核不拡散ニュース No.0108 2008.12.05
<イラン核問題の動向:IAEA事務局長報告に基づくイランのウラン濃縮活動の実態評価>
【主要な動向:概要】
- イランのウラン濃縮活動等の停止を求める安保理決議の履行状況についてのIAEA事務局長報告(2008年11月19日付)が発表され、イランが安保理の求めに反して、ウラン濃縮活動を継続・拡大していることが報告された。
- また、今回の報告によってイランの低濃縮ウラン(報告では5%未満)の備蓄が630kgであることが明らかになったことで、 核専門家からは(既に)イランが核兵器1個分相当の高濃縮ウランの製造に必要な低濃縮ウランを確保した可能性が指摘され、イラン核問題をめぐる大きな懸念として注目される。
- 安保理決議に反するイランのウラン濃縮活動の継続・拡大を受けて、安保理がさらなる対イラン追加制裁に乗り出すことが予想され、今後の動向が注目される。
【IAEA事務局長報告:概要】
11月19日、IAEA事務局長は、イランの安保理決議(1737、1747、1803、1835)の履行状況及び同国の核開発活動の現状をまとめた報告書を発表した(11月27日公開)(参照1)。主な内容として、安保理決議の求めに反したウラン濃縮活動の継続、同活動拡大のための新たな遠心分離機の設置の継続、及び改良型遠心分離機(IR-2型とIR-3型)の開発の継続が確認されたことが報告された。他に、注目される点として、イランが設計情報の早期提供に関する修正版の補助取極(Subsidiary Arrangements General Part, Code 3.1)の実施を中断する決定(2007年3月)を発動し、IAEAによるイラン重水型研究炉(IR-40)(アラクに建設中)の設計情報検認(DIV)を拒否したことが報告された。また、核開発活動の軍事的関与が指摘される活動の嫌疑を払うことについては進展が図られなかったことも言及された。結論として、申告済み核物質の無断転用は無いことが検認されたことを明らかにするとともに、未申告の核開発活動が存在しないこと及びイランの核開発活動が平和的であることを証明するために、核開発活動の透明性確保と、追加議定書の運用など信頼醸成に向けた措置をイランに強く求めている。(IAEA事務局長報告の詳細は別添を参照。)
【イランのウラン濃縮活動の実態評価】
イランの核開発活動の動向として最も注目が集まっているのは、ナタンズにあるウラン濃縮施設の開発状況と核兵器製造に転用可能なウラン濃縮技術を習得しているか否かという点にある。そこで、これまでIAEA理事会に提出された事務局長報告を基にその実態を以下のとおり整理する。(参照他)
イランのウラン濃縮活動は、商業規模のウラン濃縮工場(FEP)でのIR-1型遠心分離機約3000機(2008年11月現在)による実用規模のウラン濃縮とウラン濃縮試験施設(PFEP)における改良型遠心分離機(IR-2型、IR-3型)の研究・開発の二つを柱とする。改良型遠心分離機は、IR-1型の2.5倍の製造能力を持つ可能性が指摘されているが、イランは未だこの開発に技術的な課題を抱えているとみられ、目立った進展は見受けられない」注1。よって、今後しばらくはIR-1型でのウラン濃縮活動がイランのウラン濃縮能力を評価する基準となると考えられることから、以下には主にIR-1型でのウラン濃縮活動の実態を評価する。
現時点で明らかになっているイランのウラン濃縮活動は、濃縮度5%未満)注2の低濃縮ウランの製造に留まっており、核兵器の原料の製造には至っていない状態である(核兵器の原料に適している兵器用高濃縮ウランの濃縮度は90%以上)。イランのウラン濃縮能力という点では、前回の2008年9月の事務局長報告(参照2)において著しい向上が確認されたが、今回の報告では、前回の報告期間(5月‐9月)とほぼ同ペースでの濃縮能力が保たれていたことが示されている。これまでの報告を基にイランのウラン濃縮の製造ペースを計算すると、2007年11月の遠心分離機約3000機からなる最初のユニットの運転開始から2008年5月までのスロー・ペースに比べ、2008年5月から11月にかけて倍以上のペースでウラン濃縮が実施されていることがわかる(5‐11月の濃縮ペース:1日あたり約31kgのUF6を注入し、約2.2kgの低濃縮ウランを製造)。結果、イランが製造した低濃縮ウランの総量は、11月7日の時点で、約630kgとなっている。さらに、イランはIR-1型のウラン濃縮装置の設置拡大を図っており、現存の約3000機のほかに、新たに約3000機の設置を継続中であり注3、2009年初めからさらにIR-1型約3000機の設置に着手する旨をIAEAに通告している。これらのウラン濃縮装置の増設に伴い、イランの濃縮能力は飛躍的に拡大することは言うまでもなく、必然的に、核兵器開発への転用の可能性を伴うイランの潜在的能力の蓄積に対する危惧も高まることが予想される。
ここで問題は、イランがウラン型核兵器1個注4を製造するのに必要な高濃縮ウランを製造するだけの材料と技術を獲得するに至っているかという点にあり、イラン核問題における最大の焦点となっている。材料という点では、核専門家の分析によると、既に核兵器1個分に相当する高濃縮ウランの製造に十分な低濃縮ウランを蓄積しているとの見解注5や、あと数ヶ月で十分な量を蓄積する注6との評価があるが、今回の報告によりイランが一定ペースでのウラン濃縮能力を確保したことは明らかであり、兵器用高濃縮ウランの製造に足る低濃縮ウランの必要量を蓄積するのは時間の問題といえる。
技術的な点として、イランが兵器用高濃縮ウランの製造に着手するためには、現存のウラン濃縮装置を高濃縮ウラン製造用に再構成しなければならないが、イランがその技術を取得しているかどうかは定かでない。仮に技術的に可能であっても、ウラン濃縮装置の再構成は、当然、IAEAの査察・検認によって検知されるため、厳しい制裁措置を招くというリスクを伴うことは言うまでもない。他にも、核兵器の製造には、高濃縮ウラン(UF6)の金属ウランへの転換、核弾頭の設計、及び金属ウランの核弾頭型への鋳造などといった技術の習得が求められるが、この点について、IAEAは、イランがパキスタンのカーン博士のネットワークから金属ウランの転換・鋳造に関する文書の提供を受けたことについては確認したが、金属ウラン転換・鋳造の研究・開発を行った形跡は確認されないと報告している(参照3)。従って、現時点では、イランは、ウラン濃縮能力を向上させたが、核兵器化に必要な技術の習得には至っていないと推定される。
しかし、上記の核兵器化技術の習得に伴い、イランがNPT脱退・IAEA査察拒否と同時に核兵器開発に着手する可能性は排除できない。イランの核開発活動に対する懸念が解消されない限り、イランが兵器用高濃縮ウランの短期間製造を可能にする材料と技術を蓄積しつつあるとの事実は、依然としてイラン核問題をめぐる最大の懸念として残る。さらなる安保理決議への見通しとあわせて、今後も注目していく必要がある。
(参考資料)
- 参照1:2008年11月19日付IAEA事務局長報告、GOV/2008/59、IAEAホームページ。
- 参照2:2008年9月19日付IAEA事務局長報告、GOV/2008/38、IAEAホームページ。
- 参照3:2007年11月15日付IAEA事務局長報告、GOV/2007/58、IAEAホームページ。
- 参照4:"Iran Said to Have Nuclear Fuel for One Weapon," ニューヨークタイムズ紙、11月20日。
- 参照5:"IAEA Report on Iran: Centrifuge Operation Significantly Improving; Gridlock on Alleged Weaponization Issues," ISISホームページ、September 15, 2008。
- 参照他
- 2007年8月30日付IAEA事務局長報告、GOV/2007/48、IAEAホームページ。
- 2007年11月15日付IAEA事務局長報告、GOV/2007/58、IAEAホームページ。
- 2008年2月22日付IAEA事務局長報告、GOV/2008/4、IAEAホームページ。
- 2008年5月26日付IAEA事務局長報告、GOV/2008/15、IAEAホームページ。
注1) この改良型遠心分離機は、1996年に、パキスタンのカーン博士のネットワークから提供を受けたパキスタンのP-2型遠心分離機の製図を基に、イラン独自の変更が加えられ開発されたものである。2008年1月に設置が開始され、5月に試運転が開始されたが、IR-2型では10機からなるカスケードと単機、IR-3型においては単機のみと小規模な設置に留まっており、5月から11月にかけてのUF6注入量は61kgと試運転の規模も小さい。理由として、当初見込まれた改良型遠心分離機の主要構成部品のネットワークからの供給が絶たれたことで、国内製造が不可能な軸受け、マグネットなどの獲得が困難になったことが背景にあると考えられる。現時点で、イランがIR-2型、IR-3型の大規模設置に着手する見通しは立っていない。
注2) 2008年7月1日までに採取されたサンプルの分析結果では、製造されたウランの濃縮度は4%以下であった。
注3) イランは2007年11月に最初のユニット(164機×18カスケード=2952機)の運転を開始し、2008年3月の段階で新たなユニットの内、5つのカスケードにおいても運転を開始した。2008年11月には、新たなユニットの内、残る13のカスケードの設置継続のほかに別の3つのユニットにおけるカスケードの設置が確認されている。
注4) 小さな長崎型(インプロージョン型)原発一個に必要とされるのは兵器級高濃縮ウラン20kgとされる。
注5) 核物理学者のリチャード・ガーウィン氏は、イランは既にウラン型核兵器1つを製造するのに十分な低濃縮ウランを持っているとみている。(参照4)
注6) ISIS(科学国際戦略研究所)のデヴィット・オルブライト氏は、現在イランが使用するP1型遠心分離機で兵器用高濃縮ウラン20-25kgを製造するのに必要な低濃縮ウランは700-800kg(濃縮技術が劣る場合には1000-1700kg)であると評価しており、現在のペースで製造を続ければ、あと数ヶ月で、その最低量の確保に至ると評価している。(参照5)