【研究開発の背景】

最近、ポストグラフェンへの期待から、周期表で炭素と同じ第14族元素に属するシリコンやゲルマニウムなどで構成された、1原子層の厚みしかない原子シートの合成及び物性探査が行われています。これらは、グラフェンに倣って、それぞれシリセン、ゲルマネンと呼ばれます。理論的にはグラフェンと同様にこれらも極めて高い電子移動度などの優れた電気特性が予測されてきましたが、シリコンやゲルマニウムが炭素に比べて重いことや、結合性の違いによる3)バックリング(座屈)構造の出現などから、シリセンやゲルマネンでは、グラフェンとは異なる4)バンドギャップの発現やスピン特性の存在も期待されています。しかしながら、シリセンやゲルマネンはグラフェンとは異なり自然界には存在しないため、これらの原子配置や物性は実験的にはわかっていませんでした。しかし、2012年には銀の基板上でシリセンの合成、2014年には金とイリジウムの基板上でゲルマネンの合成が報告され、これらの構造物性研究が世界中で精力的に進められています。合成が可能になった一つ一つの場合について、詳しい物性解明のためには、その基礎となる原子配置の実験的解明が必要です。これまで本研究グループは、原子1個分の厚みしかない極薄物質の構造決定を得意とする全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法を用いて、金属表面上のグラフェンとシリセンの原子配置を決定してきました。

今回本研究グループは、アルミニウム基板上のゲルマネンに着目しました。このゲルマネンは約1年前に合成されたばかりであり、その原子配置はさまざまな手法を用いて調べられてはいるものの、まだよく分かっていませんでした。そこで、TRHEPD法を用いて、ゲルマネンの原子配列を実験的に明らかにすることにしました。

図1

図1 TRHEPD実験の配置図。図の左側から陽電子ビームがすれすれの視射角で試料表面に入射し、スクリーンに映し出された陽電子回折パターンを観測する。

【研究の手法】

本研究で用いたTRHEPD法では、10 keV程度のエネルギーを持つ陽電子ビームを試料表面にすれすれの5)視射角で入射させ、試料表面で反射した陽電子を回折パターンとして観測します(図1)。電子の反粒子である6)陽電子は、電子とは逆のプラスの電荷をもつため、陽電子ビームが物質に入射すると物質表面から反発力を受けます。このため、陽電子ビームを物質の表面にすれすれの角度で入射させると、陽電子が物質へ侵入する深さを表面から1-2原子層程度の極めて浅い領域に抑えることができます。ゲルマネンのような極めて薄い物質の場合、基板の内部といったような不必要な情報をできるだけ排除しなければ正確な構造決定をすることができません。今回は、この陽電子の表面敏感性を最大限に利用し、1原子層分の厚みしか持たないゲルマネンの原子配置を決定しました。

図2

図2 アルミニウム基板上に合成したゲルマネンからの陽電子の反射強度の実験と計算結果。陽電子回折パターンに現れるスポットに指数をつけてそれぞれの曲線を区別し、構造が対称的であれば、それぞれの色で囲んだ2つの曲線が同じ形状になります。

【得られた成果】

今回本研究グループは、アルミニウム基板上にゲルマネンを合成し、TRHEPD実験を行いました。さまざまな陽電子の回折スポット強度を測定し、図2のように回折スポット強度を視射角に対してプロットした曲線(ロッキング曲線)を、正しく説明する構造を得ました。特に、対となる回折スポット強度のロッキング曲線の形状が異なることを見出しました。陽電子ビームはゲルマネンの領域を主に見ているため、この結果はゲルマネンの構造が非対称化(対称性の破れ)していることを示しています。詳細な強度解析の結果、単位胞(図3中のひし形)中のゲルマニウム原子(番号7)が1個真空側に突出したため、構造の対称性が破れていることが判明しました(図3の左)。これまでに予想されている原子配置では、ゲルマニウム原子が2個(番号2と7)真空側に突出しているため、左右対称性な構造を持つとされていました(図3の右)。今回の結果は、これまでの予想に反したものとなりますが、これまでに構造以外について報告されている実験結果とは矛盾しないこともわかりました。

図3

図3 (左)TRHEPD法で決定したゲルマネンの原子配置と(右)これまでに予想されていた原子配置。黄色とオレンジ色の原子は全てゲルマニウム原子ですが、真空側に突出したものを大きな黄色で表現しています。

【波及効果、及び、今後の展開】

ゲルマネンは、省エネ・高速・小型の次世代電子デバイスを実現させるための新材料として期待されています。今回、アルミニウム基板上のゲルマネンが発現する物性の基礎となる原子配置が明らかになったことにより、ゲルマネンの特性の理解が急速に進むと考えられます。さらに、今回実験的に決定した原子配置を理論計算にフィードバックすることにより、グラフェンにはないゲルマネンが発現する新奇物性の予測が進むことも考えられます。

書籍情報

雑誌名:2D Materials

タイトル:Asymmetric structure of germanene on an Al(111) surface studied by total-reflection high-energy positron diffraction

著者:Yuki Fukaya1, Iwao Matsuda2, Baojie Feng2, Izumi Mochizuki3, Toshio Hyodo3, and Shin-ichi Shamoto1

所属:1日本原子力研究開発機構、2東京大学、3高エネルギー加速器研究機構


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