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第23回 「原子力防災教育・訓練の標準化について」(平成27年4月)

 前回は中央防災会議における災害対策の標準化を踏まえた原子力災害対策の標準化について簡単に紹介し、教育・訓練の重要性についても触れました。今回は、この標準化のマネジメントの一部として、原子力防災教育・訓練の標準化について考察します。なお、東日本大震災後に経済産業大臣は災害対策にも適用できる日本工業規格(JIS)を制定し、この中で教育・訓練の考え方を示しています。このJISの考え方は、中央防災会議が現在作成中の災害対策標準化マニュアルにも考慮されるので、これも踏まえて考察します。

1. 中央防災会議等における防災教育・訓練に係る指摘

 中央防災会議の検討成果を受けた災害対策標準化検討会議の報告書では、防災教育・訓練の標準化について、以下のように指摘しています。
〇 研修・教育、訓練推進、防災専門家の養成
  災害対応者に要求される資質、能力等を明らかにしつつ、研修内容、訓練の標準化を進めることは重要であり、その際、政策立案、実務遂行の大きく2つに分けて考えることが適当である。

 災害対応者に要求される資質、能力等を明らかにすることは、後述するJISにおける力量(competence)の設定に相当します。研修・教育及び訓練の内容については、政策立案と実務遂行に分けて、対象者の違いを考慮することとしています。
 また、同報告書では、中央防災会議の「防災に関する人材の育成・活用専門調査会」で示された防災担当職員用の標準的な研修プログラムを紹介しています。この標準的な研修プログラムでは、対象者の違いや各地域の特性に応じて研修の重点に差を設け、本プログラムに記載のない項目を研修内容とすることや必要な部分を抽出して研修内容とすること、対象者や実施時期を訓練と組み合わせて計画することも指摘しています。

2. 原子力防災教育の標準化

 この標準的な研修プログラムに基づき、原子力災害対策で特有の事項を追加又は置き換えて、原子力防災の標準的な研修プログラムとした試案を以下に示します。
① 知識編
1) 原子力災害の性質に関する知識
 ・原子力災害の発生メカニズム
 ・原子力災害により生じる事態
 ・原子力災害に応じた対策等の留意点
 ・過去の主要な災害に関する事実
2) 防災対策に関する制度の基本的知識
 ・防災行政の歴史・経緯
 ・防災対策の基本制度(災対法、災害救助法、原災法、復興関係法令)
3) 災害対応に関する基本的知識
 a) 災害対策本部運用に係る基本的知識
  ・職員非常参集
  ・災害対策本部及び災害対策本部会議の運営
  ・オフサイトセンターの運営
  ・情報収集、分析、判断
  ・災害時広報
  ・災害対応マニュアル(含、「原子力災害対策マニュアル」)
  ・その他重要な災害対応の運用に関する基本的知識(職員の健康管理等、ロジス
   ティックス)
 b) 活動内容に関する知識
  a. 各防災機関の使命、ビジョン、行動概要等
   ・政府
   ・地方公共団体
   ・実動機関等の防災機関
   ・指定公共機関
   ・ボランティア、その他の民間の活動
  b. 対策別の活動要領
   ア) 緊急事態応急対策
    ・緊急時モニタリング
    ・避難及び一時移転
    ・屋内退避
    ・安定ヨウ素剤の予防服用
    ・緊急被ばく医療
    ・汚染スクリーニング及び除染
    ・飲食物摂取制限
    ・防災業務関係者の防護措置
    ・各種防護措置の解除
    ・救助・救急、消火活動
    ・災害時輸送関係
    ・事故由来放射性物質の処理
    ・自発的支援の受け入れ
    ・被災者、住民・国民からの対応
    ・相談窓口
   イ) 原子力災害中長期対策
    ・環境放射線モニタリング
    ・個人線量推定
    ・健康評価
    ・除染措置
    ・その他の復旧・復興措置(住民の帰還支援、都市再生、産業の創造、雇用の創出
     、金融支援、特例措置等)
② 対応能力編
1) ケースメソッド(事例検討)
 ・防災機関の活動記録、防災職員の活動手記等を素材に対策、教訓、課題を考察
2) 図上訓練
 ・状況付与型訓練
 ・状況予測型訓練
3)その他の手法
 ・プレス発表
 ・問合せ電話への対応

 現段階では上記のように研修の項目を列挙するにとどまりますが、中央防災会議が現在作成中の災害対策標準化ガイドラインを公表した後は、その内容を反映し、対象者、地域性及び実施時期を考慮した原子力防災に対応する各種の研修プログラムを作成し、この研修プログラムを基点とした原子力防災教育のPDCAサイクルによる、目標管理の徹底が望まれます。

3. 原子力防災訓練の標準化

 災害対策標準化検討会議の報告書には防災訓練の標準化に関する詳しい記載はありません。しかし、現在作成中の災害対策標準化プログラムは、東日本大震災後に経済産業大臣が制定した災害対策にも適用できるJIS(ISO一致規格)を考慮するとしているので、これを踏まえて、原子力防災訓練の標準化について以下に考察します。

(1) 原子力防災訓練に係る基準の整備状況

 国、地方公共団体及び原子力事業者における原子力防災訓練に係る基準の整備状況は表1のとおりです。

表1.原子力防災訓練に係る基準の整備状況


 表1において、国及び地方公共団体の原子力防災訓練については、内閣官房に設置された「3年以内の見直し検討チーム」の報告にあるよう、国際原子力機関(IAEA)が公表している訓練のガイダンスを参照し、道府県の意見を踏まえて具体的な仕組みを整備中です。なお、IAEAの訓練ガイダンスについては、過去の原子力防災情報(IAEAの緊急時対応演習の基本的な考え方)で説明しています。
 原子力事業者の防災訓練については、原子力規制委員会が「原子力事業者訓練の評価ガイドライン案」を、一般社団法人原子力安全推進協会が「原子力防災訓練ガイドライン」を、一般社団法人日本電気協会が「原子力発電所の緊急時対策指針」をそれぞれ作成し、統一された基準により実施されています。これらは、災対法第48条の災害予防責任者(原子力事業者を含む)の防災訓練義務の規定、原災法第13条の2の原子力事業者の防災訓練の報告の規定、及びこれを担保する原災法第7条の原子力事業者防災業務計画の防災訓練の規定が起点となり、防災訓練の計画・実施・評価・改善(PDCAサイクル)を明確化していることによります。
 今後、原子力事業者の訓練に関しては、他の防災機関との連携を確実にするため、これらの基準への災害対策標準化ガイドラインの反映が望まれます。また、国、地方公共団体の訓練に関しては、同ガイドラインを反映した、防災訓練の基準の作成が望まれます。

(2) 防災訓練に関するJISの概要

 「JIS Q 22320:2013 社会セキュリティ−緊急事態管理−危機対応に関する要求事項」は、その「人的要因」にて防災訓練や演習に関し以下を要求しています。なお、文中の力量(competence)とは、「意図した結果を達成するために、知識及び技能を適用する能力」と定義しています。
 危機対応に関与する全ての人は、全体の業務体制のどこに自らが位置付けられるかを常に理解していなければならず、また、教育訓練及び演習を通して、自らが管理する各種資源を使いこなせるだけの適切な力量を備えていなければならない。

 「JIS Q 22398:2014 社会セキュリティ−演習の指針」は、訓練(drill)とはマニュアルにある技能を習得すること、演習(Exercise)とはシステムの性能を評価し、改善し又は試行的な取り組みを確認すること、と使い分けています。このため、演習前の訓練で基本的な技能を習得しておく必要があります。
 また、「演習プログラム」、「演習プロジェクト」及び「継続的改善」を図1に示す関係で規定しています。演習プログラムとは、実際に行う個々の演習(演習プロジェクト)が演習全体の目的に合致するよう計画策定、実施、改善(PDCAサイクルによる目標管理)する仕組みのことで、演習プロジェクトの成果は逐次、継続的改善として、トップマネジメント(最高位の組織管理者又はその集まり)のレビューを受けた後に、防災対策等の是正措置へ反映されます。



図1.演習プログラム、演習プロジェクト及び継続的改善の関係

 なお、我が国の原子力防災訓練は、訓練と演習の使い分けが曖昧で、訓練の中に演習の内容も含む考え方が一般的なので、これ以降の説明では、我が国の原子力防災訓練に関しては、訓練(演習含む)との表現を必要に応じて使用します。なお、訓練と演習の使い分けに関する課題等については、過去の原子力防災情報(IAEAの緊急時対応演習と我が国の原子力防災訓練)で説明しています。

(3) 演習プログラムの計画策定、実施及び改善に係る考察

① ニーズ分析に基づく演習の設定
 JIS Q 22398では、演習を行う組織の戦略的目的、組織に対するリスク、法規制の要求事項、組織の現有能力等を把握したうえで、演習を実施する必要がある対象(計画、手順、能力又は資源)を設定します。(「ニーズ分析」という。)特に、リスクについてはリスクマネジメントの手法を導入し、リスクを事前に、特定し、その対応(回避、除去、共有、保有など)を決定し、PDCAサイクルにより総合的に管理します。このリスク対応の結果、残留リスク(想定外としてあえて除去しなかった保有リスクや特定されていないリスクなど)となったものについては、危機として顕在化したときに対応する仕組みを構築します。
 このため、リスク対応として事前に決定されたことは、一般には各種のマニュアルに反映され、繰り返しの習熟を目的として訓練(Drill)が、評価と継続的改善を目的として演習(Exercise)が行われます。また、残留リスクとなったものは、演習(Exercise)において試行的な要素も含めて、対応の仕組みを評価します。これら一連の考え方を整理して、具体的な演習計画を策定します。

② 演習プログラム管理者等の力量の設定と担保
 JIS Q 22398では、演習プログラムの企画、実施及び評価を行う管理者に以下の役割(意図した結果)を要求しています。
〇 演習プログラムの範囲、具体的な達成目標、並びに個別の演習プロジェクトの範囲、
  評価基準及び時間枠等の設定
〇 演習プログラムのリスクの評価、演習プロジェクトの影響の推定
〇 演習の種類及び方法の確定
〇 演習に必要な資源の決定
〇 演習プロジェクトチームの選任
〇 文書化する手順の構築と運用管理
〇 演習プログラムの実施、監視(monitoring)、レビュー、及び改善

 このため、演習プログラム管理者には、この役割(意図した結果)を達成する能力(力量)の設定とこれを担保する教育や訓練(演習含む)又は実際の災害対応経験が必要となります。
 原子力災害の場合、実際の災害対応経験の頻度が低いので、力量の担保は教育や訓練(演習含む)が主体となります。今後、原子力防災訓練(演習含む)においても、災害対策ガイドラインを反映し、演習プログラム管理者等の力量を担保する研修等の実施が望まれます。
 なお、演習では参加者が必要な力量を事前に備えた上で、対象とする計画、手順、機能又は資源等に要求される性能と実際の性能とを比較評価し又は試行的な取り組みを確認します。特に、この要求される性能と実際の性能との比較評価にあたっては、特別な評価手法が別途ある訳はなく、演習の目的とこれに合わせた評価基準を同時に作成することが重要となります。

③ トップマネジメントによる演習の推進
 JISでは、図2上部に示すように、トップマネジメント(最高位の組織管理者又はその集まり)が起点となって演習を推進すると規定しています。即ち、演習の推進は、ニーズ分析を反映したトップマネジメントによる目的の設定 ⇒ 対象及び範囲の選択 ⇒ 実施条件等の設定へと演繹的に進行します。
 図2下部は、各実施主体の演習の実施条件が先にあり、これに合わせて演習の対象及び範囲を選択し、この範囲で無難な又は前例を踏襲した目的の設定とするような帰納的な演習の例を示しています。
 我が国の原子力防災訓練(演習含む)においても、図2上部のトップマネジメントによる演繹的な演習の推進とすることが重要です。



図2.演繹的な演習と帰納的な演習の推進

④ トップマネジメントによる災害対策体制
 普段していないことは災害時にできないので、トップマネジメントによる演習を推進するためには、平常時及び緊急時の災害対策の体制においてもトップマネジメントを強化することが重要となります。仮に、東日本大震災相当の災害(特定大規模災害)が現時点で発生すると、国の対応体制は、災対法、原災法及び大規模災害からの復興に関する法律に基づき、それぞれの体制が整備された時点からは図3-aのようになります。これに対し、トップマネジメントを強化した体制の案を図3-bに示します。



       図3−a.現状の体制         図3−b.強化した体制案

 特定大規模災害及び原子力災害への応急対策、復旧並びに復興のマネジメント機能(対策本部)において、トップマネジメントの強化を図ろうとすれば、一つの目的に対して並列のマネジメント機能(対策本部)によって対応を図るよりも、一つのマネジメント機能(対策本部)に集約して実施組織を指揮・統制する方が効率的かつ効果的です。
 政府の危機管理組織の在り方に関する検討経緯では、特定大規模災害に対して、図3-aの並列のマネジメント機能(対策本部)のまま、それぞれの対策会議を同時に開催する等の措置を提案していますが、一つのマネジメント機能(対策本部)に集約する図3-bの組織として、災害応急対策及び災害復旧の初期から、この復興を考慮しておけば、一貫した効率的で連続的な対応が可能となります。また、平常時においても、災害応急対策から復興まで見据えた普及活動や教育、訓練(演習含む)が可能となります。
 なお、東日本大震災相当の災害(特定大規模災害)が頻発する訳ではないので、図3-bで示した緊急災害・復興対策本部を常設の大がかりな組織とする必要はなく、緊急時においては、災害の規模に応じて柔軟に拡大可能な仕組みとすること、平時においては、その迅速な立ち上げ及び初動対応が可能とすること、並びに非常災害の事前対策を推進する機能に限定しておくことが重要となります。
 ここで、応急対策、復旧及び復興の機能を集約することについて、もう少し詳しく図4に示します。



図4.災害の発生とその後の対応(災害応急対策・災害復旧・復興)

 図4では、縦軸に社会の機能、横軸に災害の前後の経過時間を示します。社会の機能とは人の存在、社会の生産性、及びある組織における社会的サービスの提供など全般を含む概念とします。災害が発生すると、社会の機能がその影響により低下し、人命が失われ、人への障害などが発生し、又は社会的サービスの提供が停止し若しくは支障をきたして、これが被害となります。
 図4の赤い斜線で示された部分が災害による被害となり、その社会又は組織等が有する脆弱性を示しています。このため、災害が発生した直後から、その災害と対峙しながら、この赤い斜線で示した部分の面積を少なくすること、即ち、社会の機能の低下を抑えることと、出来るだけ早期に復旧することが必要になります。図4の青い斜線で示した部分は、「復興」と呼ばれ、災害以前の機能を越えた回復を図ることを示しています。東日本大震災においても、災害に強い、より生活しやすい都市再生計画、産業の創造、雇用の創出などを含んだ復興が計画され、実施されています。この青い斜線の部分がないと、赤い斜線で受けた被害が回復することはなく、社会的損失として受け継がれます。また、復興において被災を地域社会再構築への希望に変えていくという考え方が、中央防災会議の防災対策推進検討会議の2012年7月の最終報告でも示されています。
 ただし、国民の生命、身体を最優先とし、財産については別の扱いとする災害対策の大前提は守らなければなりません。即ち、復旧及び復興側の過度な要求が応急対策の足を引っ張ることは避けなければなりません。この応急対策と復旧及び復興のバランスが重要で、この点からも、一つの組織でマネジメントする方が合理的と考えられます。
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