【研究の背景】

アントシアニンは花弁や果実、種子の色などを決める主要な植物色素であるとともに、近年では、その強い抗酸化力に注目が集まっており、日常生活で摂取できる天然の健康増強物質として利用されています。アントシアニンは植物細胞内で合成されますが、最終的には、液胞と呼ばれる細胞小器官に蓄積することが知られています。アントシアニンは液胞に入ることで初めて大量蓄積が可能となり、植物色素などの生理機能を発揮できるようになります。したがって、アントシアニン蓄積機構を理解することは色素や抗酸化物質を植物に多量に含有させるために非常に重要です。しかしながら、合成されたアントシアニンがどのように蓄積するのか、そのメカニズムについてはほとんどわかっていませんでした。この理由の一つとして、複数の蓄積機構が存在するために関連した変異体を見つけ難いことがあります。そこで、高等植物のモデル植物として汎用されているシロイヌナズナを用いて、原子力機構高崎量子応用研究所イオン照射研究施設(TIARA)のイオンビーム照射技術を駆使することで新しい変異体を作出し、アントシアニン蓄積メカニズムを明らかにすることを試みました。

【研究の方法】

モデル植物であるシロイヌナズナは、変異体の作出およびその原因遺伝子の同定において非常に利便性が高いことから、分子生物学研究に頻繁に用いられています。シロイヌナズナではアントシアニンは葉や茎に蓄積しますが、葉緑素(緑色)が邪魔をし、アントシアニンの蓄積機構の研究はほとんど進んでいませんでした。そこで、葉緑素や他の色素が存在しない、完熟途中の若い種子(未熟種子)に注目し(図1①)、未熟種子においてアントシアニンを蓄積するように改変された特殊なシロイヌナズナ(赤色種子)の利用を考えました(図1②)。この赤色種子は過去にイオンビームで作出されたものです。この赤色種子に、他の放射線よりも高頻度で遺伝子を完全破壊でき、突然変異誘発率も高いイオンビームを照射することで、透明な背景で赤いアントシアニンの蓄積の様相が変化したイオンビーム変異体を高感度で作出する方法を立案しました(図1)。このようにして、イオンビーム照射した植物の子どもから種皮のアントシアニン量が低下して赤色が薄くなった変異体(図1③)を探し出し、得られた変異体における突然変異遺伝子の特定を試みました。


図1 今回確立したイオンビーム変異体作出法
葉緑素や他の色素が存在しない未熟種子(①)をアントシアニン蓄積するように改変し(②)、これにイオンビームを照射して、種皮のアントシアニン量が低下して赤色が薄くなった変異体を作出した(③)。

【研究の内容と成果】

今回確立した手法によって、種皮のアントシアニン量が低下した変異体(pab1変異体と名付けました)を作り出すことに成功しました。pab1変異体の特徴解析を実施したところ、アントシアニンを合成する遺伝子には全く変化がないにも関わらず、種皮にアントシアニンがほとんど蓄積していないことが判明し、この変異体は蓄積機構が異常な変異体であると考えられました。この蓄積異常の原因を遺伝子レベルで解明するために、pab1変異体における変異遺伝子を探索したところ、pab1変異体では、FFTと呼ばれる膜タンパク質遺伝子に突然変異が生じていることを突き止めました。そこで、壊れていない正常なFFT遺伝子をpab1変異体に導入して、アントシアニンの蓄積量が復帰するかどうかを検証しました。その結果、FFT遺伝子を導入しただけでpab1変異体の種皮が色づくことが判明し(図2)、この膜タンパク質遺伝子の変異が種皮へのアントシアニン蓄積を低下させる原因であることを突き止めました。


図2 pab1変異体の原因遺伝子の同定

次に、FFT遺伝子が発現している細胞を緑色に光らせるように工夫して種皮の断面を顕微鏡観察したところ、種皮組織のアントシアニン蓄積細胞層が緑色に光り、FFT遺伝子が種皮組織で機能していることを明らかにしました(図3)。


図3 pab1変異体の原因遺伝子FFTが機能する細胞の調査。
種皮内層がアントシアニン蓄積層である。

さらに、緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識したFFTタンパク質を作る人工遺伝子をpab1変異体に遺伝子導入して、緑色に光るFFTタンパク質が細胞内のどこで機能するのかを顕微鏡で調べました(図4)。その結果、緑色の蛍光は、顕微鏡像において細胞(図4上 点線で囲んだ部分)内の液胞の膜に相当する部分でのみ観察され(図4下)、FFTタンパク質が液胞膜上に局在することを突き止めました。液胞はアントシアニンが蓄積する細胞小器官であり、FFTタンパク質はそのアミノ酸配列から生体膜を介した物質輸送を実行する膜タンパク質に分類されます。これらの実験結果から、今回同定したFFT遺伝子は、液胞膜でアントシアニン蓄積を支配する遺伝子であるということが明らかとなりました。


図4 GFP標識したFFTタンパク質の細胞内局在性
同じ細胞の顕微鏡像(上)と蛍光顕微鏡像(下)を示した。

本研究によって、種皮のアントシアニン蓄積に必須の遺伝子を世界で初めて同定することができました。アントシアニンは単なる植物色素にとどまらず、その強い抗酸化力から、健康増強物質としての更なる利用が望まれています。種子は主要な食品素材の一つであることから、様々な種皮のアントシアニン成分を改良することで、新しい機能性食品の開発にも繋がると期待されます。


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