核不拡散ニュース No.0125 2009.07.01
<北朝鮮動向:北朝鮮の核実験実施の概要>
- 5月25日、午前9時54分頃、北朝鮮は、同国北東部の咸鏡北道吉州郡(ハムギョンプクドキルジュグン)の豊渓里(プンゲリ)付近にて、核実験と思われる地下爆発実験を実施した。北朝鮮政府は、同日の朝鮮中央通信社報道の中で、「いま一度の地下核実験を成功裏に実施した」として、実施したのが核実験であることを明言。
- 地震波による評価では、今回の実験はマグニチュードで4-5程度、爆発規模で約4キロ・トン前後とみられ、前回の核実験の数倍規模と評価される。しかし、CTBTO等の発表によればいまだ放射性核種の検出は確認されておらず、核実験であったとの評価は推定にとどまっている。
- 核実験であったと仮定すると、今回の実験で北朝鮮のプルトニウム型爆弾の製造技術が前回実験時より向上したことは明らかといえる。北朝鮮の核弾頭の小型化技術獲得を防ぐためには、さらなる核実験実施を阻止することが最重要課題である。
<北朝鮮動向:対北朝鮮安保理制裁決議採択の概要>
- 北朝鮮の5月25日の核実験実施を受け、6月12日、国連安全保障理事会は、対北朝鮮制裁決議1874を全会一致で採択した。(決議1874の概要詳細については、別添1、前回の決議1718と決議1874の比較については、別添2を参照のこと。)
- 本決議1874は決議1718より制裁が強化された内容であり、特に北朝鮮との間の武器の移転禁止の徹底を図るための船舶検査の実施条項が具体的に明記されているのが大きな特徴といえる。
- 本決議の実効性確保のために重視されるのは中国の態度であるが、中国の影響力行使の方法には限界がある。前回核実験の際とは異なり、今回の実験実施をめぐって北朝鮮と他の関係国との対立が激しくなる中、中国が積極的に制裁履行に関与することは期待できない。また、対話による非核化の展望への見通しも依然として立っていない。
【対北朝鮮制裁決議1874の内容】
本決議1874号は、2006年10月の北朝鮮の前回の核実験実施に対する決議1718と同様に、国連憲章第7章41条に基づく非軍事的措置に限定した措置として位置づけられている。その内容は、武器移転禁止の対象を拡大し、金融的措置を強化している他に、移転が禁止されている武器などを積んでいると疑う「合理的な理由:reasonable grounds」がある場合の船舶検査の実施条項を盛り込むなど、決議1718に比べより包括的な内容といえる。特に船舶検査に関しては、具体的な措置が明記されているのが大きな特徴と言え、実効性を確保するためのより踏み込んだ内容となっている。具体的には、検査対象船舶の旗国が公海上での船舶検査に合意しない場合には、適切な港に寄港し検査を受けることが義務付けられており、検査により制裁対象品を確認した場合には、検査実施国が対象品を押収・処分する権限を有することが明記されている。また、船舶検査に関しては、検査実施国に制裁委員会への報告が義務付けられている。
【制裁決議の実効性と中国】
本決議の実効性のカギを握るとされているのは、北朝鮮にとっての最大の貿易相手国(注1)であり、北朝鮮に対する最大の投資国かつ譲歩的援助供給国である中国とされるが、北朝鮮に対して実際にどれだけの影響力を持ち得るかについては、議論の余地があるところである。
中国は、北朝鮮の2006年10月9日の前回核実験の際には、北朝鮮に対する経済的優位性を活用し、強い非難を示すと共に米国との橋渡しをすることで北朝鮮を非核化の交渉に踏みとどまらせたという経緯がある。当時、中国は北朝鮮に対する国連安保理決議に、初めて拒否権を発動せず棄権もせずに賛成にまわった(注2)。その後、北朝鮮への送金業務・北朝鮮関連の金融取引を停止し、原油供給を削減し、石油製品及び電気製品の輸出を制限するなど、中国としては異例の強い措置に出た。他方で、制裁決議採択直後には、唐家せん国務委員を訪朝させ、金正日総書記との会談の中で中国及び米国の制裁緩和に含みを持たせつつ米国との橋渡し役を打診したとされる。結果、10月31日には、中米朝の六者会合首席代表による非公式協議の中で、北朝鮮は六者会合復帰の意思を表明。その後、12月の六者会合、翌2007年1月のベルリンでの米朝非公式会合を経て、2月13日には、2005年9月の「共同声明」の非核化目標の実現に向けての初期段階措置の合意に至った。こうした流れと並行する形で、11月中旬には、中国は送金業務を一部再開し、他の締め付け措置も徐々に緩和していき、また、ブッシュ米政権(当時)も北朝鮮問題で成果を上げることを優先する思惑から、歩調を合わせるかのように、バンコ・デルタ・アジアに対する金融制裁解除をはじめとする宥和政策へとシフトしていった。つまり、中国は、米国の当時の思惑を踏まえつつ、一方で自国の対北朝鮮圧力を行使し、その一方でその圧力緩和と米国との仲介役を武器に北朝鮮の歩み寄りを促すことに成功した。換言すると、米国の思惑を理解し、それに上手く便乗することで、北朝鮮に対する影響力を最大限に活用することに成功したとも解釈できる。
今回の核実験実施に対しても、中国には、本決議の実効性確保という観点から、特に船舶検査に関しての「合理的な理由」の解釈・適用、また、金正日政権の中枢に直接的・間接的に結び付く可能性のある金融取引の監視・凍結措置適用において、積極的に関与することが期待されている。しかし、今回の核実験をめぐる関係国の状況は2006年当時と大きく異なる。米国政府をはじめとする六者会合関係国は、今回の核実験を含む北朝鮮の挑発に態度を硬化させており、北朝鮮は関係国の厳しい対応に一層強硬姿勢を強めている。現状では、米朝のブローカー的役割も限られている上、中国にとっては北朝鮮に対する経済的優位性を活用することで、北朝鮮の不安定化を助長することも懸念される。2006年当時と異なり緊張の一途を辿る現状を踏まえると、締付け強化に自国の影響力を行使することにはより慎重にならざるを得ず、積極的に関与することはなかなか難しい状況といえる。中国の建設的な役割を促す上でも、緊張を打破し、対話による非核化への展望を見出すことが望まれるが、その見通しは依然として暗い。
(注1)米国議会調査局(CRS)によると、中国は2002年に日本を抜き、その後2007年に至るまで北朝鮮の最大貿易国である。また、2005年までは、北朝鮮の最大輸出相手国でもあった。2007年の北朝鮮の中国との貿易が同国の総貿易量の39%に至る(朝中貿易の約7割が北朝鮮の輸入、約3割が北朝鮮からの輸出)。(2位の韓国は35%)
参照:”The North Korean Economy: Leverage and Policy Analysis,” CRS Report for Congress, August 26, 2008.
(注2)1993年には、北朝鮮に対し、核兵器不拡散条約(NPT)脱退を思い留まるよう求める国連安保理決議825が採択されたが、その時には中国はパキスタンと同様に棄権している。
【北朝鮮の核実験の評価】
各国の地震波の観測によると、実験の規模は、マグニチュードで4.4(韓国国防省)、4.52(包括的核実験禁止条約機関準備委員会:CTBTO)、4.7(米国地質調査所)、5.3(日本国気象庁)。また、地震波から推定される爆発の規模については、TNT火薬換算で、2-4キロ・トン(米国立ロスアラモス研究所のシグフリード・ヘッカー元所長)、4キロ・トン程度(「全米科学者連盟(FAS)」の核専門家、ハンス・クリステンセン氏)、数キロトン(米国家情報長官室)から5-20キロ・トン(韓国国防省)、10-20キロ・トン(ロシア国防省)と多様な見解が示されている。いずれにせよ、前回の核実験がマグニチュードで4程度、TNT火薬換算で1キロ・トン未満と評価されたことを踏まえると、少なくとも前回実験規模の数倍であることは確かで、CTBTOは、今回の核実験が前回核実験の約4倍の規模と評価している。
核実験であるとの確認及びその評価は、地震波、水中音波、微気圧振動、放射性核種の4種類の観測及び分析によって総合的になされるが、特に、地下核実験の場合、核実験に伴って放出された放射性核種が地下から染み出して空気中に飛散するため、その検出は核実験か否かの確認にあたっての重要な判断材料となる。その場合、10-20キロトン程度の地下核実験では、放射性核種の中でも放射性粒子状物質の放出は期待できないため、主にキセノン(Xe)-133と呼ばれる放射性ガス(希ガス)の検出が主な目的となり、2006年10月の北朝鮮の前回の地下核実験では、微量の希ガス(キセノン(Xe)-133)の検出によって、米国政府が最終的に核実験であったことを確認したという経緯がある(注1)。しかし、今回の実験においては、発表されている情報によればCTBTO国際モニタリングシステム(IMS)(注2)、日本周辺では自衛隊のT4練習機の「集じんポッド」(放射性粒子のみ対応)及び在日米軍のWC135大気収集機によって収集された大気の分析のいずれにおいても、現時点までに放射性ガス(希ガス)をはじめとする放射性核種の検出が確認されておらず、核実験か否かについての物証は得られていない状況にある。したがって、米国のブレア国家情報長官も「おそらく地下核爆発を行ったと推定する:North Korea probably conducted an underground nuclear explosion」(参照1)と推定の発言に留めている。
プルトニウム・コアに向かって瞬間的に均等に圧縮する高度な技術が求められる爆縮型起爆装置を用いるプルトニウム型爆弾には実験が不可欠とされており、そのことからも、今回の核実験実施の背景には、爆縮技術の習得が目的の一つであったとも想定される。前回実験の際、事前通告規模4キロ・トンに対し実際の爆発規模が1キロ・トン未満であったことを踏まえると、今回の核実験であったと想定される爆発実験が、前回の数倍に上る4キロトン前後の爆発威力を達成したことから北朝鮮の起爆技術の進歩がうかがえる。また、核弾頭の小型化には、起爆技術を向上させ爆発の効率を上げる必要があり、実験を重ねることでデータを積み上げることが重要な意味を持つ。現時点においては、北朝鮮はプルトニウム型爆弾に必要な爆縮型の起爆装置製造技術をマスターしていないとの見解が主流であるが、今後実験を重ねることで、その技術を習得し高めていくことが可能であり、注視が必要である。米科学国際安全保障研究所(ISIS)によると、北朝鮮のプルトニウムの保有推定量は約46〜64kg(参照2)となっており、プルトニウム型核兵器1個に必要なプルトニウム量を8kg(注3)と仮定すると、(今回実験分を含め)6-8個分となり、北朝鮮はまだ数回分実験に費やすためのプルトニウムを有していることになる。北朝鮮の核兵器の実用化を阻止する上でも、北朝鮮のこれ以上の核実験を認めないことが非常に重要である。
(注1)ネグロポンテ米国家情報長官(当時)は、WC135などによって10月11日に収集されたデータを分析した結果、微量の希ガス(キセノン(Xe)-133)が検出されたことを根拠に、10月16日、北朝鮮の実験が核実験であったと判断した旨を発言している。
(注2)日本では高崎と沖縄の2カ所の放射性核種の監視観測所があるが、内、高崎のみに希ガス分析装置が設置されている。
(注3)この量はIAEAが定める有意量(1個の核爆発装置が製造される可能性を排除できない核物質のおおよその量と定義される)であるが、実際には、技術レベル次第で、3-5kgのプルトニウムで核兵器一発を製造することが可能とも評価される。
(参考)
【解説:政策調査室 濱田】