【研究開発の背景】

原子力機構では、高温ガス炉の熱を利用する熱化学法ISプロセスによる水素製造技術の基盤技術の確立を目的とした研究開発を実施してきております。

950℃の高温の熱を供給できる高温ガス炉は、高効率発電に加え、水素製造、化学・石油プラントでの熱利用、低温排熱を利用した海水淡水化、地域暖房など、多様かつ高効率の熱利用が期待されており、エネルギー基本計画(2014年4月閣議決定)では、「水素製造を含めた多様な産業利用が見込まれ、固有の安全性を有する高温ガス炉など、安全性の高度化に貢献する原子力技術の研究開発を国際協力の下で推進する。」ことが明記されています。

熱化学法ISプロセスは、高温の熱を用いて化学反応のサイクルを駆動して水を分解する「熱化学水素製造法」であり、ヨウ素(I)と硫黄(S)を用いるのでISプロセスと呼ばれます。本プロセスでは、原料水をヨウ素や硫黄の化合物と反応させ、生成するヨウ化水素(HI)及び硫酸(H2SO4)に熱を加えて分解し、水素と酸素を製造します。ヨウ素と硫黄はプロセス内で循環するため、環境に廃棄物を出しません。また、高温ガス炉と組み合わせることで、炭酸ガスを排出しない大量の水素製造が期待されます。現在、水素製造法としては、化石燃料を用いた水蒸気改質法が一般的ですが、炭酸ガスを排出するという問題があります。再生可能エネルギーを用いた水の電気分解は炭酸ガスを排出しませんが、一般的にコストや安定供給の面での課題が指摘されています。

図2

ISプロセスの原理

【得られた成果】

原子力機構では、2004年に、ガラス製機器の水素製造試験装置による1週間の連続水素製造に世界で初めて成功しています。熱化学法ISプロセスは、作動流体として極めて腐食性が強い硫酸やヨウ素を、室温から900℃と広い温度範囲、気液と多様な相状態で取り扱うため、実用化を目指すには、ガラス製機器の次段階として、工業材料により耐食・耐熱性を持たせた反応器3)での試験が必須です。

これらの反応器をそれぞれ、硫酸分解工程、ブンゼン反応工程、HI分解工程の3反応工程へ組み込み、プロセス全系に工業材料(金属、セラミックス等)を用いて反応器、配管に耐熱・耐食性を持たせた世界最先端の水素製造試験装置4)を2013年度に製作しました。それ以降、プロセスを構成する3つの反応工程(硫酸分解工程、ブンゼン反応工程、HI分解工程)毎の工程別試験を進め、各反応器による分解反応機能(HI分解反応による水素生成など)やガス化機能(HIガスの蒸留分離など)等の確認後、2016年2月16日~17日に、3つの反応工程を連結した水素製造試験装置の試運転(約10ℓ/h、8時間)に成功しました。また、より安定的な運転に向けた知見を得るため、試験後の1ヶ月間で装置点検や試験データの解析を実施し、プロセス流体として装置内を流動させるヨウ素やヨウ化水素に起因する熱交換器への固体析出防止などが、より安定的な水素製造運転を行う上で重要であることを明らかにしました。ここまでの成果を、3反応工程を連結した状態を維持したより安定的な本格試験(運転制御性、長時間運転安定性、機器の耐食性を確証する試験を実施)に移行する重要なステップと位置づけています。

【今後の予定】

今後、より長期間かつ安定的に3反応工程の連結状態を維持した水素製造を目指して熱交換器への固体ヨウ素析出防止対策やヨウ素やヨウ化水素用耐食性ポンプの機器改良を行うなど各反応工程の要素技術開発を行い、当該装置を用いた本格運転を実施し、実用化に向けた技術、信頼性の確証をさらに進める計画です。

原子力機構では、HTTRに熱利用施設(水素製造施設とガスタービン発電施設)を接続し、高温ガス炉熱利用システムの総合性能を検証すること、水素製造施設の接続時の安全基準策定、安全基準に適合する設計対策を確立することを最終的な目標としています。

950℃の高温の熱を供給できる高温ガス炉は、熱化学法ISプロセスを利用した水の熱分解による大量の水素製造を可能とし、将来的に水素を安定的に合理的な価格で供給することで、我が国における「水素社会」の構築に大きく貢献することが期待されます。


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