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第20回 「避難と屋内退避の使い分けに関する考察〜米国の例を中心に〜」(平成26年12月)

1.はじめに〜原子力災害時の緊急防護措置〜

  東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、我が国の原子力防災体制は大きく改められました[1]。 新たに策定された原子力災害対策指針に基づき、原子力災害対策重点区域が設定され、該当する都道府県及び市町村では原子力災害についての地域防災計画の改定や新たな策定が行われるとともに、住民避難計画の作成も進められています。
  地域防災計画や住民避難計画は、万一、原子力災害が発生した場合に、発災施設周辺の住民の安全を確保するため、避難等の緊急防護措置を確実に実施することを目的としています。原子力災害時の緊急防護措置として、避難や屋内退避、これらを補完する安定ヨウ素剤の予防服用が用いられています[1]。
 今回は、最も迅速な防護措置が求められる“予防的防護措置を準備する区域(以下、「PAZ」といいます。)”を中心に、主な緊急防護措置である避難と屋内退避をどのように使い分けるのか、その考え方と課題について紹介します。

2.緊急時の防護措置は単純には決められない〜避難よりも屋内退避が優先?〜

  原子力災害対策指針には、緊急事態の初期、すなわち全面緊急事態[2]の発生を確認したときの防護措置について、「PAZにおいては、原則としてすべての住民等に対して避難を即時に実施しなければならない。」と記載されています。避難が第1の手段とされているのは、放射性物質の放出前もしくは直後に、たとえ短距離でも事故が発生した原子力発電所から離れることで被ばく量を最も効果的に低減できるからです。その一方で全面緊急事態に至ったからといって必ず放射性物質が放出されるわけではありません。全面緊急事態は、放出の可能性が高くなったという状況であり[2]、PAZという名称どおり、予防的に防護措置を実施するものです。従って、施設の応急対策が成功すれば、放射性物質はわずかな漏えいだけに止まり、事態が収拾されることもあり得るのです。結果として避難する必要はなかったということもあるかもしれません。
 屋内退避は、屋内に留まることによって建屋の遮へい効果や気密性による放射性物質の吸入抑制によって被ばく量を低減する防護措置です。緊急時防護措置を準備する区域(UPZ)[1]のようにある程度施設から離れたところでない限り、原子力災害に至り、放射性物質が大量に漏えいしている原子力発電所の近くに長時間、屋内退避することは、被ばくの十分な抑制を期待することはできません。そのために、原子力災害対策指針は、PAZにおいては原則として即時に避難という予防的な措置を求めているのです。
  その一方で、原子力災害対策指針は、屋内退避に関する記述に、「PAZにおいては、全面緊急事態に至った時点で、原則として避難を実施するが、避難よりも屋内退避が優先される場合に実施する必要がある。」とし、その例として、「病院や介護施設においては避難より屋内退避を優先することが必要な場合があり、この場合は、一般的に遮へい効果や建屋の気密性が比較的高いコンクリート建屋への屋内退避が有効である。」と記載しています。東日本大震災の経験を経て自然災害においても避難のための立退きを行うことがかえって危険を伴う場合があることが注目され、その教訓を受けたものです。地方公共団体の地域防災計画の中には、これを、「搬送に伴うリスクを勘案すると早急な避難をすることが適当ではなく、移送先の受入準備が整うまで、一時的に施設等に屋内退避を続けることが有効な放射線防護措置であることに留意する。」のように社会福祉施設や医療機関の施設に係る措置として記載を付加しているところもあります。
 これまでに述べた、避難と屋内退避の特徴を表1に示します。これは、原子力災害対策指針やIAEAのガイド[3]を基にまとめたものです。

表1.避難と屋内退避の特徴

  
 しかし、PAZにおいて避難よりも屋内退避が優先される場合とは、このような特別に配慮が必要な施設や、避難が遅れる、あるいは避難に時間を要するといった避難者側の状況を考えるだけで十分なのでしょうか。
  特に防災基本計画にも記載されている“屋内に留まっていた方が安全な場合”あるいは“避難のための立退きを行うことがかえって危険を伴う場合”を原子力災害についてどう考えるかという点について、米国原子力規制委員会(以下、「NRC」といいます。)の考え方を次に紹介しましょう。

3.米国NRCが15年をかけて開発した緊急防護対策の判断基準〜NUREG-0654 Rev.1補足文書3〜

  米国の原子力緊急事態における防護対策の考え方は、米国の原子力災害対策指針にあたるNRCのNUREG-0654 Rev.1「原子力発電所の支援における放射線緊急時対応計画と備えの準備と評価に関する判断基準」[4]に記載されています。特に、原子力発電所の全面緊急事態において即時避難という考え方を最初に導入したのが、1996年7月に作成されたこのNUREG-0654 Rev. 1の補足文書3です[5,6]。 この補足文書では、原子力発電所において緊急時活動レベル(EAL)に基づいて緊急事態区分が“全面緊急事態”[2]に相当すると判定された場合、原子力事業者は周辺自治体に対して住民を直ちに避難の勧告をすることとされていました。具体的には、原子力発電所を中心に全方位で2マイル(約3km)、風下方向で5マイル(約8km)のキーホール形の範囲です。(詳しくは参考資料[6]を参照ください。)
 しかし、この補足文書は発行以来“暫定版”とされ、その後約15年に亘ってその扱いが継続されました。これが、正式に最終版として改訂、発行されたのは、東京電力福島第一原子力発電所事故後の2011年11月のことです[7]。
  この15年間に、原子力事業者の団体である米国原子力エネルギー協会(Nuclear Energy Institute,以下「NEI」という。)は、2005年に全原子力事業者向けのNEIガイダンス[8,9]を発表し、NRCから承認(エンドース)されています。このNEIガイダンスでは、避難を公衆の防護の第1の手段であると位置付ける一方、悪天候や洪水等によって避難の実施が困難な場合と移動させること自体に健康上のリスクが伴う要援護者(ここでは,高齢者,身体障害者,及び移動そのものが危険であるような入院患者等です。)の場合においては、ひとまず屋内退避をさせて、その後、避難ができる状況になったところで避難をさせるという考え方に変更しています。また、NRCも自然災害における大規模避難の実例等に関する研究[10] を実施するなど、1996年の補足文書3の見直しを検討していました[11]。 これらの研究の中心は、避難実施における避難者側の状況だけではなく、避難実施時における外的な影響、すなわち避難実施の判断で考慮すべき周囲の状況や条件を明確にすることでした。
 2011年の補足文書3の最終版(以降、これを「補足文書3」といいます。)の考え方を、フローダイヤグラムで示したものを図1に示します[7]。

 

図1  NUREG-0654 Rev. 1補足文書3(2011年最終版)における
全面緊急事態の防護措置フローダイヤグラム
〔内閣府原子力安全委員会「『原子力施設等の防災対策について』の見直しに関する考え方について
 中間とりまとめ」解説3−2に加筆 〕


 図1に示すように、全方位で2マイル(約3km)、風下方向2〜5マイル(約8km)の範囲は同じですが、全面緊急事態だからといって即時避難という単純な考え方はしません。以下のような3種類の判断(図中のA、B、C)があります。

A:基本的なケース

  EALによって当該原子力発電所の状態が全面緊急事態と判断された場合、避難の実施に係る障害がない場合に限り、全方位で2マイルの範囲を「即時避難」とし、2〜5マイルの風下方向3方位の範囲を「屋内退避」、それらの周囲の地区は当局の情報に注意して避難できる準備をしておく(すなわち、屋内で待機する。)とされています。そして、2マイル範囲の地区の避難退避の終了後に、風下方向2〜5マイル範囲の避難を開始します。これが、米国NRCが考える“段階的な避難”です。

B:避難の実施に障害があるケース

  もし全面緊急事態と判断されても、避難の実施に障害がある場合は、2マイルの範囲内についても避難を開始せず、当該区域全域を一旦屋内退避とし、その他の地区は屋内で待機させておきます。そして、避難が実施できる状況になったことが確認されたならば、2マイル内の地区から順に屋内退避を解除し、避難を開始するという手順です。
 “避難の実施に障害がある場合”について、補足文書3では、交通規制等の避難支援(準備)が整っていないとき、テロ行為のような“悪意のある行為(Hostile Action)によって発生”した全面緊急事態のとき、(大雪や洪水等によって道路閉鎖などが生じている)悪天候のときであるとしています。日本においては、山間部や海上を船舶で避難しなければならない地区もあり、霧や波浪の状況もこれに当たるものと考えられます。

C:事故進展が早いケース

  図1には、全面緊急事態と判断されると、もう一つ、上述とは別の判断があることが示されています。すなわち、全面緊急事態に該当するような過酷事故において、まず当該原子力発電所の状態から放射性物質の放出に至るまでの早さで事故の状況を分類し、早いタイプであれば即時避難ではなく、屋内退避させることを考慮することです。これは、全面緊急事態であるとしてむやみに避難を始めると、事故の進み方によっては、避難路を移動中、あるいは渋滞で車中にいる間に放射性物質が放出されてしまうケースも想定しているためです。放射性物質が大量に漏えいしている原子力発電所の近くに長時間、屋内退避することは好ましい状況ではありませんが、避難のために屋外に出て、放射性プルームに長時間曝され、結果として大きな被ばくをしてしまうよりは、安定ヨウ素剤を服用した上で屋内退避とし、放射性プルームが過ぎ去ってから避難を実施する方が被ばくを大きく抑制できるからです。
  補足文書3では、急速に進展する過酷事故では、発生する確率が非常に低いケースも考慮した上で、“プルーム被ばくEPZ”(原子力発電所を中心に半径10マイル、約16kmの範囲を示し、日本の原子力災害対策指針でいう、PAZとUPZの一部に相当します。)全域の要配慮者を除く住民の大方(90%)がプルーム被ばくEPZの範囲外に脱出を完了するのに要する時間推計(ETE:Evacuation Time Estimation。[9]以下、ETEといいます。)がおおよそ3時間未満であれば、避難の実施に障害がない限り避難させることが、防護対策として最も有効性が高いとしています。 また、プルーム被ばくEPZ全域のETEが3時間以上であっても、2マイル以内の範囲にあってETEが2時間以下の地区、あるいは風下方向2〜5マイル範囲にあってETEが3時間以下の地区であれば、それぞれの地区を段階的に避難させるとしています。
 逆に、ETEの結果が上記に照らして長ければ、当該地区は一旦屋内退避をさせ(安定ヨウ素剤の服用も同時に指示すると考えられます。)、放射性物質の放出が停止し、空気中の放射性物質が低下したことを確認してから避難させるという措置を選択します。
  補足文書3では、急速に進展する過酷事故とは、格納容器の健全性が急激に失われる全面緊急事態と炉心冷却機能を失った全面緊急事態がそれに相当するとしています。これを受けてNEIは2012年10月にガイダンスNEI 12-10[12]を公表し、原子力事業者に対してそれぞれの原子力発電所のプラント特性に合わせて“急速に進展する過酷事故”をEALの中で定義づけておくことを求めています。
  また、補足文書3では、従前の緊急防護対策の考え方に比べ、ETEが非常に重要なキーファクターとされました。ETEは、米国では2000年前後から既にハリケーン対策等の防災計画作成に採用されていた技術でした。NRCは、補足文書3を作成するための研究と並行して、ETEの実施方法や信頼性を確保するための研究も実施し、ETEの手法を標準化し、そのマニュアルNUREG CR-7002を同時期に公表しています。[13]

4.日本における緊急防護措置に係る今後の課題

  上述した避難と屋内退避の使い分けという観点から原子力災害対策指針と補足文書3の比較を表2に示します。

表2.避難と屋内退避の使い分けの比較(PAZにおける緊急防護措置に関する比較)

 
  原子力災害対策指針に記載されているように、原子力災害が発生し、全面緊急事態に至ったと判断された場合には、PAZ内のすべての住民について避難措置を講じることが原則とされていますが、現実の住民防護措置はその実施に障害がある場合もあります。原子力防災訓練においても、PAZにおいて避難よりも屋内退避が優先される場合を想定した対応を考慮することも必要と思われます。
 さらに、「全面緊急事態には国の指示を受けてPAZ圏内の避難を実施する。」という原則だけを記載し、PAZにおいても避難よりも屋内退避が優先される場合があることを明記していない地域防災計画が少なからずあります。これは、地域防災計画(原子力災害対策編)作成マニュアル(県分)[14]には、「避難を実施するにあたり、避難者を安全上等のリスクにさらすことなく移動させることが困難であるなど、屋内退避措置を優先させるべきと判断される場合は、並行して実施するものとする。」と注意書きがあるのですが、“避難者を安全上等のリスクにさらすことなく移動させることが困難”な状況とはどのような状況か具体的な例示もないため、地方公共団体において計画に記載できないのかもしれません。
 一方、「県は、…(省略)…、避難時の周囲の状況等により避難のために立ち退きを行うことがかえって危険を伴う場合は、市町村とともに、即時避難・屋内退避を行うことを検討する。」と、周囲の状況をも考慮することを記載した地域防災計画もあります。
  現在進められている避難計画の整備が完了した次の段階では、PAZにおいて屋内退避を優先するべき状況について、その必要性を含め、検討していくことが求められます。このためには、原子力事業者等も“急速に進展する過酷事故”について研究を進め、地方公共団体の議論に加わる必要があります。
  また、緊急防護対策の意思決定において避難と屋内退避のどちらを選択するかという判断は、事故の進展と避難の完了の両方について見通しを得ていることが求められます。事故の進展については原子力事業者等が大きな責任を担っていますが、避難の完了については地方公共団体の役割になっています。
  前述したように、米国ではこの検討に15年を費やして、一つの方法論を提示しました。これにはあらかじめ各地区において実施しておく避難完了の見込み時間としてのETEが非常に大きな判断の指標の一つになっています。我が国においても、原子力災害時のETEが道府県のレベルで実施され、いくつかの道府県からその結果が公表されています。今後、我が国においてもETEのより有効な活用方法を確立し、それに必要なETEの実施や確認の方法、防災計画へ反映する仕組みを構築することによって、防災計画の妥当性を保証する一つの手段になるものと期待されます。

参考資料
[1] 「原子力防災情報」第5回「原子力災害対策の基本的考え方」
[2] 「原子力防災情報」第10回「緊急事態区分及びEALについて」
[3] 
IAEA: “Actions to Protect the Public in an Emergency due to Severe Conditions at a Light Water Reactor” EPR-NPP PUBLIC PROTECTIVE ACTIONS (2013).
[4] U.S. Nuclear Regulatory Commission: “Criteria for Preparation and Evaluation of Radiological Emergency Response Plans and Preparedness in Support of Nuclear Plants; Criteria for Protective Action Recommendations for Severe Accidents”, NUREG-0654/FEMA-REP-1, Rev.1 (1980).
[5] U.S. Nuclear Regulatory Commission: “Criteria for Preparation and Evaluation of Radiological Emergency Response Plans and Preparedness in Support of Nuclear Plants - Criteria for Protective Action Recommendations for Severe Accidents”, NUREG-0654/FEMA-REP-1, Rev.1, Supplement 3 (1996)
[6] 山本一也:“原子力緊急時の住民避難計画の策定に関する調査”, JAEA-Review 2007-035 (2007)
[7] U.S. Nuclear Regulatory Commission: “Criteria for Preparation and Evaluation of Radiological Emergency Response Plans and Preparedness in Support of Nuclear Plants - Guidance for Protective Action Strategies” , NUREG0654/FEMA-REP-1, Rev.1, Supplement 3, ML113010596 (2011). 
※内閣府原子力安全委員会(当時)の「『原子力施設等の防災対策について』の見直しに関する考え方について 中間とりまとめ」(2012年3月)の解説3−2に引用、紹介されています。
[8] Nuclear Energy Institute: “Range of Protective Actions for Nuclear Power Plant Incidents”, NEI guidance (2005)
[9] 山本一也:“原子力緊急時の住民避難計画の策定に関する調査(Ⅱ)−フランスの即時対応と避難,及び避難時間評価に関する各種モデルの実例調査−”, JAEA-Review 2008-027 (2008)
[10] U.S. Nuclear Regulatory Commission: “Identification and Analysis of Factors Affecting Emergency Evacuations”, NUREG/CR-6864, Vol.1 “Main Report”,  Vol.2 “Appendices”, (2005) 及び“Assessment of Emergency Response Planning and Implementation for Large Scale Evacuations”, NUREG/CR-6981, ML082960499 (2008)
[11] U.S. Nuclear Regulatory Commission: “Review of NUREG-0654, Supplement 3, “Criteria for Protective Action Recommendations for Severe Accidents”, ”NUREG/CR-6953, Vol.1, ML031000129 (2007), Vol.2 “Focus Groups and Telephone Survey”,  ML083110406 (2008), Vol. 3 “Technical Basis for Protective Action Strategies”, ML102380087 (2010)
[12] Nuclear Energy Institute: “Guideline for Developing a Licensee Protective Action Recommendation Procedure Using NUREG0654 Supplement 3”
, NEI 12-10 (2012)
[13] U.S. Nuclear Regulatory Commission: “Criteria for Development of Evacuation Time Estimate Studies”
NUREG/CR-7002 (2011)
[14] 内閣府、消防庁:“地域防災計画(原子力災害対策編)作成マニュアル(県分)”
(平成25年7月一部改訂)
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