リスク評価・防災研究グループ

研究内容

研究課題

本研究グループでは、リスク情報を活用した安全規制を支援するために、福島第一原子力発電所(以下、1F)事故での教訓も踏まえて、リスク評価・管理手法を高度化することで、原子力防災における防護対策戦略の提案や汚染地域における住民の被ばく管理に資することを目標に以下の研究を進めています。

リスク情報を活用した安全規制への貢献
  • 安全目標、立地評価等に係る技術的基盤の提供
  • 実効的な地域防災計画を策定するための技術的支援
汚染地域における住民の線量評価と管理への貢献
  • 住民の被ばく線量を包括的に評価できる手法の開発
  • 社会的影響を考慮した防護措置の最適化

研究範囲

原子力発電所で事故が発生して放射性物質が環境中に放出される事態に発展した場合に、その周辺の住民は、主に放射性雲からのガンマ線や地表面に沈着した核種からのガンマ線による外部被ばくに加え、核種の吸入摂取や経口摂取による内部被ばくを受けます(図1)。

本研究グループでは、放射性物質の大気拡散解析手法や被ばく線量評価手法を基盤として、事故の影響を解析し、避難、屋内退避及び安定ヨウ素剤の服用などの防護措置に係る被ばく低減効果の評価技術を組み合わせた原子力防災における防護対策戦略の提案や、汚染地域における住民の被ばく管理に資することを目指しています。

図1 原子力災害時における代表的な被ばく経路
図1 原子力災害時における代表的な被ばく経路

原子力防災においては、原子力災害時の緊急時管理に係る時間推移を「計画段階」、「対応段階」、「復旧段階」に区分して研究が進められています(図2)。各区分においてはリスクの有無や程度が異なるために防護対策の目的が様々であり、それぞれの区分での目的に見合ったアプローチでの研究が必要となります。

図2 緊急時管理に係る時間推移の区分に応じた研究課題
図2 緊急時管理に係る時間推移の区分に応じた研究課題

研究内容

事故前の「計画段階」に係る研究内容

「計画段階」は事故が発生する以前の段階であり、技術的に想定される事故シナリオを網羅して、事故の影響の大きさに応じて防護対策を設定する必要があります。

そこで、本研究グループでは、原子力発電所の潜在的なリスクを包括的に評価するために、確率論的安全評価(PSA: Probabilistic Safety Assessment)コードOSCAARを開発しました。

OSCAARコードは、原子力発電所の事故解析で得られた核種の放出源情報(ソースターム)をもとに、大気拡散・沈着解析、被ばく評価及び防護措置解析に関する一連の評価・解析手法を統合した計算コードです(図3)。

多様な事故条件及び気象条件を考慮することで、事故の影響を幅広く網羅的に評価することができます。OSCAARコードは、被ばく線量や土壌汚染濃度の評価だけでなく、これらの情報と地域の人口データ及び経済データとを組み合わせることで、集団への健康影響や経済影響まで評価できるように整備された事故影響評価システムとなっています。

図3 OSCAARコードの概要
図3 OSCAARコードの概要

このOSCAARコードを用いて住民の被ばく線量および防護措置の被ばく低減効果を分析することで、原子炉施設の立地における公衆の安全確保に関する基本的考え方の妥当性や規制基準で要請する重大事故対策を想定した場合の防護措置の効果について検討し、リスク情報を活用した安全規制に貢献しています。

また、地域防災計画の策定においても、住民の安全を確保するために適切な実施範囲とタイミングを提案するなど、現実的で効果的な計画の策定を技術的に支援する研究を実施しています。

1F事故後には、環境中で観察された放射性物質の環境動態データをもとに線量評価モデル等の改善を進めるとともに、家屋等の除染の被ばく低減効果と必要経費の見直しを行い、OSCAARコードの高度化に着手しています。

さらに、1F事故後の教訓としても得られているように、事故後の「対応段階」に住民の安全を確実に守るためには、事故条件や気象条件の不確実さや急速に進展する事故の可能性を考慮して、現実に即した迅速な対応が必要となります。

このような対応を可能とするためには、「計画段階」において十分な準備を行っておく必要があり、その一環として、当研究グループの被ばく線量評価手法を応用して、環境測定の結果等から防護対策の必要の有無を判断できる運用上の介入レベル(OIL: Operational Intervention Level)を開発しています。

事故後の「対応段階」と「復旧段階」に係る研究

実際に事故が発生して「対応段階」になった場合には、環境中の放射線量率や個人の被ばく線量などの実測データが最重要な判断材料であり、それらを活用した防護対策に係る意思決定システムが必要となります。そこで、汚染に寄与している放射性核種の種類や組成を迅速に特定してより現実的な修正OILを導出し、航空機モニタリング等の環境モニタリングと連動させて、環境測定の結果にもとづく迅速意思決定システムの構築を開始しています。

また、原子炉の状態が安定して放射線量率が低く、住民が日常生活を通じて被ばくを受けるような「復旧段階」においては、第一に住民の被ばく状況を把握するために線量を評価する必要があり、その上で、経済的・社会的な観点も取り入れた管理を実施することが大切になってきます。そのため、まずは、現地の住民が日常生活を通じて受ける被ばく線量を評価するために必要な新しい線量評価手法の開発を進めています。日常生活を通じて人々が受ける被ばく線量は、汚染の程度の地域差や生活行動パターンの個人差によって住民一人ひとりに違いが生じます。このために、線量の評価には大きな不確実さが含まれることになります。そこで、これらの不確実さを評価に取り入れることのできる確率論的な線量評価手法を開発しました(図4)。

図4 汚染の地域差と生活習慣の個人差を取り入れた確率論的線量評価手法

今後は、確率論的評価手法で得られた被ばく線量の分布に関する情報に加えて、地域の人口や経済に関する情報を組み合わせて社会的影響の評価を進めながら、放射線防護に係る費用便益分析等の意思決定支援技術の開発を行い、経済的・社会的観点も考慮した最適な防護対策のあり方について分析を進めます。