2024年2月8日

スピン三重項超伝導体の電子対状態を解明
―超流動ヘリウム3と似た前例のない超伝導状態―

概要

京都大学大学院理学研究科の末次祥大 助教、下邨真輝 同修士課程学生(2023年3月卒業)、神村真志 同修士課程学生、浅場智也 特定准教授、笠原裕一 同准教授、幸坂祐生 同教授、栁瀬陽一 同教授、松田祐司 同教授、芳賀芳範 日本原子力研究開発機構原子力科学研究開発部門先端基礎研究センター研究主幹らの研究グループは、米国・コロラド大学ボルダー校と共同で、スピン三重項超伝導体の候補物質であるウラン系超伝導体UTe2における超伝導電子状態を世界で初めて明らかにしました。超伝導は2つの電子が対を組むことにより生じますが、本研究成果はUTe2の電子対状態がヘリウム3の超流動状態と類似した前例のないものであることを示したものです。この結果は、電子の量子力学的状態が非自明な位相幾何学的構造を有するトポロジカル超伝導の実現を支持する結果であり、結晶表面にマヨラナ準粒子と呼ばれる奇妙な粒子が現れることを示しています。この表面マヨラナ状態の制御法を開発することができれば、次世代量子コンピュータへの応用につながることが期待されます。

本研究成果は、2024年2月8日(日本時間)に米国の国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。

スピン三重項超伝導(左)とフルギャップ超伝導状態(右)

背景

1911年にカマリン・オンネスが発見した超伝導は電気抵抗が消失する自然界で最も劇的な現象の一つです。超伝導状態では二つの電子が対を組むことが知られていますが、ほとんどの場合これらの電子のスピン(注1)は互いに反対方向を向いたスピン一重項状態を取ります。一方、電子スピンの向きが同じ方向を向いたスピン三重項状態で対を組む超伝導はスピン三重項超伝導(図1左)と呼ばれます。スピン三重項超伝導体はトポロジカル超伝導(注2)を実現するため、次世代の量子コンピュータへの応用が可能であると期待されています。しかしながら、スピン三重項超伝導を実現する物質はほとんど知られておらず、その詳しい性質は謎に包まれていました。

このような背景の元、2019年にウラン化合物UTe2という新しい超伝導体が発見されました。この物質はスピン三重項超伝導に特有な性質を数多く示すことから、世界的に大きな注目を集めています。超伝導状態を解明するには、その基本的な性質を特徴づける超伝導波動関数(注3)の対称性を決定することが重要です。そのためには超伝導状態でフェルミ面(注4)上に現れる電子励起のエネルギーギャップ、すなわち超伝導ギャップ (図1右) (注5)を決定する必要があります。これまで数多くの実験が行われてきましたが、試料に内在する不純物の影響のために純粋な超伝導状態の性質を調べることが難しく、UTe2の超伝導ギャップの対称性について確証が得られていませんでした。

図1 (左)スピン三重項超伝導。同じ向きのスピン(赤矢印)を持った電子がペアを組んでおり、有限の軌道角運動量(青矢印)を持つ。(右)超伝導ギャップ構造。フルギャップではフェルミ面上の全領域でギャップが有限となるのに対し、ポイントノードではギャップがゼロになる点(赤色の点)が現れる。

研究手法・成果

今回研究グループは、最近育成方法が開発されたUTe2の超純良単結晶を用いることで不純物による影響を排除して実験を行いました。この超純良単結晶を絶対零度(−273°C)近くまで冷却し、強い磁場をかけながら精密熱伝導測定(注6)を行うことにより、超伝導状態での電子状態を調べ、超伝導ギャップ対称性の決定を行いました(図2)。その結果、超伝導が壊れる磁場の10%程度までの低磁場領域で熱伝導度はほとんど磁場に依存しないことを発見しました。これはUTe2の超伝導状態が、これまで信じられてきた超伝導ギャップがゼロになる点を持った状態ではなく、超伝導ギャップが一様に開いた電子対状態を実現していることを示す証拠となります。

次に研究グループは、超純良単結晶中に微量に含まれる不純物の影響を調べるため、同様の実験をより純良性の高い試料についても行いました。その結果、低磁場領域での熱伝導度はほとんどゼロであり、その磁場による増加分も、最初に測定した試料よりも一桁小さくなっていることがわかりました。これはUTe2の超伝導状態が試料内の不純物に非常に敏感であり、超純良単結晶を用いることが今後の研究に必要不可欠であることを示しています。

図2 (左)熱伝導測定のセットアップ。試料にヒーターで熱を流し、温度計で温度差を測定することで熱伝導度を測定する。(右)熱伝導による超伝導ギャップ決定の概念図。熱伝導では熱流に平行で磁場に垂直な方向のノード(青色の丸部分)を検出することができる。

波及効果、今後の予定

今回の成果はスピン三重項超伝導体であるUTe2の超伝導状態において、電子励起のエネルギーギャップが一様に開いていることを初めて明らかにしたものです。この結果はUTe2の電子対状態がヘリウム3の超流動状態(注7)と類似した前例のない超伝導状態であることを示しています。このことから、UTe2は、表面にマヨラナ準粒子(注8)が現れるトポロジカル超伝導を実現していることが期待されます。このマヨラナ粒子の制御法を開発することができれば次世代量子コンピュータへの応用につながることが期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究はJSPS科学研究費補助金(18H05227, 18H03680, 18H01180, 21K13881, 21K18145, 22H01181, 22H04933, 23H00089, 23H01132, 23H04871, 23K03332, 23K13060, 23K17353)、新学術領域研究「量子液晶」、JST CREST(課題番号:JPMJCR19T5)、JST さきがけ (課題番号:JPMJPR2252)の支援を受けて行われました。

本研究で用いた超純良単結晶は日本原子力研究開発機構が作製しました。京都大学が測定とデータ取得、解析において中心的な役割を果たしました。

<用語解説>

1. 電子スピン

電子が持つ角運動量。スピンにより電子は磁石のような性質を示す。

2. トポロジカル超伝導

電子の量子力学的状態が非自明な位相幾何学的な構造を持った超伝導。試料の表面や端にマヨラナ粒子などの特異な状態が現れる。

3. 波動関数

量子力学において、電子などの粒子の状態を表す関数のこと。

4. フェルミ面

固体中の電子をエネルギー準位が低い状態から詰めていったときに、全電子を詰め終えたときに現れる波数空間上の曲面のことで、電子の占有状態と非占有状態との境界に相当する。ここで、波数空間は実空間をフーリエ変換した空間のこと。金属の特徴はフェルミ面を持つことであり、電気伝導などの多くの物理的な特性はフェルミ面の形状によって決まる。

5. 超伝導ギャップ

超伝導状態において電子が対を組むことにより現れる電子励起のエネルギーギャップ。ここで、電子励起は低エネルギーの状態から高エネルギーの状態に電子が飛び移ることで、エネルギーギャップは電子励起に必要なエネルギーのこと。超伝導ギャップ対称性はそのエネルギーギャップの波数空間上での形のことで、ギャップが一様に有限なフルギャップ超伝導や、ギャップがゼロになる点を持つポイントノード超伝導などがある。

6. 熱伝導測定

物質の熱の流しやすさを測定する方法。超流動電子は熱を運ばないが、超伝導ギャップを超えて励起された電子は熱を運ぶため、超伝導ギャップ構造を決定できる。

7. 超流動

極低温において液体の粘性が消失して流動性が高まった状態。ヘリウム3の超流動状態は非自明な位相幾何学的な構造を持つため表面にマヨラナ粒子が現れる。

8. マヨラナ準粒子

自分自身が自身の反物質となっている奇妙な粒子。トポロジカル量子コンピュータへの応用が期待されている。

<研究者のコメント>

本研究で測定したUTe2はスピン三重項超伝導体の候補として国際的にも大きな注目を集めている物質で、超純良単結晶の開発によりその研究は新たな局面を迎えています。本研究で明らかにした一様にギャップの開いた超伝導状態は、これまで信じられてきたものとは全く異なった予想外の結果であり、このエキゾチックな超伝導体の研究におけるターニングポイントになるのではないかと期待しています。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Fully gapped pairing state in spin-triplet superconductor UTe2(スピン三重項超伝導体UTe2におけるフルギャップ対状態)

著者:Shota Suetsugu, Masaki Shimomura, Masashi Kamimura, Tomoya Asaba, Hiroto Asaeda, Yuki Kosuge, Yuki Sekino, Shun Ikemori, Yuichi Kasahara, Yuhki Kohsaka, Minhyea Lee, Youichi Yanase, Hironori Sakai, Petr Opletal, Yoshifumi Tokiwa, Yoshinori Haga, and Yuji Matsuda

掲載誌:Science Advances DOI:10.1126/sciadv.adk3772

参考部門・拠点:先端基礎研究センター
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