発表内容:

【研究背景】

地球はまず、隕石のような始源物質が集まって次第に大きくなり、やがて内部の温度が上昇して溶け始め、重たい鉄が分離して深部へと沈み込んで核(コア)を形成しました。その後さらに様々な過程を経て現在の姿に至ったと考えられています。現在の核は、純粋な鉄に比べて10 %程度密度が小さいことが分かっています。そこで、核には軽い元素が溶け込んでいると考えられ、この密度欠損を説明しうる軽元素として、硫黄Sや炭素C、酸素O、ケイ素Si、水素Hなどが候補に挙げられ、実験的に盛んに調べられてきました。水素Hは太陽系の中で最も多量に存在する元素で、地球にも水という形で大量に含まれています。また水素が鉄に溶け込むと微量でも密度が大きく低下しますが、常圧下では鉄中にごくわずか(ppmオーダー)しか溶け込まず、気体状態では地球の重力圏で保持できないため、これまで核の鉄に水素が溶け込むプロセスはよく分かっていませんでした。

鉄は3.5 GPa(注2)以上の圧力で水素を大量に溶かし込み、鉄水素化物(fcc, dhcp相、注3)を作るとともに、融点が大きく降下することが知られています(図1)。しかし、減圧すると水素が抜けてしまうことから、クエンチ実験(回収実験)では水素化物を直接調べることは困難でした。またX線では水素はほとんど見えないという実験上の制約から、これまでに放射光X線を使ってその場観察実験がなされてきたものの、溶け込む量(固溶量)については依然として間接的な見積りでしかありませんでした。

これらの問題点を解決する研究手段として、水素に対しても大きな散乱強度を持つ中性子回折法は非常に有力です。茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に建設された高温高圧実験専用の装置 PLANET では、従来より2桁も強いパルス中性子線と大型高圧装置を組み合わせて、10万気圧(約10 GPa), 1000℃を超す地球深部に相当する高温高圧下で中性子その場観察を行うことが可能になりました。これまで鉄−水素だけの単純な系は研究されましたが、実際の地球の状態に近い条件での中性子実験はまだ行われていませんでした。そこで本研究では、地球の始源物質をPLANET に設置されている大型 6 軸プレス(通称「圧姫」、図2)で加圧し、約4 GPa, 1000K(約727℃)の高温高圧下で鉄が水素化していく様子を直接観察することに成功しました。

図1

図1. 純鉄Fe(左図)と鉄水素化物FeHx(右図)の温度圧力相図。鉄に水素が取り込まれると相境界および融点が大きく変化する。

図2

図2. J-PARC MLFのPLANETビームラインに設置された大型6軸プレス(通称「圧姫」、左上写真)。その内部に本研究で開発した試料構成を埋め込んだ立方体の圧力媒体をセットし、6方向から等方的に加圧して圧力を発生させる(右上)。写真の奥からアンビルの隙間を通って水平に入射された中性子線が試料で回折され、90度方向に回折された中性子がアンビルの隙間を通って両側に設置された検出器で測定される。左下の写真は圧媒体とアンビルの組立て途中の様子で、圧媒体内に埋めた試料構成の断面を右下図に示す。

【研究内容】

本研究の試料は高温高圧下で様々な反応を起こすので、まずは安定して高温高圧を発生し、それを長時間安定に保つことができる新しいアンビル(注4)と試料構成を開発しました(図2)。これを用いてクオーツSiO2と重水素化ブルーサイトMg(OD)2の混合粉末に鉄を加えた出発試料(原始地球の元となる始源物質の組成をモデル化したもの)を高圧にして、1000Kまで段階的に加熱を行いながら中性子回折の測定を行いました。圧力を変えた2回の実験と、比較のために水分を含まない、SiO2とMgOの混合粉末に鉄を加えた試料に対しても同様の実験を行いました。

水分を含む系では、昇温途中でまず含水鉱物のMg(OD)2が脱水分解を起こした後に、鉄が常圧相(bcc相)から高圧相であるfcc相へと変化したことが確認されました(図3)。その後圧力と温度を約4 GPa, 1000Kに保ち、このfcc相の格子体積(注5)の時間変化を詳しく調べると、徐々に体積が増加していくことが分かりました(図4)。これに対し、水分を含まない系では鉄の体積がほぼ不変であることから、水分を含む系では鉄が水素を取り込み、鉄水素化物FeHxとなって体積が膨張したことが明らかになりました。取得した鉄水素化物の中性子回折データについて、リートベルト法(注6)という結晶構造解析の手法で水素の量を解析したところ、温度を保持してから10時間後には約0.79 wt%(重量%)の水素が含まれていて、コアの密度欠損の一因となりうることが明らかになりました。

回収試料のSEM(注7)観察では、水分を含む試料系にのみ、鉄中に溶け込んでいた水素が減圧中に発泡して抜けた跡を示す丸い空孔が粒界に沿って見られ、さらにSiO2とMgO、Feが反応してできた鉄に富むオリビン(Fe, Mg)2SiO4と鉄との間に酸化鉄FeOの薄い層が確認されました(図5)。このことから含水鉱物から吐き出された水が鉄と酸化還元反応を起こして、FeOとFeHxが生成したと考えられます。

図3

図3. 温度圧力の変化とともに含水鉱物Mg(OD)2の脱水を経て、鉄がbcc相(黒線:298−802K)からfcc相(赤線:867−1000K)へ相転移する様子を示す回折パターンの時間変化。

図4

図4. 鉄のfcc相の格子体積の時間変化。水を含む系では2つの実験で圧力が少し違うため格子定数が少し異なっているが、いずれの場合にも同じように体積が膨張することが確認された。一方、水を含まない系の実験では同じ時間内に有意な格子定数の変化は見られなかった。

図5

図5. 鉄−ケイ酸塩−水系の高温高圧中性子実験で得られた回収試料の電子像(赤の点線枠および赤枠がそれぞれの拡大図)とSEM-EDSによる元素マッピング分析の結果。鉄中には水素が抜けた後の空孔が見られる他、鉄のまわりには MgOとSiO2が反応してオリビン(Fe, Mg)2SiO4とパイロキシンMgSiO3が生成し、水素を含んだ鉄の周りを酸化鉄FeOが覆っていた。

【研究の意義】

本研究の結果から、高圧下では鉄が溶けていない1000K程度の低温でも、水が存在すれば固体の鉄にも水素が溶け込むことが分かりました。したがって、原始地球では始源物質が集積していく初期段階で、水素はすでに鉄へと溶け込み始めていたことが示唆されます。地球核に存在する可能性がある他の軽元素は、より高温で鉄が溶融して初めて溶け込むので、まず水素が他の軽元素よりも先に鉄へと取り込まれ鉄水素化物となった後に、より高温で溶融した鉄水素化物が他の軽元素を取り込みながら中心へと沈んでいき核を形成したと考えられます。このような結果から、これまで種々の実験が行われてきた純鉄とケイ酸塩の系だけではなく、水素化した鉄とケイ酸塩間での軽元素の分配を調べることが重要になると言えます。

これらの結論は、地球核における軽元素について、今後の研究の展開に大きな影響を与えるものです。

なお本研究は、発表者である飯塚理子が愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター在籍時に、八木健彦ら研究グループと行ったものです。

発表雑誌:

雑誌名:Nature Communications(オンライン版:1月13日)
論文タイトル:Hydrogenation of iron in the early stage of Earth’s evolution
著者: Riko Iizuka-Oku*, Takehiko Yagi*, Hirotada Gotou, Takuo Okuchi, Takanori Hattori, Asami Sano-Furukawa
DOI番号:10.1038/ncomms14096


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