核不拡散ニュース No.0110 2008.12.26
<シリアの核開発疑惑(IAEA11月理事会における議論)>
【要約】
- 新聞報道によれば、IAEA理事会におけるシリアの核開発に関する議題では、一部の理事国よりシリアの協力姿勢に対する非難がある一方、施設を空爆したイスラエルに対して批判意見が出される等、国際社会の対立が浮き彫りになった。
- 破壊された施設が原子力施設であるか否かについては、今回の調査結果ではその証拠が不十分であることから、現在のところ断定できない
- IAEA理事会における議論の結果、今後はシリアのみならずイスラエルに対しても情報提供を呼びかけることとなった。
- しかしながら、両国ともIAEAの調査に対してこれまで以上に協力的な姿勢を取るとは考えられず、破壊された施設の性質を最終的に特定するまでには未だ多く時間が必要であると思われる。
【関連報道】
11月28日付の報道によれば、国際原子力機関(IAEA)理事会は28日、ウィーンの本部でシリアの核問題について討議し、議長総括をまとめて閉幕した。
シリアの核問題では、イスラエルが昨年9月に空爆した同国北東部の施設について、「原子炉操業に必要なエネルギーも供給できる環境にあった」として、破壊された施設が建設中の原子炉であった可能性を示唆したが、最終的結論に到達するためには「施設へのアクセスや関連情報が必要だ」としてシリア側に情報の公開を要求。IAEA査察団が持ち帰った環境サンプルから検出されたウラン粒子は「化学的工程を経て生産された物質だ」としている。
議長総括は、シリアへの懸念とともに施設を空爆したイスラエルへの批判が併記される形となり、国際社会の対立も浮き彫りになった。この中では、シリア東部Dair Alzour(Al-kibar)の施設跡で採取した環境サンプルからウランが検出されたことや、シリアが跡地から残骸を除去したことなどに対し、幾つかの国が懸念を表明したことが盛り込まれた。
【分析】
1.IAEA理事会報告(分析した資料はGOV/2008/60 "Implementation of the NPT Safeguards Agreement in the Syrian Arab Republicによる)
今回のIAEA事務局長による理事会報告の中で注目すべき点は以下の点である。
(1) IAEAの検証
(2) IAEAの評価
シリアは、IAEAより要請した、破壊された建屋の特徴を記した書類の提供に未だ応じず、当該サイト以外の他の3箇所の訪問要請についても未だ同意していない。
2.報告書の分析
しかし、シリアは2008年11月11日付の書簡で、IAEAに対しサンプルの分析結果から、採取されたウラン粒子は原子炉建設から得られるものでは無いので破壊された施設は建設中の軍事施設であると確認された旨及びウラン粒子はイスラエルのミサイルに含まれていたと考えられることが唯一の説明である旨通知していることもあり、本件調査に関しこれ以上のシリアの協力を得ることは困難であると考えられる。
またイスラエルは、今回の爆撃への関与を公式に表明していない状況にあり、こちらもまたIAEAの調査に協力するか否かは疑問である。
このため、破壊された施設の性質を最終的に特定できるまでには、未だ多くの時間を要することになると思われる。
(参考資料)
【関連情報】
<シリアに対するIAEA技術協力プロジェクト審議>
上記のシリアに対する保障措置実施報告とは別に、今回のIAEA理事会ではでは他の議題でもシリアに関する問題を巡って議論が白熱した。
シリアはIAEAに対し、「原子力発電所導入に向けたサイト選定と技術的・経済的側面からフィジビリティスタディを行うための技術協力プロジェクト注」の実施を要請していたが、IAEAでは検討の結果、プロジェクト実施に必要な予算が確保された場合に開始するものとして、当該技術協力プロジェクトを含む技術協力計画を、一年に一度十一月理事会前に行われる技術協力委員会に諮った。
新聞報道によれば同委員会における審議の際、米国、仏国、カナダ及び豪州から、本プロジェクトの実施は好ましくないとの意見表明がなされたが、中国を始めとする非同盟諸国の多くの国がプロジェクトの実施について賛成に回ったこともあり、最終的には当該プロジェクトを含めたIAEA技術協力計画案が承認されたとのことであった。
通常IAEAが技術協力計画案の承認は、上記技術協力委員会において審議された上で、理事会及び総会に承認を求めて回付されるが、この審議過程において特定国の特定技術協力プロジェクトに対して、他の加盟国から反対意見が表明されることはあまり例が無く、本ケースは異例なものと言っても良い。
本プロジェクトの実施に反対する国々は、シリアがIAEAに対して必要とされる報告無しに原子炉を建設したとの嫌疑に対する調査が行われている最中に、IAEAが新規原子力発電導入に係る技術協力を実施することは適切では無いと判断し、このような反対意見として表出したものと思われる。
一方、本プロジェクトの承認に賛成する国は、IAEAの技術協力に対して政治的な要素を加味すべきではいとの立場を取ったものと思われる。
なお、今回IAEAより提案のあったシリア関係の技術協力プロジェクトは、上記の他にも、電子線照射装置の設置、環境放射線監視システムの向上、イオンビーム加速器の分析能力の強化、放射線医薬品治療、アイソトープを利用した土壌改良、害虫不妊化技術の推進及び特殊放射線研究所の設置等全部で8件あるが、上記の「原子力発電所導入に向けたサイト選定と技術的・経済的側面からフィジビリティスタディを行うための技術協力プロジェクト」以外に他の加盟国から実施を反対されたプロジェクトは他に無く、その特異性が目をひくこととなった。
IAEA技術協力審議における類似の事例としては、イランのブシャール原子力発電所支援に関するIAEA技術協力プロジェクトに対し、米国が実施反対の意見表明を行ったものがある。
当時(1998年)イランに対し、米国は秘密裏の核開発の懸念を寄せており、このような懸念国に対してIAEAは技術協力を実施すべきでは無いとして反対意見を表明したものであるが、当時の議論では、G77を中心とする非同盟諸国が当該プロジェクト実施について賛成に回ったため、米国も自説に固執することなく、最終的には当該プロジェクトは承認された。
IAEAの技術協力プロジェクトは、IAEA技術協力基金を活用して実施するものと、必要な資金が確保された場合に実施するプロジェクトの二種類がある。今回のプロジェクトは後者である。
プロジェクト名「原子力発電所導入に向けたサイト選定と技術的・経済的側面からフィジビリティスタディを行うための技術協力プロジェクト」
IAEA Technical Cooperation Project (SYR/0/020)
"Conducting a Technical and Economic Feasibility Study and Site selection for Nuclear Power Plant" 2009〜2011 総予算 $350,000
【解説:政策調査室 和泉】