【研究の背景】

私たちが日常の暮らしでどの程度放射線に被ばくしているか知ることは,放射線のリスクを判断する上で重要となります。特に,福島第一原子力発電所の事故以降,国民の放射線被ばくに対する関心が高まっており,自然放射線を含めた様々な放射線による被ばく線量を精度よく評価することが期待されています。日常生活と放射線の被ばく線量についてまとめたイラストを図1に示します。自然放射線には,宇宙・大地・食物・吸入による4つの寄与があり,この図中に書かれている1人あたりの各自然放射線による年間の被ばく線量は,UNSCEARが2008年に発表したレポートにまとめられた値で,世界中で利用されています。

図1

図1 日常生活と放射線(原子力機構 人形峠環境技術センターホームページより抜粋)

しかし,UNSCEARの評価値は,限られた実測値から単純な仮定に基づいて概算した値でした。例えば,UNSCEARでは,1970年代に実施された標高0mにおけるただ1つの宇宙線被ばく線量(中性子成分を除く)の測定値に基づいて評価しており,場所(緯度・経度)や時間(太陽活動周期5))による依存性を正しく表現できていませんでした。また,正確な人口の標高分布を考慮することなく,標高0mにおける宇宙線被ばく線量と単純な高度補正係数6)を用いて,世界の人口平均値やその大まかな変動幅を推定していました。したがって,関心の高い国や地域ごとの線量評価は行われておらず,より高精度かつ精緻な手法に基づく宇宙線被ばく線量の再評価が望まれていました。

【研究の内容】

そこで,原子力機構では,独自に開発した宇宙線強度計算プログラムPARMA/EXPACS7)と,緯度・経度の関数として表現した標高及び人口データベース8)を組み合わせ,公衆の宇宙線被ばく線量の人口平均値や分散を世界230ヶ国に対して評価しました。PARMA/EXPACSは,原子力機構が中心となって開発している粒子・重イオン輸送計算コードPHITS9)を用いて実施した大気圏内での宇宙線挙動解析結果に基づいて構築された解析モデルで,高度,緯度・経度,及び年月日を指定すれば,その条件に対する宇宙線強度や被ばく線量を瞬時に導出することができます。その計算精度は,様々な実測との比較で実証されており,最も信頼性の高い大気圏内の宇宙線強度計算モデルとして,航空会社による乗務員の宇宙線被ばく線量評価や,地球惑星科学で重要となる宇宙線による放射性核種生成量や電離量の推定など,様々な目的に使われています。

図2

図2 本研究で実施した評価の流れ

本研究で実施した評価の流れを図2に示します。まず,PARMA/EXPACSと世界標高データベースを組み合わせ,地表面での宇宙線被ばく線量率マップ(図3)を作成しました。次に,地表面での被ばく線量率をその土地に住む人口で重み付けし,建屋による遮へい効果10)屋内外滞在時間比11)を考慮して,各地域の人口加重宇宙線被ばく線量率を導出しました。そして,その結果を各国で集計することにより,世界230ヶ国における公衆の宇宙線被ばく線量の人口平均値や分散を評価しました。また,全世界で集計することにより,一人あたりの年間宇宙線被ばく線量の世界平均値を再評価しました。

図3

図3 本研究で作成した地表面での宇宙線による被ばく線量率マップ。標高の高い土地や極域で高くなります。

表1に,人口が1億人以上の国における宇宙線被ばく線量の人口平均値,及びその最小/最大値を示します。表より,宇宙線被ばく線量は,アメリカやロシアなど比較的緯度の高い国で高く,バングラデシュ,インド,ナイジェリアなど赤道付近の国で低くなることが分かります。これは,宇宙線が地球の磁場の構造により極地方に集中して流れ込み,赤道付近にはあまり降り注がないためです。また,同じような緯度でも,バングラデシュのように標高の低い土地に人口が集中している国は,厚い大気で宇宙線がより遮蔽されるため,被ばく線量が低くなります。日本の人口平均値は230ヶ国中153番目となる0.27mSv/年で,その最小及び最大値は0.24mSv/年(沖縄県波照間島)及び0.86mSv/年(富士山頂付近)となります。人口平均値が世界で最も高い国はボリビアで,その値は0.81mSv/年にもなります。これは,ボリビアの人口の大部分が,首都ラパス(標高3593m)など極めて標高の高い土地に集中しているためです。一方,人口平均値が世界で最も低いのはシンガポールで,その値は0.23mSv/年となります。これは,シンガポールが赤道付近に位置し,国土全体の標高が低いためです。計算した全ての国における宇宙線被ばく線量の人口平均値及びその最小・最大値は,Scientific Reports誌に掲載予定の論文に付録の電子データとしてまとめられています。

表1 人口が1億人以上の国における宇宙線被ばく線量の平均値及びその最小/最大値(mSv/年)

図4

図3 本研究で作成した地表面での宇宙線による被ばく線量率マップ。標高の高い土地や極域で高くなります。

本研究により導出した一人あたりの年間宇宙線被ばく線量の世界平均値は0.32mSvであり,UNSCEARの評価値より約16%低いことが分かりました。また,全人口の99%が年間0.23mSvから0.70mSvの範囲内の宇宙線被ばくを受けており,これらの数値は,太陽活動の変動により約15%変化することを明らかにしました。UNSCEARによる評価値との差は,主に,本研究の方がより精度の高い宇宙線強度計算モデルと,より精緻な人口分布データベースを利用したことに起因します。

【研究の意義】

自然放射線による被ばく線量は,放射線影響の評価において最も重要な基礎データの一つであり,UNSCEARでは,その世界人口平均値を最新の科学的知見に基づいて定期的に見直しています。本成果は,将来UNSCEARがその再評価を行う際,中心的な役割を果たすと期待されます。また,日常生活で受けている被ばく線量を正確に把握することは,放射線被ばくによる影響の理解促進に繋がると考えられ,日本国内でも学会が中心となって国民の放射線被ばく線量調査を実施しています。本研究により,自然放射線の4成分(宇宙・大地・食物・吸入)のうち宇宙からの寄与を詳細に把握することが可能となり,本成果は,今後の調査に多大に貢献すると期待されます。


戻る