核不拡散ニュース No.0145 2010.08.06
<原子力供給国グループ(NSG)総会>
【概要】
原子力供給国グループ(NSG) 総会(毎年1回、開催)が、6月24-25日にニュージーランドのクライストチャーチにおいて開催された。
総会では、濃縮、再処理等、核不拡散上、機微な施設、技術の移転の規制を強化するガイドラインの改正に合意できるか否か、報道されている中国のパキスタンに対する原子炉の供与に関し、いかなる議論が行われるかが注目されたが、前者については、コンセンサスを得ることができず、後者についても実質的な議論は行われなかった。
【NSGの設立、発展の経緯】
【NSGガイドラインの概要】
【今次会合の焦点】
NSGにおいては2004年から機微な施設、技術の移転に関する規制強化の観点からのガイドライン改正の議論が行われている(現行のガイドラインでは、こうした技術の移転は自制すべきこと、特に濃縮、再処理に関する施設、設備、技術を移転する場合は、当該施設に関し、多数の国の参加を求めることを慫慂するとされているのみ)。
当初、米国は現在、既に機微な施設、技術を有している国以外には、移転を禁止することを主張したが、2008年に至って、他の多くの国が主張した、一定のクライテリアを満たした国には機微技術の移転を認める、いわゆるクライテリアベーストアプローチを受け入れる方向に政策転換を行った。2008年以降は、クライテリアの中身の議論に移行しており、今次会合において合意が得られるか否かが最大の焦点となった。なお、現行案のクライテリアには、NPTへの加盟、包括的保障措置協定及び追加議定書の締結が含まれているため、現行案が合意されれば、インドに対する機微技術の移転はできないことになる。
中国が、2010年6月に、パキスタンのチャシュマ原子力発電所に対し、新たに原子炉2基の供与を行う契約を締結したとの報道がなされている*1。
パキスタンはインド同様、NPT非加盟国であり、包括的保障措置協定の適用は受けていないため、包括的保障措置の適用を受領国要件の一つとする現行のガイドラインに照らせば、何らかの例外扱いをしない限りパキスタンへの原子炉の供与はできないことになる。今次会合で本件に関し、何らかの議論が行われるか否かが注目された。
なお、中国はパキスタンに対し、これまでにも原子炉の供与を行っているが(チャシュマ1, 2号機)、中国が2004年にNSGに参加する以前の契約に基づくものとして、ガイドラインの、いわゆるgrandfather条項*2 (NSGガイドラインPart1 4 (c)、NSGに参加する以前に締結した契約に基づく原子力資機材の移転については、包括的保障措置適用という要件の対象外とする条項)の適用が認められてきた。
【結果】
NSGが総会後に発表したプレスリリースでは、濃縮、再処理技術の移転のガイドラインの強化の検討を継続することに合意した旨が述べられており*3、結局、本総会では、クライテリアベーストアプローチを取り入れる形でのガイドラインの改正に合意できなかったことを示している。
NSG総会は非公開であり、議論の詳細は公表されていないが、カーネギー国際平和財団のMark Hibbs氏は、2010年6月30日に、NSG総会の結果についてプレスを対象にした講演を行っており、それがホームページ上で公開されていることから、議論の概要を知ることができる*4。
Hibbs氏の講演によれば、合意に反対したのは南アフリカとトルコの2か国であったとされる。南アフリカの反対は、追加議定書の締結がクライテリアの一つとされていることであったことによるものとされている。総会の終盤になって南アフリカの反対には軟化の兆しが見られたとされているが、複数の政府関係者の間で見解の相違が見られ、結局、同国の最終的な見解ははっきりしないまま、時間切れで終わってしまったとしている。他方、トルコは、現行の改定案が濃縮施設、設備の移転をブラックボックス方式*5に限定していることに対し、技術移転に関する更なる制約は認められないという原則論から、反対を強く主張したとされる。同氏によれば、トルコが事前に予想された以上に強硬な態度をとった背景には、トルコの原子力政策(核燃料サイクルへの関心)の他に、イランの研究炉への燃料供給の交渉への関与、5月に発生したイスラエルによるガザ支援船襲撃などがあるのではないかと述べている。
Hibbs氏の講演によれば、本件は公式の議題には含まれていなかったが、46か国中、10か国が中国に対し、本件についての立場を明らかにするよう求めたとされる。中国はこれに対し、現在及び将来の商取引は、NPT及びNSGに沿ったものである旨の声明を読み上げたにとどまり、パキスタンへの原子炉の供与をそのまま進めるかどうかについては明らかにしなかったとされる。
【評価・分析】
結局、今次総会でもガイドラインの改正に合意できなかったことはコンセンサス方式による意思決定の限界を示していると言える。トルコの反対は、NPT第4条で認められた原子力平和利用の権利への制約への反対という、本質的な問題を含んでいる。核燃料サイクルへの関心というトルコ自身の原子力政策にもかかわるものである。他方、米国等、機微技術の移転に関する規制の強化を主張する国にとっても、ブラックボックス方式を改正案から削除すれば改正そのものが骨抜きになる可能性があることから妥協に応じにくいものと考えられる。今後、トルコが態度を軟化させるか否かは、Hibbs氏が指摘するような原子力以外の政治的要因も勘案した総合的判断によるものとなろう。
Hibbs氏は中国がとり得るオプションとして以下を挙げている。
A以外のケースでは以下の課題があると考えられる。
Bについては、2004年に中国がNSGに参加した段階で明らかにしていたのはチャシュマ2号機の計画までであり、3,4号機の計画はなかった。一旦、本件が、grandfather条項でカバーされるという解釈を認めてしまうと、今後、更に中国がパキスタンに建設を計画する原子炉も含めて例外の範囲が際限なく拡大する。
米国は中国に対し、Cのオプションを求めているが*6、全ての国のコンセンサスを得るのは容易ではない。インドに対する例外扱いについては、米露仏等、主要供給国が、一部の反対論を押し切ってコンセンサスを得たが、政情が不安定で、カーン博士の核の闇ネットワークに見られるように核不拡散取組みが十分ではないパキスタンへの原子炉の供与については、インドのケース以上に強い反対が予想される。また、インドのケースと同様に、核軍縮、核不拡散上のコミットメントをパキスタンに求めるのか、またそれをパキスタンが受け入れるか否かが焦点となる。
Dを採用した場合は、NSGガイドラインの規範力を更に弱め、有名無実化を招くことにつながりかねない。
核不拡散上、最も望ましくないオプションはDであるが、NSGガイドラインを全く無視する形で進めた場合には、激しい国際的な批判を浴びることが想定されるため、中国としても、とりにくいオプションと考えられる。あくまでこの取引を進めようとする場合に、B, Cいずれのオプションをとるかが注目される。
米国は、仮に中国がCのオプションをとった場合に、インドとパキスタンの核不拡散上の実績の違いを考慮して、あくまでも反対を貫くか、戦略的パートナーとしての中国との関係、テロとの闘いにおける同盟国としてのパキスタンとの関係を良好に保つことを優先させて容認するか、難しい判断を迫られることになろう。
【解説:政策調査室 山村】