<用語解説>

*1強磁性

鉄やニッケルでは構成原子が磁気モーメント*7を持ちますが、外部から磁場をかけると、それらが同じ方向に整列します。その磁場を取り去っても磁気モーメントが揃ったままでいられる物質を強磁性体といいます。

*2放射光メスバウアー分光法

シンクロトロン放射光を利用したメスバウアー分光法の一つです。メスバウアー分光法は、1959年にR. L. Mössbauerが発見したメスバウアー効果 (1961年ノーベル賞。γ線やX線が原子核にエネルギーを失うことなく共鳴吸収される現象) に基づく測定法で、材料に含まれる特定の元素が示す価数や磁性などを調べることができます。従来のメスバウアー分光法では、放射性同位体(線源)から放射されるγ線が利用されています。線源から放出されるγ線のエネルギーは、そのままでは固定されますが、線源を振動させて速度を変えることでエネルギーを変化させることができます。そのγ線を試料に照射して透過強度を測定すると吸収スペクトルを観測でき、解析から物質の電子・磁気状態に関する情報が得られます。特に、鉄について調べるメスバウアー分光法が有名で、物理・化学・生命・宇宙などの広い科学分野で利用されています。一方、放射性同位体からのγ線は、満遍なく全方向に放射されるため、レーザーのような指向性は全くありません。また、測定対象の元素が変わると、それに合わせて線源となる放射性同位体を個別に用意しなくてはなりません。これらはメスバウアー分光法の発展の大きな障害になっていました。放射光メスバウアー吸収分光法では、放射性同位体の代わりに指向性の強いシンクロトロン放射光を利用することでその問題を解決しています。シンクロトロン放射光は、広いエネルギー領域のX線を含んでいるため、調べたい元素に適したエネルギーのX線を選びだして利用することにより、多くの元素を対象としたメスバウアー分光法の実験が可能になります。

*3代替材料

レアアースやパラジウム・白金などの希少かつ高価な原料を用いず、有機物や鉄・ニッケルなど安価な原料を用いて、高価な原料を用いた物質と同等以上の働きをする物質のこと。資源の乏しい日本では、「元素戦略」として代替材料の開発が強力に進められています。ナノ粒子化もそのような代替材料開発の手段の一つであり、材料表面の露出面を大きくすることで反応性を高めたり、サイズが小さくなることでバルクの材料では現れない特異な機能が発現したりします。

*4 SPring-8

日本最大の放射光施設で、ESRF(フランス)・APS(アメリカ)と共に世界3大放射光施設として知られています。ESRFやAPSと比較しても高エネルギー領域のシンクロトロン放射光を発生する性能が高く、今回利用したニッケル用の67 キロ電子ボルトのエネルギーのX線を生成するのに適しています。SPring-8は共同利用施設であり、国内外の様々な分野の研究者に利用されています。

*5 同位体

同じ原子番号を持つ元素の原子のうち、原子核に含まれる中性子の数(つまりその原子の質量数)が異なる原子のことを同位体と呼びます。同位体は種類ごとに自然界で一定の割合(天然存在比)で存在します。同位体には放射性のものもありますが、今回用いた61Niは自然のニッケルに約1 % だけ含まれており、放射性の無い(放射線を出さない)安全な同位体です。

*6光のドップラー効果

光は波の性質を持つため、救急車の音でよく知られている音のドップラー効果と似た現象が起こります。静止した観測者に対して光が相対的に運動すると観測される光の波長(エネルギー)は実験室で測定されるものとずれます。これを光のドップラー効果と呼びます。

*7磁気モーメント

磁石の強さと向きを表すベクトル量です。大きさを表す単位にはμB(ボーア磁子)が用いられます。

*8化学還元法

ナノ粒子にしたい元素のイオン溶液をつくり、それを化学的に還元して元素の塊(コロイド)を作ることによってナノ粒子を作製する方法です。

*9面心立方構造、六方晶構造

いずれも結晶を構成する原子の配列構造の一種です。面心立方構造は、原子が立方体の頂点と各面の中心に配置するもので、塩化ナトリウム(塩)やニッケルがその例です。一方、六方晶構造は、原子が六角柱のように配置する構造を持つもので、水晶(石英),緑柱石,方解石がその例です。

*10有機物でコーティング

ナノ粒子には、ナノ粒子同士の凝集を抑えるためや、酸素と反応して劣化するのを防ぐなどの理由で、積極的にコーティングが行われる場合があります。この時、コーティング物質によってナノ粒子の性質が変化することがあり、それを評価することは実用材料の開発にとって大変重要な問題となっています。ところが、表面をコーティングしたナノ粒子の物性測定を行う場合には、コーティング物質からの信号とナノ粒子からの信号が入り混じるために、内包するナノ粒子の物性測定が困難になることがあります。メスバウアー分光法では、物質中でγ線と共鳴した特定元素の信号だけを測定するので、コーティング物質に影響されることなくナノ粒子の物性を調べることができます。

*11同位体富化

メスバウアー分光法の測定効率を高めるため、γ線を共鳴吸収できる特定の同位体だけで試料を作製することがよく行われます。このように特定の同位体の含有率を増やすことを同位体富化と呼びます。ところが、同位体富化に用いる原料は高額で、ニッケルのメスバウアー分光用の同位体(61Ni:約90%)の場合、1グラムあたり数百万円します(同位体の濃縮を行わない市販のニッケルは1グラム当たり数十円です)。今回の実験では、同位体富化を行わずにニッケルナノ粒子のスペクトル測定に成功しています。これは、安価なニッケルで作製される実用材料の評価・分析を行う上での放射光メスバウアー分光法の大きなアドバンテージを実証するものです。


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