核不拡散ニュース No.0021 2006.07.13
<北朝鮮ミサイル発射−ミサイル発射直後の六者会合関係各国の反応−>
経過
北朝鮮は、7月5日未明(3時32分)から朝(8時17分)にかけて、6発のミサイルを発射した。ミサイルはいずれも日本の国土から500〜700キロ離れた日本海に落下した。内、6発中3発目はテポドン2で、北朝鮮北東部の舞水端里(ムスダンリ)の発射基地から発射され、新潟県の北北西約500キロの海上に着弾した。他の5発は北朝鮮南東部の旗対嶺(キッテリョン)付近から発射されたスカッド(射程1,300キロ)およびノドン(射程3,000〜5,000キロ)と見られ、新潟県の北西約数百キロの海上に着弾した。5日未明から朝にかけての5発のスカッドおよびノドンミサイルの飛翔時間はいずれも約6分、飛翔距離は300〜400キロと推定される。3発目に発射されたテポドン2は、北朝鮮の保有するミサイルの中で最も発達したもので、その潜在的な射程距離は3,500〜6,000キロとされており、アメリカアラスカ州にも到達する可能性があると推定されている。しかし、5日の発射では発射後42秒後に着弾(墜落)したと見られ、アメリカをはじめとする欧米メディアはテポドン2の発射が失敗したと報じた。さらに同日午後5時20分、北朝鮮は7発目のミサイルを発射した。先に発射された5発のミサイルと同様に北朝鮮南東部から発射され、10分後日本海に着弾した。
日本の反応
政府は、午前7時半から小泉首相を議長とする安全保障会議において対応の検討を始め、午前8時過ぎ、安部官房長官は、北朝鮮のミサイル発射がミサイル発射の凍結を定めた日朝平壌宣言に違反するとして、北朝鮮に抗議する声明を発し、日本国として厳しい措置で望む姿勢を示した。さらに、政府は北朝鮮に対する経済制裁を発動し、
- 特定船舶入港禁止法を発動し、万景峰号の入港を半年間禁止し、同日朝新潟西港に入港予定だった同号の岸壁使用許可を取り消す、(同号に乗船していた北朝鮮への修学旅行帰りの在日朝鮮人の下船だけが認められた。)
- 北朝鮮当局職員の入国を拒否する、
- 国家公務員の渡航を原則見合わせる、
- 北朝鮮への渡航自粛を要請する、
- 日朝間の航空チャーター便の乗り入れを禁止する、
- 北朝鮮に対するミサイル、核兵器などの拡散に対抗する輸出管理措置を厳重にする、
- 北朝鮮の不法行為に対する厳格な法執行を引き続き実施、他12項目に及ぶ当面の措置を決定した。改正外為法による送金停止などに関しては、関係国との協力が実現しない限り効果が期待できないとして、北朝鮮の動向を見極め、各国との協力を模索する方向で進めることにした。また、大島賢三国連大使は、北朝鮮ミサイル発射問題を5日朝(日本時間同日夜)の安保理協議で最初の議題として取り上げるよう、国連安保理7月の議長国のフランスのドラサブリエール国連大使に緊急協議開催を要請した。安保理に付託し、北朝鮮を非難する決議の採択を目指すと見られる。
各国の反応
◆アメリカ◆
ホワイトハウスは、ミサイル発射を受けて、北朝鮮に抗議する声明を出した。ブッシュ大統領は、ミサイル発射を受けて、ライス国務長官、ラムズフェルド国防長官、ハドリー米大統領補佐官(国家安全保障担当)らと個別に協議し、六者会合アメリカ代表であるヒル国務次官補を協議のため日中韓3カ国に派遣することを決めた。ライス国務長官は、六者会合関係国と電話での会談を行い、国連安保理に付託することについて協議し、ボルトン国連大使も緊急に安保理メンバー国との協議を進めた。
北朝鮮のミサイル発射がアメリカの独立記念日に行われ、さらに時刻がスペースシャトル「ディスカバリー」の打ち上げとも相前後していたことから、アメリカ政府内には、北朝鮮が意図的にアメリカの記念日に合わせ、アメリカに交渉を迫るために挑発したという見方がある。そのため、アメリカ政府はこのような北朝鮮の挑発的な態度には毅然として対処するという姿勢を強めている。ハドリー大統領補佐官は、北朝鮮の行動を「挑発的」であると非難する一方で、ミサイル発射はアメリカに対して「差し迫った脅威を与えなかった」と発言。また、ブッシュ大統領も関係者との協議を終えると、独立記念日の花火や彼の60歳の誕生日パーティーなどの予定を続行させるなど、北朝鮮の挑発に動じない姿勢を示した。
ブッシュ政権内では、昨年9月のマカオの銀行に対する金融制裁や10月の北朝鮮の大量破壊兵器拡散防止のためとする同国企業への制裁などの効果を高く評価する意見が強く、政権内の強硬派に北朝鮮政策の主導権が移りつつある。そのような状況において、今回の北朝鮮のミサイル発射がアメリカをも標的にする可能性を示唆されているテポドン2を含み、しかも挑発的な形で行われたことで、ブッシュ政権はますます強硬路線に傾くのではないかと指摘されている。
◆韓国◆
韓国政府も、北朝鮮のミサイル発射を受けて、国家安全保障会議(NSC)常任委員会を開き、対抗措置を協議した。協議終了後の8時40分過ぎ、青瓦台(大統領官邸)の徐柱錫(ソジュンソク)統一外交安保政策主席が会見を開き、北朝鮮のミサイル発射に対する「深刻な遺憾」を表明し、韓国のこれまでの対北朝鮮支援を見直す可能性も示唆した。
対抗措置に関しては、6月21日に季鍾ソク(イ・ジョンソク)統一相は、北朝鮮がミサイルを発射した際は、韓国は「何も起こらなかったふりをするつもりはない」として米や肥料支援を中断することに言及したが、その一方で韓国政府は、南北対話の基本路線を維持し、開城工業団地などにおける南北共同事業を継続したいという意向も示している。しかし、北朝鮮のミサイルをめぐる緊張が高まると韓国が宥和政策を維持することに伴う政治的リスクも高まることが予想され、韓国政府は難しい対応を迫られると見られる。
◆中国◆
中国は当初、北朝鮮のミサイル発射に対して、「現時点では何も言うことはない」としてコメントを控える一方で、国営新華社通信は日本やアメリカの報道を引用し事態の推移を注意深く見守っていた。しかし、5日午前、中国共産党の季軍・対外連絡部2局長は訪中中であった小沢民主党代表に対し、北朝鮮のミサイル発射を「遺憾」だと表明。さらに、同日夜になって、中国外交部は、広報担当者を通して、関係国に自制を促す発言をウェブ上に公開した。
中国の温家宝首相は、6月29日、北朝鮮が「事態を悪化させる措置を取らないように期待する」と発言し、また同月27日には、李肇星外相が藩基文(バンギムン)外交通商相との会談で北朝鮮に懸念を伝えたことを明らかにしたが、中国政府は今回の北朝鮮のミサイル発射がこのような中国の再三にわたる自制の求めを「無視」して行われたことに苛立ちを強め、苦慮していると見られる。
中国は、昨年11月以降中断している六者会合の非公式会合を7月半ばに開催することを目指してきた。それに伴い、六者会合の武大偉外務次官は11日に訪朝を予定していたが、北朝鮮のミサイル発射を受けて予定を前倒しして10日訪朝し、北朝鮮との協議を行っている。
◆ロシア◆
ロシアは、ミサイル発射を受けて、「地域における信頼醸成に反する」という声明を出した以外では、目立った発言はない。(5日深夜現在)
安保理決議をめぐる動き
日本時間5日深夜に開催された安保理緊急特別協議において、日本は北朝鮮が資金、物質、技術が北朝鮮のミサイルプログラムに活用されないように差し押さえることを国々に求める決議案を作成し、アメリカ、イギリス、フランスも支持した。しかし、ロシア・中国は決議案草案という形での提示には懸念を示し、制裁には反対し、拘束力のない議長声明のほうが好ましいとした。
(情報ソース)
- 読売新聞7月5日
- 毎日新聞 7月5日
- 朝日新聞 7月5日
- ABC 7月5日
- BBC 7月5日
- CNN 7月5日
- ワシントン・ポスト7月4日、5日
- フランス通信 7月5日
- 新華社通信 7月5日
<英、次なる核兵器開発で議論>
英国では、2024年に更新を迎えるトライデント戦略核ミサイルシステム(潜水艦発射核弾道ミサイル)の後継となる核兵器開発を巡る議論が本格化してきた。現在、英国は戦略原潜を核抑止力の柱としているが、2010年頃までに、次世代核兵器の開発の是非を決定する必要がある。6月末、次期首相候補であるブラウン財務相が、テロとの闘いと英独自の核抑止力の維持の観点から開発支持を表明。これに対し、下院の防衛委員会は、冷戦終結で核の脅威は減り、テロとの闘いで核抑止力を疑問とする報告書を公表。ブレア首相は年内に政府の方針を固める考えを示した。
(情報ソース)
- 7月2日 産経新聞、Reuters June 29
英国は現在、NPTで定められた核兵器保有国の中で最少である200発前後の核弾頭を保持し「最小限抑止」の考え方をとっている。
冷戦が終結し、戦略核の必要性が薄れたとされる状況下で、英国が独自の核抑止力の柱としてきた、トライデント戦略核ミサイルシステムの後継となる核兵器開発をどうするのか、英国の動向が注目される。英国の独立系研究グループ「Oxford ResearchGroup」も、トライデントの将来は英国の安全保障を決める重要な政策の一つになる、としている注1。
英国にとり、後継核兵器開発には、巨額の開発費、核抑止力の意義、国際社会での影響力維持等の検討が必要となる。仮に核開発を中止するのであれば、小型核開発に関心を寄せる米露、核開発を目指す北朝鮮、イランに対し、核兵器保有国としてモラルのある政策を英国は決断することを意味するという面もありえよう。
(参考情報)
トライデントとは米国のローキードマーチン社が開発した潜水艦発射弾道ミサイルのことである。英国は、4隻の原子力潜水艦を就役させ、各原潜は、国産核弾頭を装荷したトライデントⅡ(またはトライデントD5と呼ばれる)ミサイル16基を搭載し、このうち1隻が常時海洋を巡回する任務に就いている。トライデントⅡのスペックは全長13.41m、直径2.11m、射程12,000km、最大速度29,030km/h、重量58,500kg、最大積載量2,800kg注2。
北朝鮮は7月5日の早朝3時32分からミサイルの連射を始めた。3発目のテポドン−2(推定射程3500〜6000km)米国のアラスカ、ハワイが射程圏内に入ると推定)は発射後40秒後に制御を失い海中に没し技術的には成功とは言えないが、政治的には大きな影響を与えた。残りの6発は、スカッドとノドン(推定射程2300km。日本を射程圏内に収める)と言われ、ノドンは1993年5月以来の2度目の試射であり、それが全て打上げ成功したことの軍事的な意味は少なくない。またスカッドも射程を500kmまで長く伸ばしたと言われる。
北朝鮮のミサイル発射は、米国の独立記念日(7/4)とスペース・シャトルの打上げ(7/4)に符合しており、北朝鮮の狙いは、世界の特に米国の注目を惹き、米朝直接対話の場に引き出すことにあるとみられる。昨年9月、米国がマカオの銀行(Banco Delta Asia)に対する取引停止措置を取ったことが、北朝鮮の金融資産を凍結する効果を生み、これが北朝鮮の特殊工作活動(ミサイル、紙幣偽造、麻薬等)を通じる外貨獲得に対する大きな制約となり、金融制裁としてかなり効いてきているとされている。一例として、昨年の労働党結成記念日や本年の金正日誕生日には、恒例の金正日総書記からの軍や労働党の幹部への下賜品は大幅にレヴェルダウンしたと伝えられている。
米国の金融制裁によりこのような事態が続くのでは、金正日の威信の低下を招きかねない。このミサイル連射で、北朝鮮は、米国そして日本から、金融制裁の打開に向けて何らかの譲歩を得ようと瀬戸際外交を試みているものとみられる。北朝鮮としては、ミサイル連射でとりあえずは、米朝直接対話に持ち込みたいところであるが、その可能性は非常に低いであろう。
日本は、5日には国連安保理に国連憲章7章に基づく日本単独の制裁決議案を提出したが、拒否権を持つ中国、ロシアが強く反対している。1998年のテポドン-1発射においても、国連安保理ではミサイル発射を遺憾とするプレス声明草案を採択しており、今回も、中露は、少なくとも拘束力のある7章決議は避けたいと望んでいるようである。米国側としても、対北朝鮮政策としてはこれといった決め手がないが、キッシンジャー元国務長官は、北朝鮮対策には冷戦時代の封じ込め政策しかないであろうとの意見を出している。
北朝鮮は、ミサイル連射のように意表を突く手段で世界を驚かす瀬戸際外交に訴えるほかないが、北朝鮮をめぐる情勢は基本的には膠着状態が続くと思われる。しかし、ミサイル連射に関して日本国内での反発は非常に大きく、北朝鮮への金融・貿易制裁などに進む可能性が高い。但し、北朝鮮の経済を支える中国、韓国の経済支援、経済交流が続く限りは、日本が単独で経済制裁を行っても効果は限定的であろう。北朝鮮は、ミサイル連射のように意表を突く手段で世界を驚かす瀬戸際外交に訴えるほかないが、北朝鮮をめぐる情勢は基本的には膠着状態が続くと思われる。しかし、ミサイル連射に関して日本国内での反発は非常に大きく、北朝鮮への金融・貿易制裁などに進む可能性が高い。但し、北朝鮮の経済を支える中国、韓国の経済支援、経済交流が続く限りは、日本が単独で経済制裁を行っても効果は限定的であろう。
【報告:政策調査室 高橋】
今回の北朝鮮のミサイル発射は、国際法的な視点からは、次の2点で問題があると考えられる。
今回の北朝鮮の弾道ミサイル連射は、国際社会に何の事前通告も行なわれなかった。現在の国際法には、弾道ミサイルの発射を規制する明確な規定はない。しかし、公海といえども好き勝手に利用が許される訳ではなく、その利用は、国際法等に則り、一定の秩序にしたがって行なわれる必要がある。国連海洋法条約では、「公海は全ての国に開放され、公海の自由は、この条約及び国際法の他の規則に定める条件に従って行使される」とあり、「公海の自由には、特にa.航行の自由、b.上空飛行の自由等が含まれる(87条)」と定められている。また「公海は、平和目的のために利用されるものとする(88条)」とも定められている。国連海洋法条約をベースに、船舶・航空機の安全航行等を目的として、国際民間航空条約、国際海事関連条約があるが、今回の北朝鮮のミサイル連射は、国連海洋法条約などの精神に反している。
北朝鮮は、これまでミサイル発射モラトリアムを、繰り返し表明してきており、特に日朝平壌宣言には違反している疑いが強い。
(情報ソース)
【注:北朝鮮制裁決議案(骨子)】
【解説:政策調査室 小鍛冶】