核不拡散ニュース No.0132 2009.11.27
<米国原子力規制委員会(NRC)が原子力安全文化に関する新たな政策綱領(案)を公示>
要旨
平成21年11月6日、米国原子力規制委員会(NRC)は、パブリックコメントに向け、新たな原子力安全文化に関する政策綱領の草案を公示した。この中で、原子力安全文化を「原子力安全と核セキュリティを最優先の問題として、必ずその重要性にふさわしい注意が払われるようにするために、組織と個人が備えるべき特性及び態度が組み合わさったもの」と新たに定義した。
この定義は、以下の2つの点で従来ものとは大きく異なっている。
- 本案では、原子力安全文化で最優先する問題の一つとして「原子力安全」を挙げているが、これは従来「原子力プラントの安全」とされていたものを改変したものであり、確保すべき安全の対象範囲をより広範囲なものとしたこと。
- 子力安全文化において、最優先として取り扱う問題として、上記の原子力安全とともに、核セキュリティを追加したこと。
今日、米国政府がこのように原子力安全と並んで核セキュリティの重要性を示す動きを見せる背景には、オバマ政権発足以来一貫して米国政府が核セキュリティの重要性を指摘してきたこと及び来年に開催予定の核セキュリティサミットに向けた米国の決意を示したことがその理由として挙げられると思われる。
現在、本草案はパブリックコメントを求めているところであるので、最終的にこの新たな定義がどのような姿となるかは不明であり、またこの定義が国際的なスタンダードになっていくかどうかも不明であるが、このような提案が行われたことからは、米国政府が核セキュリティ問題を非常に重視している姿勢が見て取れる。
解説
平成21年11月6日、米国原子力規制委員会(NRC)は、パブリックコメントに向け、新たに原子力安全文化に原子力安全とセキュリティを含むとする新たな定義を含む政策綱領の草案を公示した。
原子力安全文化は、1986年のチェルノブイル事故を契機としてIAEA等において検討が行われ、現在ではIAEA Safety Series INSAG-4 "Safety culture"の中で「原子力施設等の安全問題に対して、その重要性にふさわしい注意が必ず最優先で払われるようにするために、組織と個人が備えるべき特性及び態度が組み合わさったもの」と定義され、これが国際的に原子力安全文化として認知されている。
また、「核セキュリティ文化」についても、IAEA等での検討の結果、IAEANuclear Security Series No.7の中で、「核セキュリティ文化は核セキュリティを支援、強化する役目がある個人、組織及び機関の特徴、理念、態度並びに行動を集約したもの」と定義され、現在これが周知されているところである。
今回のNRCの草案では、上記の二つの文化に関する従来の定義を一歩進め、安全とセキュリティの重要性はそれぞれに等しく、多くの安全とセキュリティの活動は、一部に相反する可能性があるとしても、相互に補完、相乗効果が得られる関係にあるとの認識の下、①安全もセキュリティも究極的な目標は放射線被曝から人や環境を保護する点にあること、②安全とセキュリティのインターフェイスを重視する点に着目し、原子力安全文化の中に安全とセキュリティの等しい重要性という要素を定義した点に大きな特徴がある。
また上記とは別に、IAEA/INSAGによる従前の定義では、原子力安全文化の中で最優先する問題を「原子力プラントの安全」に限定していた。今回のNRCの新しい定義では、IAEA/INSAGによる原子力安全文化の定義後に発生した放射性物質及びその他の様々な事故に対する反省から、原子力安全文化において最優先する問題を原子力プラントに限定せず、放射性物質等の取り扱いにおける安全も最優先の問題として、文化の中に取り入れることとしたため、従来の定義を「原子力安全」と変更している。
これらの変更を踏まえ、今回の草案では、原子力安全文化を「原子力安全とセキュリティを最優先の問題として、必ずその重要性にふさわしい注意が払われるようにするために、組織と個人が備えるべき特性及び態度が組み合わさったもの」と定義している。
今回の新たな定義は、オバマ政権の発足直後である2009年2月より関係者からの意見を聞く形で取りまとめられたものであり、公示によれば先ずはNRCの規制対象となっている事業者に対する働きかけが行われる予定であり、海外に対してもこの定義を展開することが検討されている模様である。現時点で、米国政府がこのように原子力安全と核セキュリティの重要性を示す動きを見せる背景には、オバマ政権発足以来一貫して米国政府が核セキュリティの重要性を指摘してきたことに加え、9月に国連安全保障理事会メンバーによる安保理決議1887号(2009)の中で支持が表明された来年開催予定の核セキュリティサミットの成功に向け、国際的に核セキュリティ強化の機運を高めるべく、米国内においても、今一度核セキュリティの重要性に対する認識を喚起することを意図した部分もあると思われる。
原子力安全と核セキュリティの重要性については、2007年の洞爺湖サミットにおいて、保障措置(核不拡散)、原子力安全、核セキュリティ確保に向けた「3Sイニシアチブ」の中でも指摘され、G8は特に新規原子力発電導入国における3Sの確保に対して尽力することとされていると点も見逃せない。この3Sイニシアチブと比較した場合、今回の定義では、保障措置(核不拡散)の重要性に対する言及がなされていないが、この点については先月21日にクリントン国務長官が米国平和研究所において実施した講演において、核不拡散、核軍縮に関する米国の姿勢を確認しており(核不拡散ニュースNo.131参照)、オバマ政権として、核不拡散・核セキュリティを重視している姿勢に変わりがないことが見て取れる。
今後は、パブリックコメント等、米国内における反応を見ていくことになるが、その後、今回の定義が、現在の原子力安全文化、核セキュリティ文化の国際的な定義に与える影響についても注目していきたい。なお、米国内のパブリックコメントは、公示日である11月6日より90日間受け付けるものとされている。
【解説:政策調査室 和泉】
(参考資料)