核不拡散ニュース No.0116 2009.02.13
<米国の追加議定書批准>
【概要】
- 2008年12月30日、米国が追加議定書の批准書に署名し、翌年1月6日、同議定書は発効した。
- 米国の追加議定書は、「国家安全保障除外」(National Security Exclusion)と「管理されたアクセス」(managed access)の適用についての米国の権利が明文化されており、他の核兵器国の追加議定書には見られない目立った特徴といえる。
- 他方、「補完的なアクセス」の中に「環境試料の採取」条項を非核兵器国並みに含めてはいるが、その実効性は疑問と言わざるを得ない。
- 米国の追加議定書の批准は、追加議定書未批准国(イラン、北朝鮮、インド、アラブ首長国連邦等)における追加議定書の適用を促す政治的な狙いの他、IAEAによる未申告活動の検知能力向上への貢献が目的といえる。
- しかし、適用に際しては事実上大きな制約が課せられており、米国の追加議定書の適用がねらい通りの効果をあげられるかは不明である。
【批准に至るまでの経緯】
米国が追加議定書に署名したのは1998年であるが、以後、2002年に至るまで批准に向けた動きは見られなかった(当時、上下両院共に共和党が多数党であり、クリントン政権(民主党)の政策に議会の賛同が得られにくい状況であったこと等が要因と考えられる。)。米国内の規定により、追加議定書の批准書の寄託には、議会上院において3分の2以上の承認を得ることが必要とされており、2002年5月にブッシュ前大統領が批准書の寄託にあたっての上院の承認を求めたことで、批准に向けてようやく動き出したと言える。これに対し、2004年3月、上院は、条件付きの決議「(Treaty Doc. 107-7) The Protocol to the Agreement of the International Atomic Energy Agency Regarding Safeguards in the United State, with 2 conditions and 8 understandings」を3分の2以上の承認により採択。その際、追加議定書の批准書の寄託にあたっての前提条件として、大統領が「国家の安全保障を担保するための措置の実施」及び「サイト脆弱性評価の実施」を保証すること、また、追加議定書の適用にあたっての理解として、8つの事項(1. 追加議定書の実施、2. 追加申告・削除申告、3. 機密情報(classified information)保護、4. 秘密情報(confidential information)保護、5. 非核兵器国の追加議定書受入れに対する支援状況、6. 非核兵器国における検証実施状況、7. 補助取極めとその修正、8. 追加議定書の修正)について条件を提示し、これらの事項について大統領から議会への報告を求めた。つまり、国家の安全保障を損なわないことの保証を批准にあたっての前提条件とし、国家機密・秘密情報を防護する体制の整備を求めたものといえる。
並行して、2003年12月、ルーガー上院議員(共和党)は、追加議定書の国内での適用にあたって国家の安全保障を担保するための国内体制の整備を目的とした法案(S. 1987: Additional Protocol to the U.S.-IAEA Safeguards Agreement Implementation Act of 200- (sic))を提出したが、第108議会(2003-2004年)において審議されることはなかった。2006年初め、同上院議員は、再度、同様の法案(S. 2489: 米国追加議定書実施法案(U.S. Additional Protocol Implementation Act))を提出し、追加議定書の実施体制整備の必要性を訴えた。当初、同議員は、上記法案を単独法案として提出していたが、同年6月、同時期に審議されていたインドとの原子力平和利用に関する協力を可能にする法案(通称:ヘンリー・ハイド法案)に、タイトル2として合体させ再度提出。この合体によって、米国追加議定書実施法案に対する政治的関心も高まり、同法案は同年12月に、「米印原子力平和協力・米国追加議定書実施法(United States-India Peaceful Atomic Energy Cooperation and United States Additional Protocol Implementation Act)」として発効した。
同法の発効からさらに2年後の2008年12月30日、米国は追加議定書の批准書に署名し、翌年1月6日、同議定書は発効した。米国の批准によって、NPTにおける全ての核兵器国(イギリス、中国、フランス、米国、ロシア)に追加議定書が適用されることとなった。なお、追加議定書の批准にさらに2年を必要としたのは、上述の決議、法が求める国家安全保障防護のための体制整備のためと考えられる。
【米国の追加議定書の特徴】参考1
米国はNPT上の核兵器国であり、他の核兵器国(イギリス、中国、フランス、ロシア)のものと同様に、その追加議定書は、国家安全保障に関するものを除外(「国家安全保障除外」)した任意の選択による原子力関連活動を対象としており、非核兵器国のものとは全く異なる性質を持つ。さらに、核兵器国間においても、この「国家安全保障除外」の適用方法は異なり、それぞれの追加議定書の特徴ともなっている。
まず、追加議定書の文面上での「国家安全保障除外」の取扱いであるが、他の核兵器国の追加議定書では、「国家安全保障除外」という表現が明示されていないのに対し、米国の追加議定書では、第1条において、「国家安全保障除外」の適用が明確に謳われており(第1条b項)、国家安全保障に関わる重要な活動に対しては、米国が「管理されたアクセス」注1の適用の権利を有することが明記されている(第1条c項)。このように「国家安全保障除外」及び「管理されたアクセス」の適用における自国の権利を強調して明文化した表現は、米国の追加議定書特有のものであり、大きな特徴といえる。
次に、「補完的なアクセス」の条項の取扱いについて、非核兵器国の追加議定書には、環境試料の採取を含むアクセスの拡大を求める「補完的なアクセス」を定める条項(モデル追加議定書では第4-10条)が必ず含まれているが、核兵器国においては必ずしもそうでない。補完的なアクセスの中でも、特に「環境試料の採取」は国家安全保障に関連する機微な情報へのアクセスにつながるとの懸念から、異なる扱いがされている。この点で、中国とロシアの追加議定書は環境試料の採取を含む補完的なアクセスを定める条項を一切含めていないのに対し、米国は、イギリス・フランスと同様に含めている。さらに、「環境試料の採取」の条項については、フランスが「広域的な環境試料」の条項は含めていないのに対し、米国はイギリスと同様にこの条項を含めている。つまり、米国の追加議定書は、イギリスのものと同様に、文面上は非核兵器国のものと同等だが、他の核兵器国(特に中国・ロシア)のものと比べ、IAEAのアクセス権限をより広範に認めた(intrusive)内容となっていると言える。
【国内での適用における制約】
米国の追加議定書の適用にあたっては、上述の「米国追加議定書実施法」の基づき、情報及びアクセスの提供に大きく制限が課せられることとなる。
具体的には、元・現国防総省・エネルギー省の場所、サイトおよび施設は全て国家安全保障除外の対象となっており、全ての活動に関して財政・価格・取引などのデータはアクセスの対象から除外されている。また、「特定の場所で環境試料の採取」及び「広域な環境試料の採取」の実施にあたっては、以下を前提条件とすることを定めている。
さらに、国務省指定のテロ支援国家の国籍を有する者がIAEA査察官として任命された場合は、その任命を拒否する旨を定めている。
【米国の追加議定書批准に対する評価】
米国は、追加議定書を批准した目的として、非核兵器国の追加議定書批准を促すこと、ならびにIAEAの未申告活動の検知能力の向上を支援することであると説明している。特に、環境試料の採取については、国家の安全保障に関する機密情報へのアクセスになりかねないとの懸念が強い一方で、非核兵器国における環境試料の採取の実施を促し、IAEAの検証能力強化を図るためにも環境試料の採取の実施において米国がリーダーシップを示すことが必要であるとの認識を示している参考2。
しかし、環境試料の採取の実施にあたっては、「米国追加議定書実施法」の審議において、「大統領が国家安全保障除外を適用しない可能性は低い "unlikely circumstance in which the President did not apply the [national security] exclusion to environmental sampling"」参考3との見解が示されており、特定の場所・広域にかかわらず、環境試料採取の実施は想定されていないのが実情である。つまり、環境試料採取の条項は、実態を伴わない条項ともいえ、IAEAの未申告活動の検知能力の向上に資することは期待できない上、北朝鮮注2などに環境試料採取の実施を促す効果も不明と言える。
また、国家安全保障除外と管理されたアクセスの適用に関して「一方的かつ絶対的な(unilateral and absolute)権利を有する」参考4というのが、米国などの核兵器国の追加議定書批准における認識であり、その認識の下、国内での実施に厳しい制限を加えている。これに対し、追加議定書の適用にあたって多くの義務を負う非核兵器国にとっては、米国の追加議定書の批准は、シンボリックなジェスチャーに過ぎず、イランなどの非核兵器国に追加議定書の批准を促す効果がどれほどあるかは不透明である。
注1)核不拡散及び安全保障上の機微な情報の普及の防止、安全の確保、セキュリティー確保、又は経済的・財産的価値を有する情報の保護を目的に、IAEAのアクセスに制限を加えるもの。部分的な情報の公開とか、モニターなどによる記録を禁止するなどの方法がある。非核兵器国・核兵器国共に、権利が認められている(モデル追加議定書第7条)。
注2)北朝鮮は、非核化に向けての第三段階措置としての検証措置に、環境試料の採取の手法を組込むことを拒否。現在に至るまで、検証措置での合意には至っていない。
参考1)PROTOCOL ADDITIONAL TO THE AGREEMENT BETWEEN THE UNITED STAES OF AMERICA AND THE INTERNATIONAL ATOMIC ENERGY AGENCY FOR THE APPLICATION OF SAFEGUARDS IN THE UNITED STATES OF AMERICA
参考2)Senate Report Accompanying the United States Additional Protocol Implementation Act, S. 2489, S. Rpt. 109-226, p. 5 (Apr. 3, 2006)
参考3)Senate Report Accompanying the United States Additional Protocol Implementation Act, S. 2489, S. Rpt. 109-226, p. 11 (Apr. 3, 2006)
参考4)2002年4月40日付、米国ウィーン代表部からエルバラダイIAEA事務局長宛の書簡。
【解説:政策調査室 濱田】