核不拡散ニュース No.0088 2008.05.09
<米露原子力平和利用協力協定の署名>
5月6日、米国のバーンズ駐露大使と露のキリエンコRosatom公社総裁は、米露原子力平和利用協力協定に署名した。本協定の内容は明らかにされていないが、米国務省のプレスリリースによれば、本協定は、両国に相当の利益をもたらすであろうと述べており、米露の企業による原子力の合弁事業の共同経営や、核物質、原子炉、主要な原子炉関連機器の商業取引を可能にすることによって、米国産業界に利益をもたらすであろうと述べている。また、「原子力と核不拡散に関する共同宣言」注1等の二国間プログラムやイニシアティブ、GNEPの下での両国の核不拡散協力を強化するものであるとしている。
本協定が発効するには、今後、両国議会でのプロセスを経る必要がある。米印原子力協力協定と異なり、米国議会における上下両院の合同承認決議は不要であるが、協定案を議会に提出後、90日間の継続した会期中に上下両院による合同不承認決議が可決された場合は、協定は発効しないこととなる。プレスリリースでは、ブッシュ大統領が、近い将来、協定案を議会に提出する予定である旨が述べられている。
また、ホワイトハウスも、5月6日の声明により、米露原子力協力協定が署名されたことに歓迎の意を示すとともに、同日、原子力法第123条bに基づく協定の履行は、米国の防衛と安全保障を促進するものであり、これらに不合理なリスクをもたらすものではないとする5月5日の大統領決定を公表した。
米露原子力平和利用協力協定は、2006年7月17日に交渉開始が合意され、2007年7月3日に仮署名が発表されたが、署名までに時間を要した背景として、ロシアのプーチン政権の政策一般、及び、イランのブシェール原子炉へのロシアの協力に関する米側、特に議会の懐疑的な姿勢をあげることができる。
米国は、クリントン政権以来、当初、イランのブシェール原子炉へのロシアの協力を問題視していたが、ロシアが三度にわたる国連安保理による制裁決議に賛成したことなどから、本問題に関する態度を軟化させている。今回、本協定の署名に応じた要因の一つとして、5月5日、ロシアが大統領命令によりイランに対する経済制裁を発動させたことがあるのではないかと推測される。
2007年9月25日には、イラン拡散対抗法案(Iran Counterproliferation Act)(H.R1400)注2が下院を通過しているが、同法案は、イランの原子力計画を支援している国、又はイランに対し先進的な通常兵器・ミサイルを移転している国(即ちロシア(名指し)及びこれらに該当するその他の国)と米国の間の原子力協力協定の締結を禁止する条項が含まれており、本法案が発効した場合、大統領が以下の2点を認定しない限り、ロシアとの協定締結は不可能となる。
1)イランが核爆発装置、関連物質、技術の設計、開発、取得に関する活動を止めたこと
2)当該国が、イランに対する原子力計画の支援、先進的な通常兵器・ミサイルの移転を止め今後も行わないと約束したこと
本法案が米国下院議会において圧倒的多数で可決されたこと(397対16)はイランの核開発及びロシアによるブシェール原子炉への支援に対する議会の懸念の大きさを示すものであるが、米国議会が90日以内に不承認決議を可決するほど、この問題に関して政権への対決姿勢を示すかどうかは不透明である。また、米中原子力協力協定と同様に、協定発効に何らかの条件をつける可能性も考えられないわけではない。更に、今秋、予定されている大統領選挙、議会選挙の影響で、議会の審議スケジュールがはっきりしていないことも、先の見通しを難しくしている。
また、米印原子力協力の場合と異なり、当面、米国側にとっての原子力ビジネスの観点からのメリットは薄く、その意味での米国議会に対する原子力産業界のロビー活動は考えにくい。
本協定の内容は明らかにされていないが、米原子力法第123条に規定した要件を満たしたものとされており、米国が他の核兵器国との間で締結している原子力協力協定と同様の条項を含むものと考えられる。
プレスリリースで述べられているように、本協定が発効すれば、両国間の原子力資機材の取引が可能となる。ロシアは、近年、国際原子力市場での存在感を増しており、本協定の締結により、ロシアの原子力産業による米国市場への参入を見込んでいるものと考えられる。一方、報道等では、ロシアが計画する国際ウラン濃縮センターへの米国企業の参加という観点からの本協定の意義も指摘されているが、どのような形態での参加が想定されているかについては必ずしも明らかではない。我が国にとっての本協定の意義として、日本の電力会社が英仏両国に保有する米国起源の回収ウランを露で再濃縮することを可能にするという点があげられる。米-EURATOM原子力協力協定では、協定対象物の第三国移転に関し、米国と当該第三国の間で原子力協力協定が締結されていることが必要であるとされていることによるものである。
注1) Declaration on Nuclear Energy and Nonproliferation: Joint Actionsホワイトハウスプレスリリース 2007年7月3日
注2)イランの核計画を支援している国、または最新の通常兵器やミサイルをイランに移転している国との民生原子力協力を禁ずるもの。
(参考)
【解説:政策調査室 山村・大塚】