200年にわたる謎に終止符、ガラスの基本単位の構造を決定
- オルトケイ酸を用いた高機能・高性能ケイ素材料の創出に期待 -

平成29年7月27日
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
一般財団法人 総合科学研究機構

■ ポイント ■

■ 概要 ■

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤 一彦】ヘテロ原子化学チーム 五十嵐 正安 主任研究員、山下 浩 主任研究員、フロー化学チーム 島田 茂 研究チーム長、同研究センター 佐藤 一彦 研究センター長は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 古川 一夫】(以下「NEDO」という)のプロジェクトでガラスの基本単位であるオルトケイ酸の結晶作製に成功し、国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構【理事長 児玉 敏雄】J-PARCセンター【センター長 齊藤 直人】大原 高志 主任研究員と一般財団法人 総合科学研究機構【理事長 横溝 英明】(以下「CROSS」という)中性子科学センター 中尾 朗子 副主任研究員、茂吉 武人 研究員、花島 隆泰 研究員らの協力を得て、その構造を明らかにした。

オルトケイ酸は、19世紀前半に発見されて以来、さまざまな分析手法により組成や分子の形状までは分かっていたが、非常に不安定で単離することができないため詳細な分子構造は不明であった。今回、有機化学的手法を無機化合物のオルトケイ酸の合成に応用することで、不安定なオルトケイ酸を合成、結晶化させて、構造を解析した。オルトケイ酸はガラスに代表される無機ケイ素材料の基本単位構造であり、有機ケイ素材料の基本単位構造でもあるため、高機能・高性能ケイ素材料製造への貢献が期待される。

なお、本研究成果の詳細は、7月26日(現地時間)に英国の学術誌Nature Communicationsに掲載される。(DOI:10.1038/s41467-017-00168-5)

図1

ガラスの基本単位であるオルトケイ酸と解明したその分子構造

■ 開発の社会的背景 ■

無機ケイ素化合物(ガラス、シリカゼオライトなど)だけでなく、有機ケイ素化合物(シリコーンなど)の基本単位であるオルトケイ酸(Si(OH)4)は、テトラアルコキシシラン(Si(OR)4)や四塩化ケイ素(SiCl4)を水と反応させる加水分解の際に短時間だけ発生し、次の反応を起こす「真の前駆体」である。これまでにない機能や高い性能を持つケイ素材料を製造するために、オルトケイ酸の安定な合成と単離が求められてきた。

また、自然界には石などから溶出したごく低濃度のオルトケイ酸がある(海水中の平均濃度0.00673 g/l)。植物(特にイネ科)は、天然のオルトケイ酸を吸収し、もみ殻や茎、葉などにシリカを蓄積させて、物理的に丈夫になるだけでなく、害虫や病原菌を防いでいる。また、天然水や麦(イネ科)から作られる飲料など(ビールなど)にはオルトケイ酸が溶け込んでおり、動物の骨や髪、皮膚、爪などの体組織の一部の原料となっている。動植物がオルトケイ酸を取り込むメカニズムの詳細を明らかにするためにも、オルトケイ酸の分子構造の解明が求められてきた。

■ 研究の経緯 ■

19世紀前半にベルセリウスによりシリカが水に溶ける現象が発見され、溶解性のシリカ(オルトケイ酸)の化学がスタートした。しかし、当時はその組成や分子構造はわかっていなかった。その組成がSiO4H4であると判明し、さらに、ケイ素上に4つの水酸基-OHが結合した分子構造(Si(OH)4)であることが分かったのは20世紀初頭から中頃にかけてであった。しかし、オルトケイ酸は不安定で単離できなかったため詳細な構造は不明のまま、現在に至るまで、理論計算による分子構造の推測が行われてきた。

産総研は、機能性有機ケイ素化学品製造プロセスの研究開発を行っている。有機ケイ素材料の物性は分子の骨格を形成しているシロキサン結合(Si-O-Si結合)の構造に大きく依存するので、シロキサン結合の構造を自在に形成できる技術を開発している。シリコーン創成期の100年以上前から現在までシロキサン結合は加水分解で形成されてきたが、構造を制御して次世代材料として求められる性能水準を達成するには、シロキサン結合の「真の前駆体」であるシラノールの単離が必要となる。そのため、今回、シラノールの中でもガラスやシリコーンの基本単位でもあるオルトケイ酸を合成・単離する技術の開発に取り組んだ。

なお、本研究開発は、経済産業省未来開拓研究プロジェクト「産業技術研究開発(革新的触媒による化学品製造プロセス技術開発プロジェクト/有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発)」(平成24~25年度)とNEDOプロジェクト「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」(平成26~33年度)(プロジェクトリーダー:佐藤 一彦)の一環として行われた。

■ 研究の内容 ■

オルトケイ酸(Si(OH)4)は、テトラアルコキシシラン(Si(OR)4)や四塩化ケイ素(SiCl4)の加水分解によって生成するが、速やかに脱水縮合して、最終的にはシリカ(SiO2)になるため単離例は皆無である(図1)。

図2

図1 従来法(加水分解)の問題点

オルトケイ酸が不安定で単離できないのは、加水分解の際の水が、その後の脱水縮合に大きく影響していると考え、水を使わないオルトケイ酸の合成反応を開発した。ベンジルオキシ基を4つ有するテトラベンジルオキシシランを、アミド溶媒中においてパラジウムカーボン触媒(Pd/C)を用いて水素化分解する手法を開発することで、オルトケイ酸を収率良く(96 %)合成できた(図2)。また、今回開発した水を使わない反応では、生成したオルトケイ酸が非常に安定に存在できる。

図3

図2 今回開発した水を使わないオルトケイ酸の合成法

結晶化を促進させるためにテトラブチルアンモニウム塩(nBu4NX, X = Cl,Br)を反応溶液に加えると、オルトケイ酸と加えたアンモニウム塩からなる単結晶を得ることができた。この単結晶の構造を明らかにするためX線結晶構造解析中性子結晶構造解析を行った。X線結晶構造解析の結果、オルトケイ酸は正四面体構造であり、ケイ素-酸素結合の平均結合長は0.16222ナノメートルで、酸素-ケイ素-酸素結合の平均結合角は109.76ºであった(図3)。また、J-PARCセンターとCROSSが行った中性子結晶構造解析により、酸素-水素結合の平均結合長が0.0948ナノメートルであることも分かり、世界で初めてオルトケイ酸の詳細な分子構造を明らかにした。

図4

図3 オルトケイ酸の分子構造の構造解析結果

オルトケイ酸とテトラブチルアンモニウム塩が水素結合を介して複合して粉状になっているもの(左)とその分子構造(中央、右)。赤:ケイ素、青:酸素、白:水素、緑:窒素、灰色:炭素、黄色:塩素 である。

また、オルトケイ酸の脱水縮合の過程で生成すると考えられているオリゴマー(2量体、環状3量体、環状4量体)も、同様の反応により合成し、X線結晶構造解析によってそれらの構造を明らかにした(図4)。

図5

図4 オルトケイ酸のオリゴマーの分子構造

左から2量体、環状3量体、環状4量体

オルトケイ酸とそのオリゴマーを安定に合成できるようになったことから、これらをビルディングブロックとして用いた高機能・高性能シリコーン材料の開発や革新的なシリカ製造プロセスの開発が期待される。また、安定なオルトケイ酸を用いることで、植物や動物のシリカ摂取のメカニズム解明に貢献することが期待される。

■ 今後の予定 ■

今後は、オルトケイ酸とオリゴマーの大量合成法の開発を行う予定である。また、構造を制御したシロキサン化合物の製造プロセスの開発を検討する。

【用語の説明】

◆オルトケイ酸

ケイ素に水酸基-OHが4つ結合した化合物。化学式Si(OH)4で表される。弱酸性を示す化学種であり、ガラス(シリカ)の基本単位である。

◆有機ケイ素材料

分子内にケイ素-炭素結合をもつケイ素化合物の総称。シリコーンもそのうちの一つ。

◆シリカ

二酸化ケイ素の通称。石英、クリストバライトなどの結晶性シリカとシリカゲル、ケイソウ土などの非晶質シリカに大別される。いずれもSiO4の四面体が酸素原子を共有して三次元的に連なった構造。シリカゲルは化学的・物理的安定性に優れ、表面積などの細孔特性を広範囲に制御できることから、乾燥剤、吸着剤、触媒担体、医薬品・食品添加など幅広い用途に使用されている。

◆ゼオライト

ケイ素の一部がアルミニウムに置き換わった結晶性のシリカ。天然鉱物として産出されるものや人工的に合成されるものがある。イオン交換や吸着剤、触媒など幅広い分野で使用される。

◆シリコーン

シロキサン結合(-Si-O-Si-)を主骨格とし、ケイ素原子にさらにアルキル基、アリール基などの有機基が結合した高分子化合物の総称。重合度、有機基、高次構造などにより、オイル、グリース、ゴム、樹脂などの形態をとる。耐熱性が高く、撥水性、電気絶縁性、耐薬品性に優れるため、電気・電子、自動車、化粧品・トイレタリー、建築・土木などさまざまな産業分野で使用されている。

◆アルコキシシラン

ケイ素上に1つ以上のアルコキシ基をもつ化合物の総称。アルコキシ基は-O-Rのこと。Rはアルキル基。

◆塩化ケイ素

ケイ素上に1つ以上のクロロ基(塩素)をもつ化合物の総称。

◆前駆体

ある化合物を合成する際に原料となる化学種のこと。

◆単離

さまざまな物質が混ざっている状態から、ある特定の物質のみを取り出すこと。

◆シロキサン結合

ケイ素‐酸素‐ケイ素(Si-O-Si)結合。シリコーンの主骨格である。

◆加水分解、脱水縮合

加水分解とは化合物が水と反応して、分解生成物が得られる反応のことで、脱水縮合は、2個の分子がそれぞれ水素原子と水酸基(-OH)を失って水分子が離脱し、分子が結合して新たな化合物をつくる反応を指す。加水分解/脱水縮合法では、加水分解と脱水縮合を繰り返すことでシロキサン結合を形成する。

◆シラノール

水酸基(–OH)を持つケイ素化合物の総称。オルトケイ酸やそのオリゴマーもシラノールに分類される。

◆パラジウムカーボン触媒(Pd/C)

活性炭素(C)の上に金属パラジウム(Pd)をくっつけた触媒。ベンジルオキシ基の水素化分解によるアルコール合成や炭素不飽和結合に対する水素付加、クロスカップリング反応触媒などとして幅広い反応に用いられる。

◆アミド溶媒

アミド結合(N-C=O)をもつ液体化合物の総称。N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラメチル尿素などが一般的である。

◆ベンジルオキシ基

-OCH2C6H5のこと。有機合成反応においてアルコールを保護するために用いられる。Pd/C触媒による水素化分解によりアルコールとトルエンを生じる。

◆水素化分解

水素分子を用いて結合を切断する反応。ベンジルオキシ基からPd/C触媒と水素によりアルコールとトルエンを生じる反応もこの反応のひとつ。

◆単結晶

結晶では、原子や分子が三次元的に繰り返して規則的に配列しているが、固体全体が1つの結晶からなるものが単結晶。

◆X線結晶構造解析

試料にX線を照射し、その回折パターンから、試料の結晶構造を解析すること。

◆中性子結晶構造解析

試料に中性子線を照射し、その回折パターンから、試料の結晶構造を解析すること。原理はX線結晶構造解析と同じだが、X線が電子で散乱されて回折するのに対して中性子は原子核で散乱されて回折する。また、軽元素に対する感度が高いので、電子を1個しか持たずX線結晶構造解析では観測が難しい水素原子の位置を高い精度で観測できる。

◆オリゴマー

比較的少数のモノマー(単量体)が結合し、分子量が大きくなった分子のこと。モノマー2分子からなる重合体を2量体と呼び、3分子からなる重合体を3量体と呼ぶ

参考部門・拠点: J-PARCセンター

戻る