G8ムスコカ・サミット首脳宣言:回復と新たな始まり
1975年に始まったG7サミット(主要7か国首脳会議、1998年以降、ロシアが加わってG8サミットと称されるようになった。)は、当初、経済問題が議題の中心であったが、1980年代以降、政治問題や安全保障問題も取り上げられるようになり、徐々にその比重を増していった。特に、大量破壊兵器の不拡散問題に関しては、2003年のエビアンサミット以降、総括的な文書とは別に、本問題を取り扱う最終文書(例えば、2009年のラクイラサミットにおける「不拡散に関するラクイラ声明」)が採択されるケースが増えている。今回はG8開催の後の6月27日に、同じカナダのトロントにおいて、G20サミットが引き続き行われた。
今回のサミットでは、不拡散問題だけに特化した別の文書は採択されておらず、核軍縮や核不拡散関連の記述は「G8ムスコカ・サミット首脳宣言:回復と新たな始まり」に盛り込まれている。原子力平和利用、核不拡散に関するポイントは以下の通りである。
原子力平和利用に関しては、以下に述べるように、過去のサミットの合意文書に較べてより踏み込んだ内容になっている。
核不拡散に関しては、追加議定書が付加されている包括的保障措置協定を検証のための新たな普遍的な基準と位置付けたことや、新民生原子力施設開発のために、原子力安全、核セキュリティ、保障措置(3S)に関し、最も高いレベルの追求を要請していること、などの特徴が見られる。
核軍縮に関しては、具体的な軍縮努力を追求するとしているものの、首脳宣言中にNPTの運用検討会議の成果と、米露の戦略兵器削減条約を歓迎する他に具体的な提案等はない。
機微技術移転に関するクライテリアベーストアプローチはNSGでまだ合意が得られていないが、昨年のラクイラサミットにおいて、G8で先行して履行することが合意され、今年も継続されることになった。NSGの参加国は46か国に拡大し、コンセンサスによる意思決定に時間を要するようになってきているのに対し、G8は、先進国の集まりという点でその同質性が高いことから、コンセンサスを構築することが容易であると考えられる。また、NSGの参加国の内、主要な原子力供給国はG8の参加国と重なることから、今後、G8は、核不拡散、特に輸出管理の分野において重要な役割を果たす可能性を秘めている。
2001年9月11日のテロ後の第一回のサミットとなった2002年のカナナキスサミットで開始された大量破壊兵器及び物質の拡散に対するG8グローバル・パートナーシップについては、当初の期限である2012年以降の延長の可能性が指摘されている。今後も資金提供を含む協力が想定される以上、これまでの成果を検証することが重要である。
地球温暖化対応やエネルギー安全保障の観点からの原子力の有用性の記述は、過去のサミットと較べてより踏み込んだものになっている。
例えば、2007年の北海道洞爺湖サミットや2008年のラクイラサミットにおける合意文書では、原子力発電に対する関心を示す国が増えていることを述べた上で、これらの国にとって原子力が地球温暖化対応の面で不可欠であるという趣旨の記述になっているが、本サミットの合意文書では、一般論として、原子力の果たす役割を強調する内容になっている。このことは、G8の全ての国の間で原子力の重要性に関するコンセンサスが得られていることを意味するが、原子力発電からの撤退政策をとってきたドイツ、原子力発電のモラトリアムを維持してきたイタリアに、これまでの政策を見直す動きが見られることが影響しているものと考えられる。
また、過去2回のサミットに引き続き、原子力平和利用の前提として、いわゆる3Sの重要性が盛り込まれた。これは、少なくともG8の間で、3Sの概念が定着しつつあることを示すものであると言える。
(注1)現在、NSG(原子力供給国グループ)において、機微技術移転の規制を強化することを目的としたガイドライン改正の議論が行われている。これは、一定の要件を満たした国に対してのみ、機微技術の移転を認める、いわゆるクライテリアベーストアプローチを導入しようとするものであるが、NSGでは現状で合意に至っていない(2010年6月にニュージーランドのクライストチャーチで開催された総会でも合意できず)。2009年7月8日に出されたラクイラ不拡散声明の第8パラグラフでは、G8各国が、NSGの合意に先んじて、NSGで議論されている現状の案(いわゆる「クリーンテキスト」と称されるもの)に含まれる内容を今後1年間履行することに合意した。
(注2)2010年4月12日、13日にワシントンD.C.にて開催。各国から核セキュリティ強化に向けた取り組みの表明、国内措置・国際措置およびIAEAの役割等について意見交換が行われ、コミュニケと作業計画を採択して閉幕。
(注3)2002年6月のカナナスキス・サミット(カナダ)において「大量破壊兵器及び物質の拡散に対するG8グローバル・パートナーシップ」が発表され、ロシア等に残された様々な脅威の源の除去等に取り組むため、G8諸国が10年間に総額200億米ドルを上限に資金協力を行うこととされた。米国が100億ドル、ドイツが15億ユーロ、英国が7億5,000万ドル、フランスが7億5000万ユーロ、日本が2億ドル、イタリアが10億ユーロ、カナダが10億カナダ・ドル、EUが10億ユーロ、ロシアが20億ドルの拠出をそれぞれ表明。
(注4)イランの核問題に関する追加的制裁措置を含む決議第1929号
(注5)ブラジル及びトルコの仲介によるイラン製低濃縮ウランの国外移送に関する合意。イランが1,2トンの低濃縮ウランの国外移送に書面で合意した。
【背景・経緯】
1975年に始まったG7サミット(主要7か国首脳会議、1998年以降、ロシアが加わってG8サミットと称されるようになった。)は、当初、経済問題が議題の中心であったが、1980年代以降、政治問題や安全保障問題も取り上げられるようになり、徐々にその比重を増していった。特に、大量破壊兵器の不拡散問題に関しては、2003年のエビアンサミット以降、総括的な文書とは別に、本問題を取り扱う最終文書(例えば、2009年のラクイラサミットにおける「不拡散に関するラクイラ声明」)が採択されるケースが増えている。今回はG8開催の後の6月27日に、同じカナダのトロントにおいて、G20サミットが引き続き行われた。
【首脳宣言 原子力平和利用・核不拡散関係ポイント】
今回のサミットでは、不拡散問題だけに特化した別の文書は採択されておらず、核軍縮や核不拡散関連の記述は「G8ムスコカ・サミット首脳宣言:回復と新たな始まり」に盛り込まれている。原子力平和利用、核不拡散に関するポイントは以下の通りである。
【今回のG8サミットの評価、分析】
総論
原子力平和利用に関しては、以下に述べるように、過去のサミットの合意文書に較べてより踏み込んだ内容になっている。
核不拡散に関しては、追加議定書が付加されている包括的保障措置協定を検証のための新たな普遍的な基準と位置付けたことや、新民生原子力施設開発のために、原子力安全、核セキュリティ、保障措置(3S)に関し、最も高いレベルの追求を要請していること、などの特徴が見られる。
核軍縮に関しては、具体的な軍縮努力を追求するとしているものの、首脳宣言中にNPTの運用検討会議の成果と、米露の戦略兵器削減条約を歓迎する他に具体的な提案等はない。
各論
機微技術移転に関するクライテリアベーストアプローチはNSGでまだ合意が得られていないが、昨年のラクイラサミットにおいて、G8で先行して履行することが合意され、今年も継続されることになった。NSGの参加国は46か国に拡大し、コンセンサスによる意思決定に時間を要するようになってきているのに対し、G8は、先進国の集まりという点でその同質性が高いことから、コンセンサスを構築することが容易であると考えられる。また、NSGの参加国の内、主要な原子力供給国はG8の参加国と重なることから、今後、G8は、核不拡散、特に輸出管理の分野において重要な役割を果たす可能性を秘めている。
2001年9月11日のテロ後の第一回のサミットとなった2002年のカナナキスサミットで開始された大量破壊兵器及び物質の拡散に対するG8グローバル・パートナーシップについては、当初の期限である2012年以降の延長の可能性が指摘されている。今後も資金提供を含む協力が想定される以上、これまでの成果を検証することが重要である。
地球温暖化対応やエネルギー安全保障の観点からの原子力の有用性の記述は、過去のサミットと較べてより踏み込んだものになっている。
例えば、2007年の北海道洞爺湖サミットや2008年のラクイラサミットにおける合意文書では、原子力発電に対する関心を示す国が増えていることを述べた上で、これらの国にとって原子力が地球温暖化対応の面で不可欠であるという趣旨の記述になっているが、本サミットの合意文書では、一般論として、原子力の果たす役割を強調する内容になっている。このことは、G8の全ての国の間で原子力の重要性に関するコンセンサスが得られていることを意味するが、原子力発電からの撤退政策をとってきたドイツ、原子力発電のモラトリアムを維持してきたイタリアに、これまでの政策を見直す動きが見られることが影響しているものと考えられる。
また、過去2回のサミットに引き続き、原子力平和利用の前提として、いわゆる3Sの重要性が盛り込まれた。これは、少なくともG8の間で、3Sの概念が定着しつつあることを示すものであると言える。
(注1)現在、NSG(原子力供給国グループ)において、機微技術移転の規制を強化することを目的としたガイドライン改正の議論が行われている。これは、一定の要件を満たした国に対してのみ、機微技術の移転を認める、いわゆるクライテリアベーストアプローチを導入しようとするものであるが、NSGでは現状で合意に至っていない(2010年6月にニュージーランドのクライストチャーチで開催された総会でも合意できず)。2009年7月8日に出されたラクイラ不拡散声明の第8パラグラフでは、G8各国が、NSGの合意に先んじて、NSGで議論されている現状の案(いわゆる「クリーンテキスト」と称されるもの)に含まれる内容を今後1年間履行することに合意した。
(注2)2010年4月12日、13日にワシントンD.C.にて開催。各国から核セキュリティ強化に向けた取り組みの表明、国内措置・国際措置およびIAEAの役割等について意見交換が行われ、コミュニケと作業計画を採択して閉幕。
(注3)2002年6月のカナナスキス・サミット(カナダ)において「大量破壊兵器及び物質の拡散に対するG8グローバル・パートナーシップ」が発表され、ロシア等に残された様々な脅威の源の除去等に取り組むため、G8諸国が10年間に総額200億米ドルを上限に資金協力を行うこととされた。米国が100億ドル、ドイツが15億ユーロ、英国が7億5,000万ドル、フランスが7億5000万ユーロ、日本が2億ドル、イタリアが10億ユーロ、カナダが10億カナダ・ドル、EUが10億ユーロ、ロシアが20億ドルの拠出をそれぞれ表明。
(注4)イランの核問題に関する追加的制裁措置を含む決議第1929号
(注5)ブラジル及びトルコの仲介によるイラン製低濃縮ウランの国外移送に関する合意。イランが1,2トンの低濃縮ウランの国外移送に書面で合意した。
(参考)
【解説:政策調査室 小鍛治】