平成30年3月23日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)の山下晋研究員は、今般、炉心が溶融した際に溶け落ちる構造物や核燃料などの物質の動きについて、より実態に近い溶融蓄積挙動を予測することができる数値シミュレーションコード「JUPITER」(ジュピター)を独自に開発しました。
既存手法で必要であった、溶融進展のシナリオの指定や構造物の形状などの簡略化を排除して、材料の熱力学的挙動や流動挙動を含めて溶融物の移動や蓄積の過程を厳密に計算することにより、非常に複雑な分布で堆積する溶融蓄積を可視化しました。また、JUPITERと核計算手法とを組み合わせた計算では、仮想的な初期条件の下では原子炉過酷事故時に懸念される再臨界1)の可能性が極めて小さくなることを推定しました。
今後、JUPITERに対しては、溶融燃料挙動を詳細に検討できるように、大規模な挙動に影響を及ぼす部分的な挙動評価から炉心全体まで拡張した条件でのシミュレーションを可能にするなどの改良を進めます。これにより、東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃止措置に向けた燃料デブリの取り出しなどで重要となる溶融物の詳細な堆積状況といった炉内状況把握への貢献も期待できます。
JUPITERに関しては、学術誌「Nuclear Engineering and Design」に掲載されました。また、本研究成果は、「日本原子力学会誌」に掲載される予定です。
原子力発電所の過酷事故では、冷却材の喪失により高温になった核燃料と周囲の構造物が溶融し、その混合溶融物が原子炉格納容器内に落下、蓄積することが想定されます。しかし、その混合溶融物の核燃料物質(核分裂生成物2)を含む)と構造物の混合状態や組成分布、混合溶融物からの核分裂生成物の放出、さらに核燃料の再臨界の可能性の予測は難しく、原子炉過酷事故時評価における課題となっています。
また炉心溶融事故では、原子炉停止から全電源停止までの時間差などで生じる炉内温度分布の違いといったわずかな状況の差で、溶融物の流れ方や堆積状況などに違いがあることが想定されます。このため、数値シミュレーションにより、考えられる多様な状況での混合溶融物の組成分布などを予測することが求められています。一方、現在使われている過酷事故の数値シミュレーション手法には、米国スリーマイルアイランド事故3)やその後の少数の実験で得られた知識が取り入れられていますが、このような手法では計算時間短縮のため、近似やモデルの簡素化に加え、原子炉内で起こる変化を予め決めておいたシナリオに従ってシミュレーションしており、精度良く炉内状況を推定することが困難でした。
原子力機構では、より精緻な(近似手法を用いることなく厳密に混合溶融物を取り扱う)数値シミュレーションコード「JUPITER」を開発しました。JUPITERは、決められたシナリオに従ってシミュレーションするのではなく、物理的/熱力学的な基本方程式のみを用いて現象の進行をシミュレーションする点で、従来の予測手法と大きく異なります。JUPITERは、高精度な計算を行うことで数値シミュレーションによる予測に対する信頼性を向上させるのみならず、時空間的に大きな範囲の複雑な現象を数値シミュレーションするため、世界最速クラスのスーパーコンピュータにも適用可能です。
本手法により、従来の手法では推定することのできなかった溶融物の詳細な挙動や蓄積分布を予測することが可能になります。また、この予測結果は過酷事故時の炉心冷却や効率的な廃止措置方法の検討への貢献が期待できます。さらに、福島第一原子力発電所の廃炉作業に対しては、原子炉格納容器内の燃料デブリの組成、核分裂生成物の化学的形態4)や付着状況、燃料デブリの再臨界の可能性などをより詳細に推定し、安全かつ合理的な廃炉作業の実施に貢献することが期待できます。
図1に示す体系および条件設定のもとに、JUPITERによる混合溶融物の蓄積数値シミュレーションを行い、3つの項目についてJUPITERの適用可能性を確認しました。
今後は、原子力機構や他の研究機関で行われている実験との比較を行い、より信頼性の高い数値シミュレーションコードに発展させていく予定です。
凝固物の臨界の可能性を検討するために、計算された凝固物の組成分布から、連続エネルギーモンテカルロコードMVP10)を用いて、その再臨界の可能性を調べました。その結果、ペデスタル内部に冷却水がない条件では臨界には至らないことを確認しました。さらに、核燃料成分内に水が存在すると仮定した上で、さらに核燃料を含む物質が空間的に無限に存在する極端に再臨界になりやすい非現実的な条件を設定した場合を除き、再臨界には至らないことが明らかになりました。
雑誌名:Nuclear Engineering and Design
論文題名:“A numerical simulation method for molten material behavior in nuclear reactors“
著者名:Susumu Yamashita1、 Takuya Ina1、 Yasuhiro Idomura1、 Hiroyuki Yoshida1
所属:1日本原子力研究開発機構
核分裂反応が一定の割合で継続(連鎖反応)している臨界状態であった原子炉などが、一旦停止するなどして核分裂連鎖反応が止まっている状態である「未臨界状態」になった後に、何らかの原因により再び連鎖反応が始まる(臨界になる)こと。
ウランなどの核分裂核種が核分裂する過程で生成される核種。
1979年3月28日、アメリカ合衆国東北部ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所で発生した過酷事故。炉心が溶融し、周辺住民の集団避難も行われた。TMIは加圧水型軽水炉(PWR)、福島は沸騰水型軽水炉(BWR)である。
核分裂生成物が放出される際に周辺の物質などと化学反応して生成される化合物の種類や形状。例えば、水蒸気と反応して生成される水酸化セシウムの蒸気や水酸化ストロンチウムの粒子群であり、原子炉内の核分裂生成物の移行挙動や分布に大きな影響を与える。
原子炉本体を支える基礎であり、鋼鉄製の円筒の内部にコンクリートを充填した構造となっている。
原子炉格納容器最底部にあり、機器からの排水や原子炉格納容器内の空気が冷やされることで凝縮した水を溜める穴。
環境汚染のおそれのある物質を取り扱う施設で事故・故障などが発生した場合に、施設外部に放出される可能性のある汚染物質の種類、量、物理的・化学的形態の総称。
核燃料であるウランの代表的な核分裂生成物。セシウム134、 135、 137が生成される。このうち、セシウム137はベータ崩壊核種であり、原子力発電所の過酷事故時における放射性降下物として問題となる。
核燃料であるウランの代表的な核分裂生成物。骨を構成するカルシウムと電子配置・半径が似ているため、体内に取り込まれると骨の中のカルシウムと置き換わって体内に蓄積し、体内からの被ばく(内部被ばく)の要因となる。
原子力機構で開発された中性子輸送計算モンテカルロコード。多群近似を用いずに全ての核データをエネルギー点毎に与え、粒子と物質の衝突過程を可能な限り厳密に取り扱う。
参考部門・拠点: | 原子力基礎工学研究センター |