【用語の説明】

注1:荷電対称性

原子核の陽子の数と中性子の数が入れ替わったような原子核を、もとの原子核の「鏡像核」とよびます。互いに鏡像核になっている2つの原子核の性質は、陽子にだけ働く電気的反発力の効果を除くと、ほぼ一致することが知られています。たとえば、互いに鏡像核であるヘリウム3原子核(陽子2個、中性子1個からなる)と、3重水素原子核(陽子1個、中性子2個からなる)とは、質量が等しく、同じ構造をもっています。これは陽子・陽子間の核力と、中性子・中性子間の核力が同じであることから生じます。原子核のもつこのような対称性を荷電対称性と呼びます。陽子や中性子の構成要素であるアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)は、電荷の違い以外にはほぼ同じ性質をもっていますが、それが荷電対称性の起源となっています。

注2:ラムダ粒子とハイパー核

素粒子クォークは6種類ありますが、物質を形づくるもととなっている陽子と中性子は、最も軽いアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の組み合わせでできており、陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォーク(uud)、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォーク(udd)からなります。クォーク3つからなる陽子・中性子の仲間の粒子(バリオンとよぶ)は他にもたくさん存在することが分かっています。その一つがラムダ粒子で、3番目に軽いストレンジクォーク(s)、アップクォーク、ダウンクォークそれぞれ1個(uds)からなるバリオンで、中性子と同様に電荷を持ちません。なお、ラムダ粒子のようにストレンジクォークを含む粒子は、ストレンジ粒子(直訳すれば「奇妙な粒子」)と呼ばれています。

ラムダ粒子は加速器で作ることができますが、すぐに崩壊してしまうので、地球上にある通常の物質中には存在しません。しかし、加速器でラムダ粒子をつくって原子核にいれると、陽子・中性子とともに原子核の構成要素となることがわかっており、このようなラムダ粒子をふくむ原子核をハイパー核とよびます。J-PARCハドロン実験施設は、ハイパー核の研究に適した世界でも数少ない施設の一つで、国内外の研究者によって盛んに実験研究が進められています。

注3:J-PARCハドロン実験施設

茨城県東海村にあるJ-PARCは、世界最高強度の陽子ビームで生成する多彩な2次粒子を用いて、さまざまな素粒子・原子核研究や物質科学・生命科学に利用されています。その中にあるハドロン実験施設では、30ギガ電子ボルトの陽子ビームを金の標的に当ててK中間子やπ中間子などの「ハドロンビーム」を作り、これを用いて原子核や素粒子の研究が行われています。本実験が行われたK1.8ビームラインには、ビームと標的から放出される粒子のエネルギーを測定する世界最高性能の磁気スペクトロメータが備えられており、今回の研究では、作られたヘリウム4ハイパー核をこれらの装置によって選び出しました。

【参考図】

図1

図1:左図のように、3H(三重水素)と3He(ヘリウム3)は互いに鏡像核の関係にあり、質量や性質がほとんど同じです。しかし、そのそれぞれにラムダ粒子をいれた水素4ハイパー核4ΛHとヘリウム4ハイパー核4ΛHe では、右図のように、基底状態と励起状態の質量差が大きく異なっていることが今回分かりました。さらに他のデータと合わせることで、励起状態(スピン1)では4ΛHと4ΛHeの質量差がほとんどないのに対し、基底状態(スピン0)では質量差が大きいことが分かりました。

図2

図2: 測定されたガンマ線のエネルギースペクトル。(a)は、ハイパー核を生成しなかったときのスペクトル、(b)は、ヘリウム4ハイパー核(4ΛHe)を生成したときのスペクトルです。前者には、ビームが周囲の物質や検出器に当った際に発生するいくつかの既知のガンマ線のピークが見えます。一方、後者には、ヘリウム4ハイパー核からのガンマ線がはっきりと見えます。

図2

図3:左は、28台の特殊なゲルマニウム検出器からなるガンマ線検出器Hyperball-Jの写真です。Hyperball-Jは、ハイパー核から放出されるガンマ線が測れる世界唯一の装置です。右上はHyperball-Jの上部の写真で、丸く見えるのがゲルマニウム検出器です。右下は、J-PARCハドロン実験施設K1.8ビームライン実験室の実験装置の前に集合した実験グループの写真です。Hyperball-Jは写真中央の奥に置かれています。


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