核不拡散ニュース No.0058 2007.06.29
<北朝鮮動向:ヒル国務次官補の訪朝>
6月21日、ヒル米国務次官補が北朝鮮の招請を受け訪朝した。米国政府高官としては2002年10月のケリー元国務次官補以来、約5年ぶりの訪朝となる。ヒル次官補は21日から22日にかけて、金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官及び新しく就任した朴義春(パク・ウィチュン)外相と会談し、2月13日合意によって初期段階措置として定められた核施設の運転停止・封印の履行及びIAEA査察官の受入れに関する北朝鮮の意思を確認し、早期に六者会合を開催することを目指すことで北朝鮮側と一致した。
初期段階措置実施前に訪朝した理由として、ヒル次官補は、六者合意に関する双方のコミットメントを再確認することで、合意事項履行に向けた弾み(momentum)をつけるものだと説明した。さらに、米国務省のマコーマック報道官は、双方のコミットメントを確認する以上に、今回の訪朝を通して米国が朝鮮半島非核化を含む2005年9月合意における約束履行の誠意(goodwill)を示したことに意義があるとの認識を示し、北朝鮮の非核化に対する意思が試される環境が整ったとの見解を示した。
また、ナン=ルーガー協調的脅威削減計画(CTR Program)注1に則り、北朝鮮がカーン博士のネットワークから調達したとされるウラン濃縮に用いる遠心分離機を米国が購入することを検討しているとの憶測報道に関しては、同報道官は、将来の選択肢としての可能性は否定しないまでも、現段階で語るのは時期尚早であるとの見解を示した上で、今回の訪朝は「ほうび」ではなく外交の一環としての「対話」であることを強調した。
今回のヒル次官補の訪朝に対しては批判的な意見も多く、訪朝によって「米国は核問題での進展を図るためには北朝鮮の要求に応じる」との誤ったメッセージを北朝鮮に送る危険があるとの指摘がある。北朝鮮は、ヒル次官補の訪朝について、「今後の金融取引における協力関係を後押しする方法を話し合った」(北朝鮮外務省スポークスマン)と金融面での協議を強調しており、今後の非核化のプロセスの過程において、米国の対敵取引禁止法注2の適用解除などを要求する可能性が懸念される。その一方で、今回の米国による訪朝は、北朝鮮核問題解決に向けた目標を示した2005年9月の共同声明にある「約束対約束、行動対行動」の原則に準じたジェスチャーと言え、必然的に北朝鮮の次なる行動が厳しく評価されることを示唆するものとも言える。
仮に、今回の米国による訪朝の意義に関し、米朝それぞれが異なるメッセージとして認識する場合、次なる措置としての「核施設の無能力化」及び「全ての核計画の申告」の内容の具体化、履行、履行にあたる行動の評価といったあらゆる局面において米朝が対立することが予想される。まずは、今回のヒル次官補による訪朝の影響を踏まえ、北朝鮮の初期段階措置の履行と次の段階に向けた取組が大いに注目される。
注1)ナン=ルーガー協調的脅威削減計画(Cooperative Threat Reduction Program:CTR Program) 旧ソ連の崩壊に伴い懸念された旧ソ連が保有する大量破壊兵器関連物質・技術の管理を改善し大量破壊兵器に関連するインフラの安全な解体を支援することを目的とした計画である。米ソ・米露軍備管理を主眼に置くナン=ルーガー法(1991年成立)を基に発展した。
注2)対敵取引禁止法(Trading With The Enemy Act: TWEA) 1917年に制定された米国の法律で、敵国及び敵国同盟国による金及び銀の取引、資産の取引、既得権を規制する法律である。北朝鮮に対しては、1950年の朝鮮戦争の勃発に伴い北朝鮮を「南への侵略者」とした安保理決議82に基づき、同年12月に適用し、米国民に北朝鮮との経済交流を禁止してきた。
(情報ソース)
- 米国務省ホームページ、プレスリリース6月21日、6月22日
- ニューヨーク・タイムズ紙電子版、"U.S. to Hold Direct Talks in North Korea on Arms,"6月21日
- 日本経済新聞6月23日
- Korean Central News Agency of DPRK,"Foreign Ministry Spokesman on DPRK Visit by U.S.
- Assistant Secretary of State,"6月23日
<北朝鮮動向:IAEA代表団の訪朝>
6月26日、ハイノネン事務次長率いるIAEA代表団は、2月13日合意で示された寧辺の核施設の運転停止の監視・検認及び査察について北朝鮮側と協議するため、平壌入りした。28日から29日にかけて、寧辺の核施設を訪問する予定となっている。北朝鮮が1994年の米朝枠組合意の際にIAEAに認めた監視・検認の権限以上のものを今回は認めるのか、核施設の無能力化に向けた監視・検認に関する協議で建設的な姿勢を示すのか、非核化に向けた北朝鮮の取組みを評価する一つの試金石となるだろう。
(情報ソース)
- 日本経済新聞6月28日
【報告:政策調査室 濱田】
<イラン動向:IAEAとイランが未解決な問題の解決に向けた行動計画の策定で合意>
6月21日、エルバラダイIAEA事務局長とアリ・ラリジャニ・イラン最高安全保障委員会事務局長は、IAEAウィーン本部にて会談し、イランの原子力計画における「未解決な問題」(解説参照)を扱うための行動計画案の作成を開始するとの声明を発表した。また、ラリジャニ事務局長は25日にも再度エルバラダイIAEA事務局長と会談し、行動計画策定のための作業チームの派遣を招請し、IAEAは早期にチームを派遣する方向で準備を進める意向を示した。
(情報ソース)
- IAEAホームページNewsCenter,"IAEA and IranAgreet on Draft"Work Plan"to Address Nuclear Stand-Off,"6月22日
- ワシントンポスト紙、6月22日、"IAEA and Iran agreetodraw up action plan,"
「未解決な問題」とは、以下のとおりであり、これらについてIAEAは再三イランに対してさらなる説明や資料の提出を求めている。
- テヘラン核研究センター所属物理研究所、ウラン濃縮試験施設(PFEP)及びカラジ放射性廃棄物貯蔵施設で検出された低・高濃縮ウランの出所
- P-1及びP-2遠心分離機技術の取得情報
- 金属ウランへの転換工程等に関する技術情報等
遠心分離機に関して、イランは、カーン博士のネットワークを介してP-1及びP-2遠心分離機の技術を入手したことを、IAEAに報告しており、また、カーン博士のネットワーク以外のルートからも遠心分離機関連資機材を調達したことも認めている。しかし、その調達先に関しては、十分な説明を行っていない。また、カーン博士のネットワークとの関わりについての情報も、イランのIAEAへの説明は同ネットワーク関係者の説明と異なり、裏付けがない。さらに、イランによるウラン濃縮関連資機材の調達内容も詳細が明らかにされておらず、どのような技術・資機材を取得したかが不明なため、イランの原子力開発の意図について、懸念材料となっている。IAEAは、イランの原子力計画の範囲と本質(scope and nature)には不明な点が多く残されていることを指摘し、「未解決な問題」を解決することをイランに求め、イランはこれまで幾度かIAEAの疑問に答える意思を示してきたものの、十分な回答はなされなかった。
しかし、今回、初めて、未解決問題の解決に向けてIAEAと共に行動計画を策定することを決断した。今回のエルバラダイIAEA事務局長との合意が、欧州連合(EU)のソラナ共通外交・安全保障上級代表との会談の前日になされたこと、また、米英露仏独中の六カ国がイランとEUとの協議を睨みながら国連安保理による対イラン追加制裁決議(1747)に即したさらなる制裁決議案を協議する段階にあることなどを背景に、イランによるIAEAとの行動計画策定合意は、追加制裁を回避するための政治的ジェスチャーであるとの見方も強い。また、行動計画の策定には2ヶ月間を要することが想定されていることから、実際に未解決問題の解決への行動が取られるまでには少なくとも3ヶ月近い猶予が与えられることになり、イランの時間稼ぎであるとの印象は拭えない。
報道によると、イランが圧力によるウラン濃縮停止には応じない姿勢を堅持する中、EUのソラナ代表はイランの面子を保つ形でのウラン濃縮問題の解決を模索している。今回の合意に基づく「未解決な問題」の解決に向けたイランの行動が、今後のウラン濃縮の権利に関する議論の踏み台(もしくは試金石)となることは確実と言えよう。
【報告:政策調査室 濱田】