平成29年10月27日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構

放射線環境中のセラミックスがもつ自己修復能力の発見
~セラミックスの表面を観察する新しい手法による成果~

発表のポイント

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)原子力基礎工学研究センターの石川法人研究主幹らと、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(理事長:平野俊夫、以下「量研」という。)高崎量子応用研究所の田口富嗣上席研究員は、特定のセラミックスが放射線に強い理由を探るために、高エネルギー重粒子線1)を照射したセラミックス2)に形成される数ナノメートル3)の大きさの超微細組織4)を観察する新しい手法を開発しました。

さらに、その手法を利用して超微細組織の内部を分析した結果、超微細組織の内部が壊れて損傷しているセラミックスと、その損傷が再結晶化によって修復しているセラミックスがあることが判明しました。後者のセラミックスは、損傷してもすぐに原子の配列を直す能力、つまり自己修復能力を持っていることが示唆されました。

今後、セラミックスがもつ自己修復能力の解明が進めば、宇宙や原子炉のような強い放射線環境でのセラミックスの利用の可能性が広がります。

本研究成果は、英国の学術誌「Nanotechnology」に掲載されました。本研究はJSPS科研費 16K06963の研究成果を含みます。

【研究開発の背景】

一般的に材料は、放射線に曝されると劣化が進みます。セラミックスも同様で、放射線環境では材料の内部や表面に損傷(照射損傷)が生じて、本来もっている材料の機能が劣化していきます。特に高エネルギー重粒子線に照射されたセラミックスには、顕著な照射損傷が生じています。しかし、近年、特定のセラミックス(例えば、フッ化バリウム(BaF2)や酸化ウラン(UO2)等)においては、予想より照射損傷が少ないことが分かってきました。特定のセラミックスのみ、なぜ「放射線に強い」のか、そのメカニズムを解明することが大きな課題でした。

【研究開発の目的】

高エネルギー重粒子線を照射したセラミックスの表面には、数ナノメートルの大きさを持つ超微細組織が発生することが分かっています。原子力機構では、この超微細組織の中に、特定のセラミックスが放射線に強い理由が隠されているのではないかと考え、この超微細組織を観察する手法の開発に着手しました。 これまで、表面の微細観察が得意な走査型電子顕微鏡5)原子間力顕微鏡6)を利用して、この超微細組織の観察を試みた例はありましたが、分解能7)が足りないため超微細組織の詳細が不明でした。それに対して、透過型電子顕微鏡8)は分解能が高く、原子レベルで観察できるので、微細な観察や分析に威力を発揮します。しかし、単純に透過型電子顕微鏡を利用したからといって、超微細組織を詳細に観察することはできません(図1:従来法)。そのため、原子力機構は量研と共同で、透過型電子顕微鏡(日本電子(株) JEM-2100F型) を利用して、超微細組織を観察する新しい手法を開発することをまず目指しました。

【研究成果の概要】

  1. セラミックスの表面に形成される超微細組織の観察手法の開発
    • 図1は、従来の観察法と新しく開発した観察法を比較したものです。重粒子一個がセラミックス試料を通過すると、表面には超微細組織(超微細な隆起物)が形成されます。しかし、図(従来法の例)のように、従来の観察法では、超微細組織以外の組織も重なって見えてしまうので、どれだけ高倍率で見ても超微細組織の様子はよく分かりませんでした。そこで、重粒子線を斜めから照射してみると、試料の端に観察したい超微細組織が形成されました。図(新しい観察法)のように、重粒子線の照射する角度を変えるだけで、透過型電子顕微鏡で超微細組織をクリアに観察できることが分かったのです。
      図1

      図1 従来法と新しい観察法との比較

    • これを機に、様々なセラミックスにおいて、高エネルギー重粒子線の照射によって発生した超微細組織をクリアに観察することに成功しました。その結果、これまで不明だった超微細組織の内部の状態が詳細に分かるようになりました。
  2. 超微細組織における自己修復という発見
    • 一般に、高エネルギー重粒子線を照射すると、照射された場所の原子の配列が乱れます。セラミックス(例えばイットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12))の表面に発生した超微細組織を観察してみると、予想通り、その内部の原子の配列は乱れていました(図2)。配列の乱れが、全く修復されずにそのまま残っている状態です。
      図2

      図2 自己修復できないセラミックス(Y3Fe5O12):
      照射した表面に発生した超微細組織の写真

    • 一方、「放射線に強い」特定のセラミックス(例えばフッ化バリウム(BaF2)やフッ化カルシウム(CaF2)等)では、上記のセラミックスと異なり、超微細組織の内部の原子が整列していることが分かりました(図3)。超微細組織の内部の原子の配列が一旦は乱れたにもかかわらず、すぐに原子の配列が整列し直した(再結晶化した)ことが示唆されました。「放射線に強い」これらのセラミックスは、高エネルギー重粒子線の照射によって原子の配列が乱れても、すぐに「自己修復」したと考えられます。
      図3

      図3 自己修復できるセラミックス(BaF2):
      照射した表面に発生した超微細組織の写真

    • 「放射線に強い」セラミックスには、自己修復能力が備わっていることが示唆されました。

【今後の展開】

今後は、核燃料セラミックスである酸化ウラン9)(UO2)を対象にして、放射線環境での表面状態の変化を追跡することを検討しています。放射線に非常に強い核燃料セラミックスが放射線環境で自己修復している可能性があり、そのメカニズムの解明を進めます。また、セラミックスの自己修復能力を最大限に生かすための材料開発も進めていく予定です。セラミックスがもつ自己修復能力が解明されれば、強い放射線環境で使われる宇宙材料や原子力材料へのセラミックスの利用拡大が期待できます。また、放射線に強いセラミックスを利用した新しい原子力機器の設計・開発の可能性が広がります。

【書籍情報】

雑誌名:Nanotechnology

論文題名:”Hillocks created for amorphizable and non-amorphazable ceramics irradiated with swift heavy ions -TEM study-”

著者名:Norito Ishikawa1、 Tomitsugu Taguchi2、 Nariaki Okubo1

所属:1日本原子力研究開発機構、2 量子科学技術研究開発機構

【用語解説】

1)高エネルギー重粒子線

ここでは、約1億eV以上の高い運動エネルギーをもつ質量が重い粒子ビームのこと。粒子の質量数が40程度以上になると、セラミックス表面に顕著な損傷(照射損傷)を引き起こすことから、高エネルギー重粒子線は材料劣化の原因となりうる。本研究では、原子力機構タンデム加速器で加速された重粒子を使用して照射実験を行った。

2)セラミックス

無機物を加熱処理し焼き固めた材料のことで、例として酸化物やフッ化物があげられる。核燃料である酸化ウランもセラミックスの一種。

3)ナノメートル(nm)

1ナノメートルは、1メートルの10億分の1。数ナノメートルは、毛髪の太さの1万分の1程度。

4)超微細組織

ここでは、放射線照射によって材料の表面に発生した数ナノメートル程度の微小な隆起物をさす。

5)走査型電子顕微鏡

電子ビームを試料表面に当てて観察する顕微鏡で、細く絞った電子ビームの当てる位置を試料表面上で走査するので走査型電子顕微鏡という。一般に、透過型電子顕微鏡と比べて観察の分解能は劣る。

6)原子間力顕微鏡

微小な針と試料表面との間に作用する原子間力を検出するタイプの顕微鏡。針の先端と超微細組織が同じ程度の大きさであるために、針が微細組織の正確な寸法を検知することが困難とされている。

7)分解能

顕微鏡については、どのくらい細かいものを見る事ができるかの能力を表す。分解能が高いほど、小さいものを見ることができる。

8)透過型電子顕微鏡

加速された電子を薄く加工した試料に透過させ、透過した電子を利用して拡大像を得ることのできる顕微鏡のこと。電子の加速エネルギーにもよるが、一般的な透過型電子顕微鏡の分解能は0.2 ナノメートル以下と言われる。

9)酸化ウラン

ウランと酸素の化合物で、代表的なものは化学式でUO2と表される。軽水炉の燃料として、低濃縮の酸化ウランが使われている。

参考部門・拠点: 原子力基礎工学研究センター

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