核不拡散ニュース No.0134 2009.12.22
<核燃料供給保証:露国の低濃縮ウラン備蓄に係る協定案をIAEA理事会が承認>
【概要】
平成21年11月27日、IAEA理事会は、(1) 露国での低濃縮ウラン(LEU)備蓄の創設に係るIAEAと露国の間の協定案と、(2) 備蓄からのLEU供給に係るIAEAとLEU受領国の間のモデル協定案の2つの協定案を賛成多数で承認した(報道によれば、IAEA理事国35カ国のうち、賛成23カ国、反対8カ国(アルゼンチン、ブラジル、キューバ、エジプト、マレーシア、パキスタン、南アメリカ、ベネズエラ)、棄権3カ国(インド、ケニア、トルコ)、欠席1カ国(アゼルバイジャン)。なお、理事国は、核兵器保有5大国(米、露、英、仏、中)と原子力技術先進国の日本など計13カ国が指定理事国で残りの22カ国は地域ごとに選出される)。協定案の承認により、エルバラダイIAEA事務局長(当時)が2003年に提唱した核燃料サイクル施設の多国間管理化に向けたステップの一つである核燃料供給保証のためのLEU備蓄構築が、6年の歳月を経てようやく始動することになった。
しかし報道によれば、反対票を投じた一部の途上国は、核燃料供給保証の枠組みそのものがNPT第IV条で規定するNPT加盟国の原子力平和利用の権利が奪うことにつながりかねないことを懸念、また既存の供給保証に係る提案は詳細に欠け、IAEA理事会でコンセンサスが得られない限り提案を進捗させるべきでないと主張したとされている。これら途上国は、IAEA6月理事会(2009.6.15-19)においても同様に主張し、IAEA核燃料バンク(後述)と露国LEU備蓄創設の進展をIAEAに要請した先進国等の提案に反対、理事会での協議継続に押しとどめた。今回の決議は全会一致ではなく、多数決により採択されたものである。
【解説:政策調査室 田崎】
<インド、アラブ首長国連邦(UAE)との原子力協力のその後の動向>
1. インドとの原子力協力の動向
(1) 概要
インドとの間の原子力協力は、2008年9月に、原子力供給国グループ(NSG)がインドに限って、ガイドラインが原子力資機材、技術の輸出に際しての要件とする包括的保障措置の適用の例外扱いを認めて以降、米国、フランス、ロシア、カナダ等との間で協力の具体化の動きが活発化しており、具体的には以下のような動きが見られる。
- 2008年9月30日に署名されたフランスとインドの間の原子力協力協定の案文が2009年10月21日に公表。米印原子力協力協定との共通点もあるが、インドに対する核不拡散上の要求は同協定よりも更に弱いものになっている。
- 米印間の原子力協力の具現化に関しては、米印原子力協力協定第6条iii)に規定された再処理に関する実施取極めの締結、原子力損害賠償責任を規定するインドの国内法の制定などが条件となる。当初は、シン首相のワシントン訪問の際、実施取極めが署名されることが想定されたが、調整がつかず見送られた。
- 2009年12月7日、インドとロシアの間で原子力協力協定が署名された。
- 2009年11月28日、インドとカナダとの間で交渉中であった原子力協力協定につき、合意が得られた旨、報道で伝えられている。
(情報ソース)
- インド原子力省HP
Cooperation Agreement between the Government of Republic of India and the Government of the French Republic on the Development of Peaceful Use of Nuclear Energy - French Parliament Ratifies Indo-French Nuclear Deal
- 米国大統領府HP
Joint Statement between Prime Minister Singh and President Obama - インド首相府HP
PM’s statement at the Joint Press Interaction with President Medvedev - ロイター通信
Canada, India reach nuclear cooperation pact - 在米UAE大使館ホームページ
(2) フランスとインドの間の原子力協力協定の公表
仏印間の原子力協力協定は、NSGで合意が得られた直後の2008年9月30日に署名されたが、2009年11月24日にはフランスの議会において、本協定の批准を許可する法律が採択された(なお、インド議会での批准は必要とされていない。)。2009年10月21日に公表されたテキストによれば協定の概要は以下の通り。
1) 概要
i) 協力の範囲(第1条第2項)
- 基礎・応用研究(高濃縮ウランの供給を含まない。)
- 農業、生物学、地球科学、医学、産業における原子力の利用
- 全面的な原子力協力活動(原子炉、核燃料の供給を含む。)
- 核燃料及び核燃料サイクル管理(インドにおける保障措置下にある原子炉の運転期間中の燃料供給の途絶に備えた戦略的な燃料備蓄の構築を含む。)
- 放射性廃棄物管理
- 原子力安全、放射線、環境防護
- 原子力事故から発生する緊急事態の防止及び対応
- 熱核融合(特にITERのような多国間プロジェクト)
- 原子力エネルギーの平和、非爆発利用の利益に対する公衆の理解の増進
- その他、両当事国が合意する分野
ii) 協力の形態(第1条第3項)
- 技術移転
- 科学技術関連のスタッフの交換、訓練
- 科学技術関連情報の交換
- 一方当事国の科学技術関連のスタッフの他方当事国による研究開発活動への参加
- 研究・エンジニアリング活動の共同実施
- 科学技術関連の会議、シンポジウムの開催
- 資材、核物質、設備、技術、施設、役務の供給(原子炉の建設を含む。)
- 受領国における段階を踏んだ現地調達
- 国際的な場での協議、協力
- 第三国における原子力協力プロジェクトの実施
- その他、両当事国が合意する形態
iii) 協力の実施(第2条)
個別の協力は、両当事国またはその指定する者の間で締結される取極め(科学技術協力の場合)または、両当事国が指定する者の間で署名される了解覚書または契約(産業レベルの協力または資機材、技術の提供を伴う場合)により実施
iv) 供給保証(第5条第1項、2項)
- 原子炉を供給した当事国は、当該原子炉の運転期間中にわたり、相手方当事国が燃料供給、原子炉システム、構成品へアクセスできるよう取り計らう。インドの保障措置の適用下にある原子炉への燃料供給に関しては、当事国が指定する者の間で長期契約が締結される。
- インドにおける保障措置下にある原子炉の運転期間中の燃料供給の途絶に備えるため、フランスはインドによる戦略的な燃料備蓄の構築の取組みを支援。こうした支援には、実際に燃料供給途絶が起こった場合に、インドに対する燃料の供給を回復する措置を検討するために、友好国のグループを招集する取組みや、そうしたグループに参加するといった取組みも含まれる。
v) 再処理(第5条第3項)
- 本協定の下で移転された核物質や、移転された資材、核物質、設備、技術で使用され、または、これらの使用を通じて生産された核物質の再処理その他の形状、内容の変更は、IAEA保障措置の適用下にある国営の原子力施設で実施
- 分離された核分裂性物質は受領国のIAEA保障措置の適用下にある国営施設で貯蔵、使用
vi) 知的所有権(第7条)
- 両当事国や指定された者は協力の枠組みの下で創造された知的所有権や移転された技術を保護
- 両当事国は、本条項を履行するのに必要な枠組みとなる知的所有権に関する取極めを締結するよう努力
vii) 原子力損害賠償責任(第8条)
- 当事国や指定された者は個別の取極めの中で、民生原子力責任を含む、責任問題に合意
- 各当事国は、確立された国際的な原則に基づく民生原子力責任の体制を構築
viii) 平和・非爆発目的利用(第9条)
- 本協定の下で移転された資材、核物質、設備、施設、技術や、回収され、または副産物として取得された核物質は、平和目的、非爆発目的に使用
ix) 保障措置(第10条)
- 第5条を勘案して、本協定の下でインドに移転された全ての資材、核物質、設備、施設、技術、回収され、または副産物として取得された核物質は、インドがIAEAとの間で既に締結している協定や、締結することに合意した協定に基づく保障措置及び追加議定書(発効した場合)の適用を受ける
- 本協定の下でフランスに移転された全ての核物質、移転された核物質から回収され、または副産物として取得された核物質は、フランス、EURATOM、IAEA間で1978年7月20日、27日に署名された協定(1998年9月22日に署名された追加議定書も含む)に基づく保障措置の適用を受ける
x) 核物質防護措置(第14条)
- 本協定の適用対象となる資材、核物質、設備、施設に対し、国内法及び当事国の国際コミットメント(特に、核物質防護条約及びその改正)に基づき、適切な核物質防護措置を適用
- 核物質に関しては、最低限、核物質防護条約の附属書1に規定するレベルの措置を適用
- 核物質防護措置の適用にあたり、INFCIRC225/Rev.4を基準
- INFCIRC225/Rev.4の改定がなされた場合は、改正の承認が相互の書面による通知によりなされた場合のみ有効
xi) 第三国移転(第15条)
- 協定対象品目を第三国に移転するには、当該第三国から、平和、非爆発目的での利用に関するコミットメント、IAEA保障措置の履行、適切な核物質防護の保証を得ることが必要
- また、EURATOM加盟国以外への移転の場合には、他方当事国の書面による同意が必要
xii) 有効期間、終了(第20条)
- 40年間有効、以降、20年ずつ自動延長
- 更新を望まない当事国は、書面により6か月前に通知
- 各当事国は1年前の書面による通知により本協定を終了させることが可能
- 終了の通知を行う当事国は終了の理由を述べることとされ、本協定に対する違反が理由に挙げられた場合は、両当事国はそうした違反が意図的になされたものか否か、重大なものか否かを考慮
- 協定が更新されない場合や終了した場合でも、第7条、第8条、第9条、第10条、第11条、第12条、第13条、第14条、第15条、第16条の規定は継続的に適用
2) 米印原子力協力協定と比較した場合の特徴
米印原子力協力協定との比較は以下の通りであり、燃料供給保証等、共通する要素も含まれているが、同協定に較べてインドに対する核不拡散上の要求はより弱いものになっている。
i) 機微原子力技術の移転
米印原子力協力協定では、協定を改正しない限り、機微原子力技術(濃縮、再処理、プルトニウム燃料製造、重水製造に関する技術)を移転することができないのに対し、本協定では明示的に機微原子力技術の移転を禁止する条項はない。
ii) 燃料供給の保証
米印原子力協力協定と同様、原子炉運転期間中の燃料供給を保証する条項が含まれている。ただし、米印協定で規定されている、燃料供給が途絶した場合の是正措置(corrective measures)*1は規定されていない。
注釈
*1是正措置は米印原子力協力協定では定義されていないが、燃料供給が途絶した場合に当該原子炉を保障措置の適用対象から外すことを想定していると考えられる。
iii) 再処理
IAEAの保障措置の適用下にある施設における再処理に関する包括的事前同意を与えている点は、米印原子力協定と同様であるが、新たな再処理施設の建設、実施取極めの締結は要件とされていない。
iv) 核実験
米印原子力協力協定と同様、核実験は協定終了の要因として明示的に禁止されていない。ただし、米国が国内法であるヘンリー・ハイド法により核実験実施の場合の協力の停止が義務づけられているのに対し、仏にはそうした国内法はないため、実際に協力を停止するか否かは政策判断の問題になる。
(3) 米印間の原子力協力について
11月24日、米国のオバマ大統領とインドのシン首相との間で首脳会談が行われ、共同声明が発表された。核軍縮や核不拡散については、「核兵器のない世界」というビジョンを共有し、検証条項つきの核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始や来年4月の核セキュリティサミットに向けた協力が述べられる一方、原子力平和利用については、米印原子力協力協定の履行の意思を確認するとともに、米国企業がインドとの協力に早期に参加できるよう取組むことが合意された。
報道等によれば、両国間の原子力平和利用協力、すなわち、米国企業による原子力資機材のインドへの供給にあたっては、米印原子力協力協定第6条iii)に規定された再処理に関する実施取極め、インドによる原子力損害賠償法の制定などが条件とされている。
米印原子力協力協定においては、米国はインドに対し、米国が供給した原子力資機材に由来する使用済燃料の再処理に関する包括的事前同意を与えているが、インドが再処理を行う権利が発効するには、IAEA保障措置の適用下に置かれる核物質専用の新たな国営の再処理施設の建設、再処理に関する実施取極めの締結が要件とされている。インドは、米国企業に原子炉建設を発注するにあたって再処理に関する実施取極めの締結を要求していることから本取極めがいつ締結されるかが懸案事項となっている。本実施取極めは7月21日に交渉が開始され、協定によれば、交渉開始から1年以内に妥結させることとされている。当初はシン首相の米国訪問中に実施取極めが締結されるとの観測もあったが、結局、実現には至らなかった。
一方、原子力損害賠償責任に関するインドの国内法は、原子力事故が起きた場合に、原子炉の運転主体となるインドの国営企業に責任を集中させ、原子炉や燃料を供給した米国のメーカーを免責する観点で米国が制定を求めているものである。
(4) ロシアとの間の原子力協力協定の締結
インドとロシアの間では、2008年12月5日に、クダンクラム及び新たなサイトに原子炉を建設することを内容とする協定が締結されていたが、2009年12月7日の印露首脳会談の際、原子力分野全般にわたる協力を可能とする協定が締結された。なお、現段階で協定の内容は公表されていない。
(5) カナダとの原子力協力協定の合意
インドとカナダとの間でも、原子力協力協定の交渉が行われていたが、2009年11月28日に合意が得られた。インドと主要な非核兵器国との間の初めての協定であり、協定の内容が注目される。
2. 米UAE原子力協力協定が発効
2009年12月17日、米国、UAE両国政府により外交文書の交換が行われ、米UAE間の原子力協力協定が発効した。本協定は、UAEが濃縮、再処理の禁止を法的義務として負っている点などに関し、これまでにない特徴を有している。
本協定は、2009年5月21日に署名され、その後、米国議会に提出されたが、議会は90日以内に何のアクションもとらなかったため、発効に向けた要件が整っていた。なお、協定上、原子力資機材の輸出には、UAEによる追加議定書の批准が必要とされており、批准のタイミングが注目される。
【解説:政策調査室 山村】
<イラン核問題の動向>
【経緯概要】
イランの核問題をめぐっては、新たなウラン濃縮施設の発覚と当該施設への査察、イランが保有する低濃縮ウランの国外移転及びテヘラン研究炉への燃料供給の問題、IAEA理事会決議の採択と対するイランのウラン濃縮10施設の建設計画の発表など、この3カ月の間で活発な動きが見られた。以下には、その経緯の概要を示す。
- 新たなウラン濃縮施設の発覚:9月21日、イランは新たなウラン濃縮施設の建設をIAEAに報告。その直後の9月24日、米英仏の3カ国は、IAEAに対し、新たに報告された第2ウラン濃縮施設についての「詳細な証拠」を提出。
- 10月1日の暫定合意:新たな施設の発覚を受けた形で、六カ国(米英仏独露中)とEUそしてイランはジュネーブでイランの核問題を協議。次の3事項において暫定的な合意に至った:1)イランからの低濃縮ウランのイラン外移転及びテヘラン研究炉燃料供給、2)新たなウラン濃縮施設の査察受入れ、3)10月中に再度協議すること。
- 新たなウラン濃縮施設(FFEP)への査察:10月1日の合意に基づき、IAEAは10月25−28日にかけ、同施設の査察を実施。3000機の遠心分離機の設置に対応した容量であること、建設が進んだ段階にあること、遠心分離機が未導入であることなどを確認。
- 低濃縮ウランの国外移転及びテヘラン研究炉への燃料供給問題:10月19−21日、米露仏とイランは、IAEAのホストの下、ウィーンにて低濃縮ウランの移転の詳細について協議を実施。IAEAは、イランが保有する低濃縮ウラン1.5トンの内、1.2トンをロシアに移転し、そこでテヘラン研究炉用の燃料の濃縮度(19.75%)に濃縮した後、フランスで燃料加工してイランに供給するとの内容の提案を行った。しかし、テヘラン研究炉用の燃料供給に担保を求めるイランとイランが保有する低濃縮ウランの速やかな国外移転を望む3カ国の間での意見の隔たりは大きく、現在に至るまで合意には至っていない。
- IAEA理事会決議:11月27日、IAEA理事会は、イランがコム(Qom)付近に建設中のフォルドウ濃縮試験施設(Fordow Fuel Enrichment Plant: FFEP)の即時建設中止やその他未申告施設の建設や建設決定がなされていないことの保証などを求めた理事会決議を採択。
- IAEA理事会決議に対するイランの反発:FFEP建設の中止を求めるIAEA理事会決議を受け、11月29日、イラン政府は新たに10カ所のウラン濃縮施設の増設計画を発表。12月2日には、テヘラン研究炉の燃料用として自国でのさらなる濃縮を実施する旨を発表するなど、IAEA理事会決議への反発とも見られる姿勢を強めている。
【フォルドウ濃縮試験施設(FFEP)の概要】
- コム(Qom)の北約20㎞のPassive Defence Organizationの敷地内に位置する。
- 約3000機の遠心分離機(16カスケード)用の容量を有する。
- IR-1型遠心分離機を設置予定。しかし、イランは先進型遠心分離機用に再構成する可能性もある旨を説明。
- 建設は進んだ段階にあるが、遠心分離機及び核物質は未導入。
- 2011年に稼働開始予定。
- イランが提出した予備的設計情報質問表(DIQ)に基づき、設計情報検認(DIV)を実施(10/26-27)。
- イランは2007年後半に建設が開始したと説明したが、IAEAは2002-2004年の間に建設活動があり、その後一旦中断したが、2006年に再開し現在に至ると評価。
- イランは、同施設設立の意義を、ナタンズのウラン濃縮施設への武力攻撃の脅威に対抗するための臨時センターと説明。
- IAEAは、施設の目的、核プログラム全体の中での役割、建設・設計についてのクロノロジーについて、関係者へのアクセス・さらなる説明の提供をイランに求める。
- IAEAは、他の未申告施設が存在しないことについての信頼が大きく損ねられた旨を表明。
【低濃縮ウランの国外移転及びテヘラン研究炉への燃料供給問題の概要】
- テヘラン研究炉(TRR)は、5MW(th)プール型軽水研究炉で、1967年に米国により提供された。当初は濃縮度93%の高濃縮燃料(兵器級高濃縮ウランに相当)を使用。医療用の放射線同位体(RI)の生産を目的する。
- アルゼンチンの協力の下、低濃縮ウラン(19.75%)の燃料を使用するものに転換され、1993年に再稼働した。
- 転換の際に、アルゼンチンから116kgの低濃縮ウランの供給を受けたが、2010年には現存の燃料を使い切ってしまうと見られており、医療用RIが不足することが懸念されている。
- イランはIAEAに同研究炉の燃料供給についての協力を要請していたが、今回新たな濃縮施設FFEPの問題の表面化に伴い、10月1日の協議において、イランが保有する低濃縮ウランを国外に移転し、国外で再濃縮・燃料用に加工し、テヘラン研究炉用の燃料としてイランに供給するということで、一旦は暫定合意に至ったとされる。
- しかし、イランは、保有する低濃縮ウランの殆ど(80%)を国外に一度に移転した場合の政治的意図による約束の破棄とそれに伴うテヘラン研究炉への燃料供給の途絶の可能性を懸念し、燃料供給の担保を求め、一度に国外に移転することを拒否している。また、イラン国内での低濃縮ウランとTRRの燃料との交換などの方法で、TRRの燃料供給を担保する方法を模索している。
- 他方、理論上は、低濃縮ウランをフィードとして使用することで、天然ウランを使用する場合よりも飛躍的に短い時間で兵器級高濃縮ウランを生産することが可能になることから、米露仏(および中露英を含む6カ国)はイラン国内の低濃縮ウランの量が増えることを懸念している。したがって、TRR燃料供給にあたっての米露仏の目的は、イラン内のより多くの低濃縮ウランを速やかにイラン国外に移転することにあり、低濃縮ウランの備蓄を減じることで兵器級高濃縮ウランの生産に至る時間を稼ぎ、結果としてイランの核兵器開発着手の可能性を回避することにある。したがって、イランが提案するイラン国内での複数回に渡る交換の条件には応じられない姿勢を示している。
(情報ソース)
- IAEAホームページ、2004年11月15日付IAEA事務局長報告、GOV/2004/83
- IISS, “Iran’s Strategic Weapons Programmes: A Net Assessment,” Strategic Dossier, p.59.
【IAEA理事会決議の概要】
イランが包括的保障措置協定の改定版補助取極めCode 3.1が求める、新たな施設の建設計画についての早期の情報提供を怠ったことは信頼醸成を損ねるものであることを確認し、また追加議定書措置の適用の重要性を強調し、以下を求める。
- イランに対し、これまでの国連安保理決議の完全かつ遅滞のない遵守と、コムの濃縮試験施設建設の即時中止を含め、IAEAの要求を満たすことを強く促す。
- イランに対し、イランの核問題についての未解決問題の解決に向け、IAEAが要求するアクセスや情報を提供するなど、IAEAに十分に協力することを強く促す。
- イランに対し、保障措置義務の完全遵守及び改訂版補助取極めCode3.1 の適用、追加議定書措置の適用及び同議定書の批准を強く促す。
- イランに対し、コムの施設について、その目的、設計・建設の時系列についてIAEAに提供することを強く促す。
- イランに対し、他に未申告で原子力施設の建設や建設決定を行っていないことを保証することを要請する。
- IAEA事務局長に対し、イランの原子力計画に軍事的関与がないことを明確にするため、イランの保障措置を履行し、また国連安保理決議を実施するための努力を継続することを要請する。また、本決議を国連安保理に報告することを要請する。
【露国LEU備蓄】
露国LEU備蓄の概要は以下の通り。
【IAEA核燃料バンク】
露国LEU備蓄とは別に、米国の核不拡散関係シンクタンクである核脅威イニシアティブ(NTI)が「IAEA核燃料バンク」の創設を提案している。これはIAEAが管理・運営する供給保証用の核燃料バンクで、NTIはそのために5千万米ドルを拠出することを表明、また拠出に当たり、(1) IAEAが2年以内(2008年9月まで)にバンク設立に必要なアクションを起こすこと、(2) 他の加盟国等から1億米ドルあるいは相当のLEUの拠出があること、の2つの要件を付している。(1) の拠出期限は、エルバラダイ事務局長(当時)の要請により、2010年9月までに延長され、(2) の拠出金については、すでに米国、ノルウェー、EU、UAE、クウェートが拠出を表明しており、要件である1億米ドルを上回っている(うち米国の拠出表明全額とノルウェーの拠出表明額の一部、計5,100万米ドルがすでにIAEAに送金済み)。
このバンクは、5%濃縮度以下の60(〜80)トンLEU規模で、受領国要件としては、IAEAの直近のSIR(保障措置実施報告書)で核物質の転用がないと結論づけられ、また保障措置の履行に関しIAEA理事会で議論されていないことが挙げられている。また現在、カザフスタンがバンクのホスト国となる旨を検討していることを表明している。
IAEA6月理事会では、露国LEU備蓄同様、このIAEA核燃料バンクの創設に関しても途上国がこれに反対、結局、理事会での協議継続となった。しかし、IAEAはNTIの拠出期限である2010年9月までにバンク創設に向けて「必要なアクション」を起こすことが求められている。
【先進国等の積極的なサポート】
途上国の核燃料供給保証の枠組みそのものに対する慎重な態度に比し、露国、米国、また英国及び仏国を含むEU、日本等の先進国は、米露共同声明、オバマ大統領のプラハ演説、IAEA閣僚級会議(09年4月)、NPT運用検討会議第3回準備委員会(同年5月)、G8ラクイラ・サミットでの「不拡散に関するラクイラ声明」(同年7月)、IAEA総会、国連の核軍縮・不拡散に関する安全保障理事会首脳会合における安保理決議1887号(同年9月)等で、露国LEU備蓄やIAEA核燃料バンク設立の取り組みを支援し、その進捗を繰り返し呼びかけている。
【途上国の態度とIAEAの立場、その役割】
核燃料供給保証の枠組みは、そもそも国連安保理決議に反してウラン濃縮活動を継続するイランや北朝鮮の活動を阻む一つの方策として提案された。その意図は、これらの国が機微な濃縮技術や施設を開発・保有しない代わりに核燃料を供給するというものである。しかし、イランや北朝鮮は依然として当該活動を継続しており、また現在の供給保証に係る提案では、LEUの受領国は、濃縮技術や施設の開発・保有を禁じられていない。この点、何のための供給保証か、ということを問う声もある。
一方で、受領国(主に途上国)の立場は、濃縮技術や施設の開発・保有はNPT第IV条で認められたNPT加盟国の原子力平和利用の権利であり、例え核燃料の供給を保証されようとも、その権利が奪われるものではないというものである。
1980年代に、現在の核燃料の供給保証と同様の事項を検討した供給保証委員会(CAS)は、上記の受領国の濃縮技術や施設の開発・保有を巡る先進国と途上国の見解の相違が埋められず、実現に至らなかった(ただし、CASは通常時におけるLEUの安定供給も視野にいれていた)。その意味で、LEU備蓄であれ核燃料バンクであれ、核燃料供給保証の枠組み構築そのものに対する途上国の疑念や不信感は、現在でも存在している。
このような状況において、12月にIAEA事務局長に就任した天野事務局長が、理事会決議に沿って露国でのLEU備蓄創設に向け、またNTIの拠出条件を満たすようなIAEA核燃料バンクの構築に向けたアクションをどのように採っていくのか、世界がIAEAの動向を注視している。
(参考文献)