多いケースとなります。透水係数が得られていると仮定する領域には、推定を開始する段階で初期透水係数として真値を与え、得られていないと仮定する領域は真値から外れた値を与えます。この与え方によって、地質構造が未知な場合、透水係数の値が未知な場合、その組み合わせの場合が設定できます。

Case Ⅰ:
初期透水係数を1種類設定したケース(地質構造を推定する場合を想定)
Case Ⅱ:
初期透水係数を2種類設定したケース(地質構造が一部判明している場合を想定)
Case Ⅲ:
初期透水係数を3種類設定したケース(地質構造は完全に判明し、透水係数の値を推定する場合を想定)

逆解析手法としては、観測データの利用方法の異なる2つの手法を試しました。与えられた観測値の時刻データを全て同時に評価する手法(手法A)と、1時刻ずつ逐次的に評価する手法(手法B)です。手法Aは、全時刻で観測値をよく再現するように透水係数分布を推定し、繰り返し推定精度を向上させて一定の条件を満たした段階で最終結果とします。手法Bは、1時刻ずつ観測値との誤差を小さくする透水係数分布を推定し、これを最終時刻まで実施します。また、手法Aは1つの結果を繰り返し修正するのに対し、手法Bは複数の結果を並行して修正し最終時刻までにその幅を縮めていきます(図7参照)。

その手法の違いから、手法Aは幅のある推定はできないが条件が合えば最良な推定値を1つ追求するのに対し、手法Bは幅のある推定はできるが早い時刻での最良な推定値と終盤の時刻での最良な推定値が合わず、複数の推定結果の幅を縮められない可能性もあると言えます。なお、それぞれの手法の数学的理論については参考文献4で詳しく説明されています。

図8および表1に、逆解析結果を示します。

2つの手法を比較すると、事前情報量が最も少ないCase Ⅰでは手法Bが手法Aに比べて真値に近い透水係数分布を推定できており、逆に事前情報量が最も多いCase Ⅲでは手法Aが手法Bに比べて真値に近い透水係数分布を推定できていることが確認されました。つまり、手法Bは手法Aに比べて地質構造の分布の推定が得意な手法であり、手法Aは手法Bに比べて地質構造の透水性の推定が得意な手法であると言えます。このことから、効率的に透水係数の空間分布を推定するためには、地質構造の分布の推定・透水性の推定といった、目的に応じた逆解析手法を利用する必要があることが示されました。

本研究では単純なモデルを用いた実験的な検討を実施し、解析手法の違いが透水係数の空間分布の推定結果に与える影響についての検討を実施しました。今後は、より大規模かつ不均質性の高い地質構造を対象とした場合の逆解析手法の適用性について検討していく予定です。

図1. 地下の地質構造の透水係数分布の一例
瑞浪超深地層研究所用地付近の地下の地質構造(左図)を、透水係数の大きさで分類し色分けした例(右図)です。地下水の流動状態を把握するためには、透水係数の分布を把握する必要がありますが、対象とする領域全体の透水係数の値を取得することは困難です。右図は様々な調査や解析から得られた情報に基づき推定した透水係数の分布の一例です。
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逆解析の概念図
図2.逆解析の概念
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作成したモデルの画像
図3.作成したモデル
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透水係数の設定の画像
図4.透水係数の設定(平面図)
上:真値、下:検討ケース
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揚水点・観測点の配置と揚水のイメージ
図5.揚水点・観測点の配置と揚水のイメージ
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本研究での逆解析イメージ
図6.本研究での逆解析
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2つの逆解析手法の比較図
図7.2つの逆解析手法の比較
上:手法A、下:手法B
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透水係数分布の推定結果の画像
図8.透水係数分布の推定結果(平面図)
上段:真値、中段:手法A、下段:手法B(手法Bは複数の推定結果の平均を示しています。)
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表1. 水理地質構造毎の透水係数の推定結果(統計値)
(手法Bは複数の推定結果の平均を示しています。)
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用語解説
*1 透水係数
岩盤の水の透しやすさを表す値。水の流速を2点間の水圧の差で割ったもの。透水係数が大きいほど、同じ動水勾配で多くの水が流れる。
*2 逆解析
一般的な地下水流動解析は順解析と呼ばれ、原位置調査などで取得された情報に基づく物性値により構築された数値モデルを用いて、地下水圧などの物理量を計算により算出する。これに対し、原位置で観測された地下水圧などの物理量から、そのような物理量を再現する数値モデルを逆算して求める手法が逆解析と呼ばれる。一般産業では自動車部品の空気抵抗を最小とする形状を求める最適化問題などにも、逆解析手法が用いられる。
参考文献
  • 増本清, 尾上博則, 小橋昭夫, 山本真哉, 数値実験による透水不均質性評価に関わる逆解析手法の検討 その1 -アジョイント法による数値実験の概要-, 第8回構造物の安全性・信頼性に関する国内シンポジウム, 2015
  • 山本真哉, 本多 眞, 櫻井英行, 尾上博則, 増本清, 数値実験による透水不均質性評価に関わる逆解析手法の検討 その2 -アンサンブルカルマンフィルタによる数値実験の概要-, 第8回構造物の安全性・信頼性に関する国内シンポジウム, 2015
  • 尾上博則, 山本真哉, 増本清, 小橋昭夫, 三枝博光, 数値実験による透水不均質性評価に関わる逆解析手法の検討 その3 -解析手法の違いが解析結果に与える影響-, 第8回構造物の安全性・信頼性に関する国内シンポジウム, 2015
  • 小橋昭夫, 尾上博則, 山本真哉, 本多眞, 櫻井英行, 増本清, 逆解析を用いた地下水流動のモデル化・解析に関する研究, JAEA-Research 2015-022, 2015