核不拡散ニュース No.0107 2008.11.25
<シリアの核開発疑惑(Al-Kibar Siteにて人工ウランを発見)>
【要旨】
2008年6月22日〜24日にかけて、国際原子力機関(以下「IAEA」と略す)はハイノネン保障措置局担当事務次長を団長とする調査団をシリアに派遣し、2007年9月のイスラエル機の攻撃により破壊されたシリアのAl-Kibarの施設跡地の調査に当たっていた。
この調査の結果、IAEAは、同跡地から採取したサンプルから微量の加工されたウランを確認した模様である。本調査結果は11月27日より開始されるIAEA理事会に報告される予定である。
従来、シリアは同施設が軍事施設であり、そこで核開発は実施していない旨主張しており、施設跡地の調査以外のIAEAの調査は許可できない旨主張している。
本問題を巡る今後の動きとしては、IAEA理事会への調査報告で、施設の性格付けがはっきりなされない場合には、IAEAによる追加調査の可能性も含め、今後とも議論は継続すると思われる。
【関連報道】
11月11日付の報道によれば、エルバラダイIAEA事務局長は、イスラエルが空爆したシリアの原子炉建屋と疑惑をもたれている施設周辺の環境調査において採取したサンプルの分析の結果、微量の加工されたウランを確認した旨を外交団に語り、IAEA報道官は、IAEA事務局では11月27,28日の理事会に提出するための報告書を作成中である旨述べたとのことである。
また12日付の報道によれば、これに対してシリアの外務大臣は、「イラクやアフガニスタンにおいて、米国が劣化ウラン弾を使用したように、微量のウランはイスラエルの爆弾に含まれていたものである。」旨主張している。現在IAEAの調査報告を待っているところであるとしている。なお、イスラエルはこの点に関してコメントしていない。
IAEAは当該施設と関連があると疑われているシリア国内の3箇所の施設の訪問許可を求めているが、それらが軍事施設であることを理由に、シリアは施設に対する立ち入りを禁止する旨返答している。
なお、19日付の報道では、IAEA理事会用に理事国宛に配布した報告書の中で、環境サンプル調査で見つかったウランが「化学処理によって製造されたもの」と分析している。ただし、問題の施設については、「核関連でなかった可能性を排除できない一方で、特徴は原子炉と似ている。」と断定を避け、解明に向けてシリアやイスラエルの協力を求めたとの内容が伝えられている。
【背 景】
IAEAの6月理事会の冒頭、エルバラダイIAEA事務局長は、「昨年9月にイスラエルにより破壊されたシリアの施設は原子炉であるとの情報提供を今年4月に受けた。なおこの情報によれば原子炉は未だ運転されておらず、燃料も未装荷の状態であるとのことであった。この情報に基づき6月22日から24日にかけてシリアに対して調査団を派遣することとした。」旨の事務局長報告を行った。
シリアは、イスラエルにより破壊された施設は軍事施設であり、同施設において核開発は実施していない旨を様々なレベルで繰り返し表明している。IAEA調査団には、空爆された跡地への立ち入りを認めたが、IAEAの要求するシリア国内の他の3施設への立ち入りは、これらが軍事施設であることを理由に拒否した。
IAEA調査団は、空爆された施設跡地から採取したサンプルを分析するとともに、7月以降、シリア政府当局に対し追加情報の提供を要請したが、同国からの返答は無く、9月理事会の時点では、サンプルについては未だ分析中としながら、その時点ではサンプルから核物質は検出されていない旨を事務局長が報告している。
【分 析】
イスラエルによる周辺国の原子力施設の破壊は、1981年6月にイラクのOsiraq原子炉を空爆した例がある。これは当時、イラクがフランスの技術に基づき建設中のOsiraq原子炉(高濃縮ウランを燃料とし、プルトニウム生産が可能な研究炉)に対して、イスラエル軍機が攻撃を加えたものである。この空爆の直後、イスラエルのベギン首相は「今回の攻撃は将来の全てのイスラエル政府にとっての前例となるだろう。将来の全てのイスラエル首相は、私と同じような環境に置かれれば同じように行動するだろう」と発言しており、将来にわたりイスラエル政府は周辺国の核兵器開発を阻止するためには軍事行動を取る用意がある旨言及している。従って今回、シリアの核開発情報をイスラエルが入手したのだとすれば、これまでのイスラエル首脳の発言からは、同国が当該施設の攻撃をためらう理由が見つからない。
上記のイラクのOsiraq原子炉の空爆と今回のシリアのAl-Kibar 施設攻撃は、施設が稼働する前の時期を狙って空から攻撃を加えていること、航空機を視認しづらい時間帯を攻撃時間に選んでいる等、軍事行動における共通する点は多い。しかし、上記のイラクの攻撃の際にはイスラエル政府による攻撃後の説明が実施されたが、今回は何れの関係者からも特段の説明は実施されないままであった。
2008年4月に米国政府により、初めて同施設において研究炉の建設が進んでいた旨が公式に説明※されたが、シリア政府は同施設が軍事施設ではあるが、原子力施設では無い旨を繰り返し表明し、微量のウランが検出されたとしてもそれはイスラエルの爆弾に含まれていたものである旨主張していることから、現在のところ何れの主張が正しいのか断定することが出来ない状況にある(※この説明の中では、同施設の研究炉は北朝鮮のヨンビョンの原子力センターにある原子炉に類似していることから、この原子炉の建設にあたり北朝鮮が支援を行った旨併せて指摘されている。)。
なお、イスラエルの攻撃後により破壊された施設の残存部分は、その後、シリアにより施設の痕跡が残らないように破壊、撤去されている旨、併せて上記米国政府の説明の中で報告されている。
この問題は、前記のような背景を持つため、次回のIAEA理事会(11月27日及び28日)に提出されるIAEA調査団による現地調査報告書の内容に関心が高まっている。もし、報道で述べられているように、施設周辺の環境調査において採取したサンプル分析の結果、ウランが検出され、それが研究炉に用いられる物質であることが確認された場合には、米国が示したように同施設が研究炉であるとの確定はそれほど難しくないと思われる。この場合、これまでシリアが主張してきたAl-Kibar 施設は原子力施設では旨の主張が崩れることとなり、国際社会から追い詰められることとなる。さらに、シリアは保障措置協定に基づき、新規の原子力施設については、核物質が搬入される前の出来る限り早い時期にその施設の設計情報をIAEAに提供することが義務づけられていることから、協定違反が問われることとなり、国際社会から非難を受けることとなる。
他方、サンプルの分析結果では、それが研究炉に用いられる物質とは確認できない場合も考えられる。これは、サンプルが微量であること、またAl-Kibar施設が未だ稼働しておらず且つ燃料が装荷されていない状態であることから、ウランの検出は可能であっても、それが研究炉に用いるウランとは確定できない場合などである。この場合、同施設の性格が未だ確定できないことから、それを確定するための措置、具体的にはシリアに対するIAEAへの追加情報提供要請、またはIAEA調査団による、追加現地調査実施の有無といった措置の取り扱いが、IAEA理事会において議論されることとなると思われる。
冒頭述べた1981年のイスラエル軍機によるイラクのOsiraq原子炉の空爆の際には、米国がイスラエルに対する軍用機の輸出を延期し、国連やIAEAにおいてイスラエルの行為を非難する発言が相次ぎ、国連総会による非難決議が採択される等、国際社会の関心は攻撃を加えた側であるイスラエルにあったが、今回のケースでは、国際社会の関心は攻撃を受けたシリアの施設が原子力施設か否かに集まっている。
これは、イスラエルがイラクに対して空爆を実施した1981年当時の状況と現在の状況を比較すれば、その後に発生したインドによる二回目の核実験、パキスタン及び北朝鮮による最初の核実験、カーン博士による核の闇市場問題及び9.11同時多発テロ事件といった核拡散を巡る諸問題が発生した結果、世界の世論が核拡散問題に対して非常に神経質になっていること等が原因であると思われる。
今後、IAEA理事会での検討が進展し、今回の破壊されたAl-Kibar 施設の概要が明らかになってくれば、国際社会の動向も現在のものから変化を見せるかもしれないが、何れにしろ、これまでに今回の空爆を巡り国際社会が見せている反応と、27年前にイスラエルがイラクの研究炉を空爆した際に見せた国際社会の反応とは大きな変化があり、この反応の違いは興味深い。
なお、本問題については、IAEA理事会後の状況を含め、引き続きフォローを行っていきたい。
<参考情報>
★シリアの保障措置協定の状況
シリアは、1968年7月に核拡散防止条約(NPT)に署名、同年9月に批准を実施し、1992年5月にIAEAとの間で包括保障措置協定を締結しているが、追加議定書に対しては何らアクションを起こしていない。
【解説:政策調査室 和泉】