保障措置分析化学研究グループ

研究内容

概要

核物質が平和目的だけに利用され、核兵器等に転用されないことを担保するための活動を「保障措置」といいます。

核物質を扱うことができる施設において「IAEAに未申告かつ秘密裡の原子力活動が実施されていないか、または未確認・未申告の核物質を保有していないか」を知ることは非常に重要です。

その把握のために、保障措置に関する国連の実施機関である国際原子力機関(IAEA)は、核物質を保有している施設に立ち入り査察を実施しています。
この「査察」では、IAEAから派遣された検査官が関係書類を確認するだけでなく、関連施設の床や壁などに付着している極微量の核物質を、ちりやほこりなどとともに布で拭き取り、採取します。得られたこの「環境試料」に付着している核物質を分析することで、未申告の原子力活動や核物質の保有を検知できます。

日本原子力研究開発機構(JAEA)は、クリーンルームを有する高度環境分析研究棟(CLEAR)を擁しており、2003年1月にIAEAネットワーク分析所としての技術認定を受け、それ以降、約20年間にわたり環境試料の分析を実施しています。

保障措置分析化学研究グループでは、これまでに培ってきた化学分離を含む試料の処理技術と、高感度かつ高分解能な質量分析装置を利用することにより、環境試料中の極微量な核物質(ウラン:10-9g、プルトニウム:10-15g)の同位体組成を効率的かつ正確に分析してきました。

また、国やIAEAへの技術的支援の一環として、保障措置技術に必要な環境試料中のプルトニウム粒子、ウランとプルトニウムが混在する粒子の同位体分析法や、それらの粒子及び高濃縮ウラン粒子中のプルトニウム及びウランの精製時期推定法を開発してきました。

現在、粒子の性状分析技術、顕微レーザーラマン分光法を用いたウラン粒子の化学状態分析法を開発しています。このように、核物質を含む粒子の性状分析や精製時期の推定法など、新たな分析手法の開発につながる研究や技術開発を継続しています。

核物質粒子の精製時期推定法

核物質の精製時期に関する情報は、施設の原子力活動を理解するうえで重要です。核物質粒子中のウランやプルトニウム(親核種)は、固有の半減期に従って壊変し、その子核種が粒子内に徐々に蓄積していきます。

使用する親子

プルトニウムの場合

241Pu
半減期14.29年

ベータ
壊変

241Am
半減期432.6年

ウランの場合

234U
半減期24.6万年

アルファ
壊変

230Th
半減期7.54年

よって、測定可能な親核種と子核種を選び、両核種の個数比(原子数比)を正確に測定することで、核物質が原材料から【いつ】精製されたのかを推定することができます。

核物質は【いつ】精製されたのか?
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親核種は、固有の半減期に従って壊変(減少)し、子核種が蓄積(増加)する

【親】と【子】の比率を知ることで核物質がいつ精製されたかが分かる!

ここでは、1粒の微小核物質粒子に対する精製時期の推定を可能にする分析技術、241Am/241Pu比によるプルトニウム粒子及びウランとプルトニウムが混在する粒子の精製時期推定法と230Th/234U比による高濃縮ウラン粒子精製時期推定法について紹介します。

単一核物質粒子の同位体分析を可能にする粒子分離技術の開発

試料中には起源が異なる粒子が混在しているため、分析する粒子を試料から1粒ずつ拾い上げて個別に分析する必要があります。我々は、走査型電子顕微鏡内に金でコーティングしたガラス製の細い針を装備して静電気により粒子が弾き飛ばされない工夫を施し、この針で粒子を個別に拾い上げる技術を開発しました。この技術によって粒子1個を分析することが可能になりました。

粒子の拾い上げ
走査型電子顕微鏡
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粒子拾い出し操作時画像
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ウラン粒子
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粒子1個の
分析が可能

プルトニウム粒子及びウランとプルトニウムが混在する粒子の精製時期推定法

我々は、1粒のプルトニウム粒子から、プルトニウム精製時期を推定する手法を確立しました。241Puは一定の割合(半減期14.35年)で241Amに壊変することから、現在の241Am/241Pu比を測定し、半減期を基に粒子中に241Amが生成し始める直前の時期を計算することで、Puが化学的に精製された時期を知ることが可能です。

しかし、241Amと241Puは同じ質量数(同重体)であるため、ICP-MSなどの質量分析法では両者を見分けることができません。そのため、241Amと241Puを化学的に分離した後に各元素の原子個数比を正確かつ精度良く測定する必要があります。

我々は、粒子溶解液に243Amを添加し、図に示す手法で得られた同位体比を用いて、粒子中の241Am/241Pu比を求める方法を考案しました。本手法を精製日がわかっているプルトニウム粒子に適用すると、算出された精製日は、実際の精製日と不確かさの範囲内で一致しました。本手法によって1粒のプルトニウム粒子から正確な精製時期を推定できるようになりました。

ポイント
  • 粒子溶解液に243Amを添加し、分析を実施
  • ICP-MSにより取得した243Am/239Pu比、241Am/243Am比、241Pu/239Pu比を用いて、粒子中241Am/241Pu比を式から算出し、精製日を推定
粒子中241Am/241Pu比
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分析の流れ
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イオン交換
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誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)
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精製日推定
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予想される精製日と不確かさの範囲内で一致。粒子1個の正確な生成時期推定を達成!

高濃縮ウラン粒子の精製時期推定法

我々は、10μm以下のウラン粒子1個に含まれるウラン同位体(234U)と、その放射壊変によって生成する234Thの原子個数比を正確に測定できる分析技術の開発に成功しました。

この手法では、分析するウラン粒子の溶解液に対して、233U標準溶液を添加しました。この233U標準溶液は化学的にウランを精製した時期が分かっており、放射壊変生成物として生成した229Thと233Uの混合比を計算で求めることができます。

この混合比が分かっている233U標準溶液を加えたウラン粒子の溶解液に対してThとUを化学分離してから、同位体比(230Th/229Th、234U/233U)をそれぞれICP-MSで測定し、測定によって取得した230Th/229Th、234U/233Uと標準溶液の229Th/233Uによって230Th/234Uを算出します。測定結果を元に推定した精製日は、実際の精製日と不確かさの範囲で一致しました。

これにより、標準物質の添加量や重量によらない正確な精製日の推定が可能になりました。

ポイント
  • 粒子溶解液に229Thと233Uの混合比既知の標準溶液を添加し、分析を実施
  • ICP-MS測定により取得した230Th/229Th比、234U/233U比、及び標準溶液の229Th/233U比を用いて、粒子中230Th/234U比を式から算出し、精製日を推定
230Th/234U比の算出
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分析の流れ
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イオン交換
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精製日推定
高濃縮ウラン粒子1個を用いた精製時期推定結果の例 出典:原子力機構の研究開発成果2021-22、p.39
試料番号 粒径(μm) 230Th/234U原子個数比(×10-4 推定精製経過年(年) 実際の精製経過年からのずれ(年)
1 9 1.60±0.37 57±33 3.6
2 8 1.72±0.43 60±36 2.0
3 9 1.94±0.75 68±63 -6.2

予想される精製日と不確かさの範囲内で一致。粒子1個の正確な生成時期推定を達成!

粒子の性状分析技術

走査型電子顕微鏡による粒子の元素分析

我々は、環境試料に含まれるウラン粒子を走査型電子顕微鏡で観察し、その形状やウラン以外に含まれている元素の種類を分析する技術の開発を行っています。単一のウラン粒子の中にも様々な元素が含まれており、それら元素の特定や粒子内での分布を調べることで粒子が採取された施設の原子力活動の状況を推定することができます。

走査型電子顕微鏡
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粒子を観察

粒子の電子顕微鏡像
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①含まれる元素を分析
特性X線スペクトルによる粒子の元素分析
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②粒子内の元素の分布を分析
酸素
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フッ素
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ウラン
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①+②⇒粒子が採取された施設の原子力活動の状況などを推定する

顕微レーザーラマン分光法を用いたウラン粒子の化学状態分析

原子力活動に用いられるウランは、原子力施設における精錬・転換・濃縮の各工程を行う際、処理しやすくするため、ウランの異なる化学組成に変換されます。

試料が採取された施設における原子力活動の内容を推定するため、マイクロメートル(μm:10-6m)サイズの微粒子状ウランに対して、試料に前処理をすることなく、個別にウランの化学状態を調べる分析法を開発しています。

顕微ラマン分光光度計
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顕微ラマン分光光度計で測定中の様子
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二酸化ウラン(UO2)粒子
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八酸化三ウラン(U3O8)粒子
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ウラン粒子のラマンスペクトル
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