核不拡散ニュース No.0180 2012.04.27
<ソウル核セキュリティサミットの開催>
[概要]
第2回核セキュリティサミットが、53ヶ国4国際機関(うち、36ヶ国から首脳)が参加して、3月26-27日に韓国のソウルにおいて開催された。
このサミットは、2010年にワシントンで開催された前回サミットを受け、テロリスト等から核物質及び施設を防護するための国際的な協力体制の一層の強化・推進を目的として開催されたもので、核テロリズムの脅威に対抗する協力方策、核物質と関連施設の防護、核物質の不正取引の防止に加え、新たに原子力安全と核セキュリティとの関連性、及び放射性物質の防護を議題に設定した。
会議では、各国がボランタリーベースで実施あるいは計画している対策の表明と国際的合意を実行するための具体的計画に関する議論を行い、最後に核物質及び放射性物質を用いたテロリズムを防止するための包括的対策を表明したソウルコミュニケを採択した。
我が国は、野田総理大臣が核セキュリティと原子力安全の相乗効果について福島原子力事故から得られた教訓、及び核セキュリティ強化のための国内・国際的取組を表明した。
本サミットでは、前回サミット後に参加各国で実施された措置について具体的な進捗状況が確認されるとともに、核テロの脅威に各国が連携して対処することの重要性に関する共通の認識を得るなどの進展がみられた点に意義がある。更に、我が国は、原子力安全と核セキュリティとの関連性についての福島原子力事故からの教訓を踏まえた情報発信により、国際社会に対する一定の責務を果たしたと言えよう。
次回の核セキュリティサミットは、2年後の2014年にオランダで開催予定である。
[サミットの内容]
サミット参加の53ヶ国4国際機関の地域別内訳は、アジア11ヶ国(ホスト国の韓国を始め、日本、中国、インド、パキスタン、インドネシア、ベトナム他)、欧州23ヶ国(英、仏、独、露、スイス、イタリア、カザフスタン他)、北中南米6ヶ国(米、カナダ、ブラジル、アルゼンチン他)、オセアニア2ヶ国(豪、ニュージーランド)、中東5ヶ国(イスラエル、トルコ、ヨルダン、サウジアラビア、UAE)、アフリカ6ヶ国(エジプト、南アフリカ他)、及び国連、国際刑事警察機構(INTERPOL)、IAEA、欧州委員会である(なお地域の区分は外務省のホームページに基づく)。前回の参加国・国際機関に加え、6ヶ国1国際機関が新たに参加しており(新たな参加国はアゼルバイジャン、デンマーク、ガボン、ハンガリー、リトアニア、ルーマニア)、特に核密輸の捜査等に対応する組織である国際刑事警察機構が新たに参加しているのが特筆される。
2日間に渡る会議では、先ず初日のワーキングディナーにおいて第1回サミット後の進捗のレビューが行われ、参加各国から高濃縮ウランの低減、核セキュリティの強化に関する国内の枠組み整備、及び改正核物質防護条約の批准や核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ(GICNT)への参加など、具体的な取組みの状況が報告された。
2日目の全体会合では、安全な原子力利用のためには核テロの脅威に備えた早期の具体的措置が重要であるとの共通認識の下で、核セキュリティ強化のための国内措置・国際協力及び今後の取組みが議論され、前回のサミットで表明されたコミットメント(核テロリズムの脅威に対抗する協力方策、核物質と関連施設の防護、核物質の不正取引の防止)の推進に加えて、新たに放射性物質の防護という観点からも議論が展開された。
ワーキングランチでは、核セキュリティと原子力安全のインターフェイスと題して、福島原子力事故を契機に再認識された両者の相乗効果及びIAEA等国際機関の果たす役割について意見交換が行われた。
最後に、核セキュリティを強化し、核テロリズムの脅威を低減させ、テロリスト等による核物質の取得の防止に向けた取組を行うための政治的なコミットメントを新たにするとともに、各国の強固な措置及び国際協力の必要性を謳い、具体的な行動を表明したコミュニケを採択して閉幕した。コミュニケに盛り込まれた行動内容は以下のとおりである。
コミュニケ(骨子)
(前回サミットのコミュニケで表明された核セキュリティ強化の措置について以下の11の分野に区分し、それぞれの分野でとるべき行動内容に合意したものである)
(1) グローバルな核セキュリティ体系の強化
核物質防護条約(改正を含む)、核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約(核テロ防止条約)、国連安保理決議、IAEAの核セキュリティ勧告に対する各国の取組み、及びGICNT、大量破壊兵器及び関連物質の拡散に対するグローバル・パートナーシップ等を通じた国際協力の促進
2014年までの核物質防護条約の改正の発効を目指すよう関係各国に強く奨励
(2) IAEAの責任と役割の再確認
適切な組織・資源・技術の確保、IAEA核セキュリティ基金への拠出・供与の奨励、各国に対するIAEAの継続的支援プログラムの奨励
(3) 核物質管理の強化
高濃縮ウラン・分離プルトニウムの適切な管理・計量・安全確保、核物質を利用していない施設からの除去及び処分の検討、医療用同位体の供給用の高濃縮ウランの利用を低濃縮ウラン燃料の利用に転換するなど高濃縮ウラン使用の最小化
(4) 放射線源の管理強化
産業・医療・農業・研究分野において利用される放射線源の管理、条約・IAEA行動規範・輸出入のガイダンスの国内への反映、高放射線源の国内登録の奨励、先進技術・システムに関するIAEAとの緊密な協力、管理に関するベストプラクティスの共有、紛失・盗取された放射線源の回収に関する国内措置・国際協力
(5) 核セキュリティと原子力安全の相補的推進
核セキュリティと原子力安全の措置が原子力施設において、一貫し、相乗効果を生むような形で設計、実施、管理されること、核セキュリティと原子力安全の双方に対応する形での緊急事態への効果的な準備、対応能力、被害の緩和能力の維持、使用済核燃料・放射性廃棄物を管理する適切な計画の策定
(6) 核物質等の輸送に関するセキュリティの向上
ベストプラクティスの共有・必要な技術の獲得に関する協力、国内の核物質等に関する効果的な在庫管理・国内の追跡メカニズムの確立、紛失・盗取された核物質等を回収するための適切な措置
(7) 不正取引への対抗能力の構築
核物質その他放射性物質の国内検査や国境における検知の分野における技術的な能力の向上、違反行為の訴追のための法的・財政的な措置、IAEA不正取引データベースプログラムへの参加・規制管理外の核物質等に関する情報提供、国際刑事警察機構・世界税関機構等との間で核物質等の取引の違反行為に関与した個人についての情報共有
(8) 核鑑識能力の開発・強化
共通の定義・基準の策定及び研究・情報・ベストプラクティスの共有を通じた伝統的手法と核鑑識の統合、技術・人的資源の開発に関する国際協力
(9) 強固な核セキュリティ文化の促進
二国間及び多国間協力を通じたベストプラクティスの共有・国の能力構築、政府・規制機関・産業界・学界・非政府組織・メディア等全ての関係者による核セキュリティ文化の強化・強固なコミュニケーションの維持への参画、教育・訓練を通じた人材育成、ワシントン・サミットで表明された研究拠点及びその他の核セキュリティ訓練・支援センターの設立、経験・教訓の共有と資源の最大限の活用のためのセンター間の連携促進とIAEAの取組み
(10) 情報セキュリティの強化
核物質・施設の防護の手続・プロトコルを含む情報の効果的管理のための国・施設レベルの措置の推進・強化と支援、核セキュリティに関するIAEA総会決議(GC(55)/Res/10)に合致した原子力施設に関するサイバーセキュリティの強化、核セキュリティ関連情報の防護の必要性を強調するセキュリティ文化の促進、学界・産業界等の関与による共通の解決策の追求、IAEAを支援し情報の防護に関する指針を改善・普及
(11) 国際協力の進展
核物質防護・計量システム、緊急事態への対策・対応能力、関連法規等の枠組みの強化、対象国に対する二国間・地域・多国間レベルの支援の推進及びIAEAの関与、核セキュリティに対する脅威への措置等に関する公衆の意識向上を目的とした多様な広報外交・アウトリーチの展開
[参加国から表明された成果及び公約]
前回サミットで各国が表明した核セキュリティ強化のための計画の実施状況及び新たな提案について、32ヶ国から70項目が表明された。主要なカテゴリー別の状況は次のとおりである。
(1) 高濃縮ウラン(HEU)の削減あるいは非軍事利用への変換
第1回サミット後、8ヶ国で約480 kgのHEU(19発分の核兵器製造に十分な量)が廃棄され、更に数ヶ国が不要なHEUの返還を新たに約束
ウクライナとメキシコは、備蓄していたHEUをロシア及び米国に返還し全ての削減を完了
第1回サミット後の2年間で、ロシアと米国は3,000発分の核兵器に相当するHEUを低濃縮ウラン(LEU)に変換
参加国がHEUを最小化するボランタリーベースの行動を2013年末までに表明することを、ソウルコミュニケで奨励
(2) プルトニウムの処分と管理
ロシアと米国は、第1回サミットの際に署名したプルトニウムの管理・処分に関する協定を履行中(17,000発分の核兵器に相当する68トンのプルトニウムが対象)
カザフスタンは、ロシア・米国・英国・IAEAの協力を受けて、使用済核燃料(核兵器数百発分の製造が可能なHEUとプルトニウムを含有)を、2010年11月に長期間貯蔵のための新施設に移送完了
(3) 研究炉・医療用アイソトープ製造施設においてHEU燃料をLEU燃料に変更
チェコ・メキシコ・ベトナムは、研究炉の燃料をHEUからLEUに変更。数ヶ国が変更計画を発表
ベルギー・フランス・韓国・米国は、高性能研究炉のHEU燃料の置換を目的とした高密度LEU燃料の合同開発プロジェクトを発表(韓国で開発された遠心分離法に基づく技術で、民生用HEU使用の世界的な大幅削減への貢献が期待できる)
ベルギー・フランス・オランダ・米国は、医療用モリブデン-99の製造をHEUターゲットからLEUターゲットの使用に切替る合同プロジェクトを発表(人類の福利増進と核テロリズムの脅威削減の双方の観点から有意義)
(4) 国際条約及び多国間構想に関連した核セキュリティ強化
新たに20ヶ国が改正核物質防護条約を批准(総数は55ヶ国)
新たに14ヶ国が核テロ防止条約を批准(総数は79ヶ国)
韓国は2011年12月に両条約の批准を国会承認し、国内法の改正手続き中
10ヶ国以上が両条約の批准を手続き中
アルゼンチン・メキシコ・フィリピン・シンガポール・タイ・ベトナムは、前回サミットでの表明に基づきGICNTへ参加(参加国総数は82)
アルジェリア及びマレーシアはGICNTへの参加意思を表明
カザフスタンは2012年1月、大量破壊兵器及び関連物質の拡散に対するグローバル・パートナーシップに参加(参加国総数は24)
IAEAは2013年に核セキュリティの国際活動の強化に関する国際会議を開催
(5) 核セキュリティ能力の向上を目的とした中心的拠点(COE)の設立
前回サミットで設立計画を表明した中国・インド・イタリア・日本・カザフスタン・韓国に加え、約10ヶ国がCOEを設立あるいは計画
IAEAは、COE間の国際ネットワークの構築及び知見共有の促進を実施
(6) IAEAの活動の支援
ベルギー・カナダ・デンマーク・フランス・日本・韓国・ノルウェー・オランダ・英国は、IAEA核セキュリティ基金に拠出
フランス・オランダ・スウェーデン・英国は、IAEA国際核物質防護諮問サービスによる評価使節団を受入れ、オーストラリア・フィンランド・韓国・ルーマニア・米国は、受入れ計画を発表
(7) 核物質・放射性物質の不正取引への対抗
シンガポールは、2012年3月にIAEA不正取引データベースに参加(本サミット参加の53ヶ国のうち51ヶ国が参加)
核密輸への対抗及び放射線源のセキュリティに関して、日本はフランス・韓国・英国・米国と合同で輸送セキュリティの提案を発表
参加国は、核鑑識(盗取された核物質の原産地等を特定する技術)に関する国際協力の推進を合意
多くの参加国が、米国が主導するメガポート構想(港湾を通じた核物質及び放射性線源の不正取引を防止する活動)に関する取組み状況を説明
韓国及びベトナムはIAEAと協力して、GPS技術を用いた放射性物質の追跡システム(放射性物質の管理及び盗取防止に貢献)をベトナムに設立する試験的プロジェクトを実施中
(8) 核セキュリティに関する会議等の開催
米国は、「第1回核セキュリティに関する国際規制会議」を2012年末までに主催する意思を表明
フランスは2012年に「国連安保理決議1540の実施を支援する国際会議」の主催を計画
スウェーデンは2012年4月に「第2回INTERPOL放射性物質及び核物質の取引とテロリズムの分析に関する会議」の主催」を計画
メキシコは2013年に「GICNT全体会合」の主催を発表
オランダは2012年11月に「核鑑識分野の国際協力を促進する卓上演習」の計画を発表
フィンランドは2012年秋に「核セキュリティ文化に関するIAEA国際ワークショップ」の主催を計画
[我が国の貢献]
野田総理大臣は、2日目の全体会合とランチセッションにおいて、それぞれ日本の現状と今後の対応について以下を表明した。
核セキュリティ強化のための国内的及び国際的取組をテーマとした全体会合で、国内の取組みについては、福島原子力事故で露呈した原子力施設の脆弱性を克服するため、装備の充実や施設防護の二重化、対応手順・訓練の徹底・組織間の連携強化、治安要員の増強・巡視体制の強化、原子力施設における情報セキュリティの強化について紹介した。また、国際的取り組みについては、原子力機構に設立した核不拡散・核セキュリティ総合支援センターを通じた途上国への支援の充実、英・仏・米・韓との共同による輸送分野でのセキュリティ強化、IAEAとの連携強化等を紹介した。
核セキュリティと原子力安全の相乗効果をテーマとしたランチセッションにおいては、福島原子力事故から得られた教訓として、原子力施設に対する脅威は自然災害と人為的な危害とがほぼ同様の結果をもたらすことから共通の対策の必要性を指摘した上で、予想外のリスクへの備え、対応組織間の連携について実地訓練を通じた対応策の共有化、最悪の事態を常に念頭におくことのそれぞれ重要性と、これらを国際社会と共有したい旨を述べた。
[サミットの意義と今後の課題]
今回のサミットでは前回のサミットを上回る国・機関から首脳レベルが参加し、この2年間における核セキュリティ強化に関する各国の取組みの具体的な進捗が確認されるとともに、核テロの現実の脅威に関する認識を各国が共有し、連携して具体的措置を推進していくことが改めて表明されたことは、今後の核セキュリティ強化に一層の弾みがつく観点から意義深い。
2001年に発生した同時多発テロを契機として進んだ核物質防護・核セキュリティの強化は、2010年の核セキュリティサミットで更に各国が一丸となって取組む姿勢が打出され、一定の効果をあげつつある。一方、こうした取組みにより核物質を不正入手する経路が狭まり、テロリスト等がいわゆるダーティボムとしての使用を目的とした放射性物質(医療用アイソトープや較正用線源等)の盗取を企てる懸念が高まってくる。従って、従来主に対象としてきた核物質に加えて、これらの放射性物質に対する防護・セキュリティを強化していくことが今後重要となってくることから、今回のサミットでこの点が表明されたことは時宜にかなったものと言えよう。我が国においても、発電所等の原子力施設のみならず、放射性物質を扱う研究所・病院・工場等の関係者一人ひとりが、核物質防護・核セキュリティの重要性を理解し、法規を順守して核物質及び放射性物質を厳正に管理していくことが重要であり、また的確な教育・訓練を通じた周知徹底を図っていくことが強く望まれる。
福島原子力事故では原子力安全と核セキュリティの関連性が見いだされるとともに、テロリストに対する脆弱性(例えば冷却系統を破壊すれば容易に放射性物質の発散を起こし得る等)が明らかにされた。これまでに、複数の事故調査委員会により事故原因の解明が進められたが、これらの分析結果から得られる原子力安全・核セキュリティ上の教訓を国際社会に発信して共有を図り、既存の原子力施設の安全とセキュリティ強化に活用していくとともに、新たに建設される施設の設計に役立てていくことは、今後の原子力政策の如何に係わらず日本の重要な責務であろう。
参考資料
【解説:政策調査室 玉井】