【用語説明】

1) 全反射高速陽電子回折(Total-Reflection High-Energy Positron Diffraction、略してTRHEPD)

10 keVのエネルギーを持つ陽電子ビームを試料表面にすれすれの角度(6°まで)で入射させ、試料表面で反射した陽電子を蛍光スクリーン付のマイクロチャンネルプレートとCCDカメラで観測する。この反射した陽電子には原子配置の情報が含まれるため、陽電子の強度を解析すると物質の構造を決定できる。電子とは逆のプラスの電荷を持つ陽電子が物質に入射すると、原子から強い反発力を受けるため、陽電子ビームは物質内部へ侵入することはできない。このため、反射した陽電子には物質の表面から1-2原子層の極めて薄い領域の原子配置のみの情報を含むため、TRHEPD法を用いると物質内部の情報に邪魔されることなく最表面近傍の構造を精度よく決定できる。

実験は、原子力機構とKEKが共同で開発した、KEK低速陽電子実験施設に設置されている電子線形加速器を利用したTRHEPD装置で行った。本装置では、従来の線源法に比べ約100倍増の高強度の陽電子ビームが得られ、高精度な構造決定を可能にしている。

2) ゲルマネン

グラフェンのゲルマニウム(Ge)版。グラフェンは炭素(C)原子が蜂の巣状に配列した原子1個分の厚みしか持たない原子層物質である。ゲルマネンはグラフェンの炭素原子をゲルマニウム原子で置き換えたものである。ゲルマネンは、グラフェンとは異なり自然界には存在しないが、2014年に金やイリジウムの金属基板上でその合成が報告されて以来、さまざまな基板上で合成されるようになってきている。ゲルマネンは、グラフェンと同様に、極めて高い電子移動度や熱伝導度など、応用上有用な多くの物性を発現することが期待されている。また、ゲルマニウムは炭素に比べ重い元素であるため、グラフェンにはない、重元素由来の新たな物性の発現も期待されている。

3) バックリング(座屈)構造

グラフェンでは、炭素(C)原子がお互いに120°の角度を保って結合するため、全ての原子が同じ高さに位置した平坦な構造を形成する。一方、シリセンやゲルマネンでは、シリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)原子間の結合性の違いから、原子間の結合角が120°から小さくなることにより一部の原子が真空側に突出することが予想される。このように、平坦な構造からずれた、高さの違いを持つ凹凸構造をバックリング(座屈)構造と呼ぶ。

4) バンドギャップ

電子が占有された状態と空の状態のエネルギーの差であり、物質中での電子の移動のしやすさを決めるもの。絶縁体ではバンドギャップが大きいため、電子は移動できないが、半導体ではバンドギャップが小さいため、あるエネルギーを与えると電子は移動することができる。金属ではバンドギャップがないため、電子は移動しやすく、配線として利用されている。現在の電子デバイスでは、半導体のバンドギャップを利用して電流のON、OFFなどのスイッチが作られている。

5) 視射角

物質の表面から測った陽電子ビームのなす角を視射角と呼ぶ。一般的に使われる入射角は、表面の法線方向から測ったビームのなす角を指す。

6) 陽電子

電子の反粒子。電子と同じ質量、電荷、スピンを持つが、電荷の符号が電子とは逆のプラスである。陽電子は電子と出会うと対消滅を起こすことが知られているが、その確率は10-6と小さいため、TRHEPD実験においてはその効果は考えない。陽電子の発生方法はいくつかあるが、今回の実験では、加速器を利用し、電子・陽電子対生成により発生した高強度の陽電子をビームとして利用している。


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