【研究開発の背景】

SiCは重要な半導体材料であり、高温強度特性に優れているため、高温構造材料としても応用が期待されています。一方、一次元ナノ材料、その中でもナノチューブは、サイズが小さく、管状形状をしていることから、薄膜や通常の材料に比べて異なる電気・光学特性を示す可能性があるため、様々なセラミックナノチューブの創製が、多くの研究者により行われています。これまでに我々は、多層カーボン(C)ナノチューブとSi粉末を、真空中で熱処理することで、多結晶SiCナノチューブの創製に成功しています。SiC材料の結晶状態としては、多結晶の他に、単結晶、微結晶及びアモルファスと全4種類存在します。異なった結晶状態のSiC材料は、それぞれ半導体特性や発光波長等の異なった電気・光学特性を持つことが知られています。特に、アモルファスSiCは、低摩擦係数を有するため磨耗材料として、さらには、太陽電池材料や発光材料としての応用が期待されています。このように、材料の結晶状態をコントロールすること、さらにそれらを複合化することにより、材料の高性能化が期待されています。しかしながら、ナノチューブの形状を保ったまま、結晶状態をコントロールすることは困難であるために、アモルファスSiCナノチューブや、さらには、結晶状態の異なるSiCを一本のSiCナノチューブ内に複合化させた複合SiCナノチューブの創製に成功していませんでした。今回新たに、原子のはじき出しや、その後の原子拡散等により結晶状態を局所的に改変可能なイオン照射を行うことで、これまで得られたことのない新しい構造を有する新奇複合SiC系ナノチューブの創製に成功しました。

【研究の手法】

高崎研 イオン照射研究施設(TIARA)3)において、複合SiCナノチューブの合成を試みるために、図1左に示すイオン照射装置を用いて実験を実施しました。これまでに合成に成功している多結晶SiCナノチューブの前面に金属製マスクを設置することで、照射領域を制御して、室温にてイオン照射を行いました(図1右)。

高崎研 イオン照射研究施設(TIARA)

図1左 イオン照射装置の外観写真、 図1右 複合SiCナノチューブ創製のためのイオン照射方法

【得られた成果】

・結晶状態をコントロールすることによる新奇複合SiCナノチューブの創製

金属製マスクを用いて室温でイオン照射を行った多結晶SiCナノチューブの電子線回折結果から、イオン照射をされていないナノチューブの上部では小さな点が集まってリングを形成しているパターンが観察され、一方で、イオン照射をされた下部ではぼやけたリング状のパターンが観察されました(図2)。このことから、点線を境にして、多結晶領域とアモルファス領域を、一本のナノチューブ内に複合化させたSiCナノチューブの創製に成功したことがわかります。このように、イオン照射により、ナノチューブの形状を保ったまま、多結晶体からアモルファス体を、さらには、領域を選択してアモルファス化する手法を確立することができました。

図2 多結晶-アモルファス複合構造SiCナノチューブの透過型電子顕微鏡(TEM)4)写真及び電子線回折写真

・新しい構造を持ったカーボンナノチューブの創製

多層カーボンナノチューブとSi粉末の真空中熱処理により、SiCナノチューブの内部に多層カーボンナノチューブが残存しているC-SiC同軸複合ナノチューブも合成されます。室温においてイオン照射したC-SiC同軸複合ナノチューブの電子線回折5)結果(図3 左)及び高分解能TEM観察結果等から、イオン照射によって、SiCは先ほどと同様にアモルファスになりましたが、カーボン層は完全にアモルファス化せず、結晶構造が保たれていることがわかりました。さらに、多層カーボンナノチューブ内のカーボン層間方向が、ナノチューブの長手方向から僅かに傾いている構造(図3右上)から、イオン照射により、ほぼ90°垂直方向に湾曲した新しい構造(図3右下)を持つカーボンナノチューブを合成できることがわかりました。このように、イオン照射により、これまで得られたことのない新たな平衡状態構造を創製することにも成功しました。

図3 左 イオン照射後のC-SiC同軸複合ナノチューブのTEM写真及び電子線回折写真、
図3 右C-SiC同軸複合ナノチューブの照射前後の模式図

【波及効果、及び、今後の展開】

このイオン照射は、SiCナノチューブだけでなく、他のセラミックナノ材料にも適用できます。この手法の適用により、異なった結晶状態を複合化する等、様々な新奇複合ナノ材料の創製ができるため、新しい電気・光学特性を有する可能性があります。そのため、これらの新奇複合ナノ材料は、小型化・省電力化された電子・光学デバイスへの応用が期待できます。

書籍情報
雑誌名:Carbon
タイトル:Synthesis of heterostructured SiC and C-SiC nanotubes by ion irradiation-induced changes in crystallinity
著者:Tomitsugu Taguchi, Shunya Yamamoto, Katsuaki Kodama, and Hidehito Asaoka
所属:日本原子力研究開発機構


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