平成29年11月23日

雷が反物質の雲をつくる!?
— 雷の原子核反応を陽電子と中性子で解明 —

概要

榎戸輝揚 京都大学白眉センター特定准教授、和田有希 東京大学大学院理学系研究科博士課程学生 (理化学研究所仁科加速器研究センター)、古田禄大 同博士課程学生、湯浅孝行 博士 (元理化学研究所)、中澤知洋 東京大学大学院理学系研究科講師、土屋晴文日本原子力研究開発機構研究副主幹、佐藤光輝 北海道大学大学院理学研究院講師らの研究グル ープは、雷が大気中で原子核反応 (光核反応) を起こすことを突き止めました。本研究では、地上に放射線検出器を設置し、2017年2月6日に新潟県柏崎市で発生した雷から、強烈なガンマ線のバースト放射を検出しました。さらに 35秒ほど遅れて、雷を起こした雲が検出器の上空を通過する際に、陽電子 (電子の反物質) からの 0.511MeV1) 対消滅ガンマ線の検出に成功しました。これらは、雷に伴うガンマ線が大気中の窒素と光核反応を起こした結果生じる、「中性子」と「窒素の放射性同位体が放出した陽電子」が起源と考えられ、理論的に予言されていた「雷による光核反応」の明確な証拠が得られました。

また、本研究は日本初の学術系クラウドファンディングサイト academist2) で一般市民から募った研究資金にもサポートされました。研究活動へ非専門家も巻き込むオープンサイエンスという新しいスタイルを取り入れた研究でも、最先端の成果を出せることを示したと言えます。論文は 11月23日、英国の学術誌 Nature に掲載されます。

図1

1)イオンや素粒子のエネルギーの単位 (mega electronvolt)。

2)「カミナリ雲からの謎のガンマ線ビームを追え!」

1. 背景

雷は我々にとって身近な自然現象であるにもかかわらず、発生の「きっかけ」には未解明な問題が多く残されています。近年、雷や雷雲は自然界における天然の加速器として働き、電子を光速近くまで加速できると指摘されています。最近では、加速された電子が大気分子に衝突して放出される高エネルギーのガンマ線を、最先端の装置で観測できるようになりました。とくに、雷雲の上空から宇宙に向かって駆け上がる高エネルギーのガンマ線が人工衛星で検出されるようになり、地球からのガンマ線 (Terrestrial Gamma-ray Flash、以下 TGF) と呼ばれ、活発な研究の対象になっています。近年始まったこれら雷の高エネルギー現象の研究こそが、雷発生の秘密を解き明かす鍵と考えられています。

冬の北陸の日本海沿岸には毎年、強力な雷雲が押し寄せ、世界的にも数少ない恵まれた雷の観測場所になります。これまでにも研究グループでは、雷雲や雷の高エネルギー放射を地上から観測してきました。その過程で、加速された電子からのガンマ線が、雷雲の通過に伴って数分間にわたり地上に降り注ぐ現象「ロングバースト」を既に発見し、雷の前駆現象として注目されています。過去の観測を通して、この数分間の「ロングバースト」とは別に、1秒以下の短時間に強力なガンマ線が到来する「ショートバースト」という謎の突発現象があることを把握していましたが、詳細は分かっていませんでした。

2. 研究手法と成果

これまでの測定は1~2地点のみで行っており、雷や雷雲の現象全体を理解するには情報が限られていました。そこで 2015年から、多地点に小型で高性能な放射線検出器を配置し、モニタリング観測を行う新戦略をとりました。この多地点化戦略と検出器改良には資金が必要であったため、新プロジェクトの立ち上げに際して、学術系クラウドファンデ ィング academist のサポートを得て迅速に調達を進めました。プロジェクトは人工衛星に搭載される装置の開発経験を持つメンバーを中心に、超小型 PC (Raspberry Pi 3) で簡単に駆動できる安価な信号処理回路を開発しました。これは十分に高精度な観測ができる一方で、大学院生を開発に参加しやすくする狙いもあります。現在、10台以上を金沢市、小松市、柏崎市へ設置しています。

2017年2月6日、柏崎市に設置した 4台の検出器が、わずか数百メートルの近距離で発生した落雷と同時に、強力な放射線を記録しました。これは「ショートバースト」と呼んでいた謎の現象です。それから35秒ほど遅れて、雷の発生点の風下に位置する検出器が 0.511MeV の電子・陽電子の対消滅ガンマ線を明確に捉えました。検出器の特性を十分に踏まえたうえで、シミュレーションによる検討も行い、以下のようにすべてを統一的に説明できました。

  1. 雷が地表に向けて放射したガンマ線 (TGF) により、大気中の窒素 14N が原子核反応(光核反応)を起こし、中性子と不安定な窒素の放射性同位体 13N を生成する。
  2. 生成した中性子は大気中で徐々にエネルギーを失いつつ広がる。最終的に大気中や地表の原子核に吸収されてガンマ線を放射し「ショートバースト」として観測される。
  3. 不安定な窒素同位体 13N は、雷雲とともに風下に運ばれ、徐々にベータプラス崩壊して13Cに変わっていく。この際に陽電子が放出され、大気中の電子と対消滅して、 0.511MeVガンマ線を出す。これが35秒遅れて検出された対消滅ガンマ線である。

つまり検出された「ショートバースト」と「対消滅ガンマ線」は、雷が「原子核」との光核反応を起こした明確な観測的証拠といえます。今後の雷の研究に「原子核」の視点が入ることで、陽電子や中性子による観測手法の開拓が期待できます。また本研究は、雷を引き起こす「きっかけ」を解明する長い物語のマイルストーンになると言えます。

3. 波及効果、今後の予定

本研究によって、雷で反物質 (陽電子) が生成され、我々の上空をこっそり通過しているという、自然の隠れた姿が明らかになりました。さらに、炭素、窒素、酸素の同位体(13C, 14C, 13N, 15N, 15O) などが、雷の光核反応でも生成されている事実も重要です。年代測定に利用される炭素同位体 14C は宇宙線によって、安定な同位体 13C は星の内部で作られたと考えられています。しかし、今回の研究で雷も同位体 13C や 14C を作ることが明らかになりました。年代測定へどの程度影響するのかは重要な研究課題になるでしょう。

今後は宇宙観測や素粒子実験の手法をさらに応用し、雷や雷雲を対象にした「高エネルギー大気物理学」とでもいうべき新しい分野が開拓されていくと期待できます。多様な分野の組み合わせが有効となる研究対象であることから、大気電気やレーダー観測の専門家、気象シミュレーションの研究者とも協力し、大学・研究機関の枠を超えた学際コラボレーションに成長させることが重要になります。

4. 研究プロジェクトについて

本成果は、学術系クラウドファンディング academist とサポーターの皆様、京都大学白眉プロジェクト、京都大学「知の越境」融合チーム研究プログラム SPIRITS 学際型、日本学術振興会・科学研究費助成事業・若手研究 A (16H06006)、東京大学宇宙線研究所・共同利用研究の支援を受けました。また、観測拠点の構築には、東京電力ホールディングス株式会社、柏崎刈羽原子力発電所の皆様から、多大なご支援をいただきました。

雷雲や雷からの放射線の観測は、2006年に土屋晴文と榎戸輝揚らが新潟県柏崎市で立ち上げ、翌年に中澤知洋も加わり、Gamma-Ray Observation of Winter THundercloud (GROWTH) コラボレーションとして、大学院生を中心に10年近く観測が継続されてきました。本研究では、和田有希と古田禄大が、それぞれ装置開発・データ解析、シミュレーションと解釈で中心的な役割を担いました。

GROWTHの活動を多地点モニタリング観測に拡大するため、2015年に新たにスタートした「雷雲プロジェクト」では、学術系クラウドファンディング academist に挑戦し、153名の方から当初の目標を上回る 160万円の支援をいただきました。さらに、金沢市や小松市では大学、高校、科学館のサポートを得て、観測拠点を確保しています。今後、多地点での観測拠点の拡大やデータ解析の面でも市民との連携を進めるため、「京都オープンサイエンス・ミートアップ」という月一回の勉強会3)とも連携しています。

3)KYOTO-OPEN.SCIENCE (京都オープンサイエンス・ミートアップ)

< 論文タイトルと著者 >

タイトル:“Photonuclear Reactions Triggered by Lightning Discharge”

著者:Teruaki Enoto, Yuuki Wada, Yoshihiro Furuta, Kazuhiro Nakazawa,Takayuki Yuasa, Kazufumi Okuda, Kazuo Makishima, Mitsuteru Sato, Yousuke Sato, Toshio Nakano, Daigo Umemoto, and Harufumi Tsuchiya

掲載誌:Nature

参考部門・拠点: 原子力基礎工学研究センター

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