【用語説明】

(1)放射線(電離放射線)

紫外線よりも波長が短い光や、非常に高速(光速の100分の1以上)で飛ぶ荷電粒子は、物質中を突き抜けて所々で電離(イオン化)を引き起こすことができ、これらを総称して電離放射線あるいは単に放射線と呼ぶ。放射線は、その種類やエネルギーによって、生体物質との相互作用のしかたやその程度が異なる。そのため、吸収された物理的エネルギー(吸収線量:単位はGy)が同じであっても、生物に与える影響の種類や程度も異なる。極めて高速のイオンの流れであるイオンビームは、光の一種であるエックス線やガンマ線よりも生物に対する効果が大きいが、その理由は詳しくは分かっていない。

(2)バイスタンダー効果

放射線を照射した細胞で認められるような効果(細胞の増殖阻害、DNAや染色体の損傷、突然変異の誘発など)が、その周囲の非照射細胞にも現れる現象。1992年にハーバード大学のNagasawaとLittleによって初めて報告された。照射細胞からの何らかの信号伝達によって引き起こされると考えられており、培養液だけを照射しても起こらない。その信号伝達経路としては、培養液中に放出される物質が拡散して非照射細胞に到達して作用を伝達する経路や、隣接して接着した細胞同士の間の細胞膜に空いた微小なトンネルである細胞間隙(ギャップジャンクション)を通って信号物質が流れる経路が考えられている。
いわゆる低線量放射線被曝では、生体中の細胞の多くは「照射されていない」ため、照射細胞からの影響をどのように見積もるかが、低線量放射線の生体影響を推定する上で重要となる。たとえば、照射による致死効果や突然変異誘発効果が周囲の照射されていない細胞に単純に伝播するとすれば、低線量域での生物影響を増幅することになる。一方、放射線照射によるアポトーシス(細胞の自殺)は、DNA損傷の修復を適当なところで断念し、敢えて自殺することによって、望まれない突然変異や発がんのリスクを予め除去する個体レベルでの防衛機構として機能しているとも考えられ、この場合、照射細胞の周囲に伝わるバイスタンダー効果は、この防衛機構をいっそう効果的に機能させるのかもしれない。さらに、放射線適応応答と呼ばれる現象にも、このバイスタンダー効果が関与していることを示す実験結果もある。

(3)ガンマ線、エックス線

どちらもレントゲン写真の撮影や放射線治療、さらには医療器具の滅菌やプラスチック製品の加工などに使われる電磁放射線。ガンマ線はコバルト60やセシウム137などの放射性同位元素から発生する電磁放射線で、原子核がもつエネルギーの放出によって生じる。一方、エックス線は原子の軌道電子が持つエネルギーの放出によって生じる。各々、発生の起源が異なり、一般的にエックス線の光子エネルギーはガンマ線より小さいが、物理的な作用は同じで、その結果、生物に対する作用にも本質的な違いは無い。

(4)重粒子線、炭素イオンビーム

原子から電子を剥ぎ取った原子核(イオン)をサイクロトロンなどの加速器によって光速の数十分の一から数分の一程度にまで高速に加速した粒子線をイオンビームといい、炭素イオン等の重い粒子のイオンビームのことを特に重粒子線という。生物学実験やがん治療の他、原子核/素粒子物理学実験に用いられている。

(5)コバルト60ガンマ線照射施設

原子力機構高崎量子応用研究所のコバルト60ガンマ線照射施設は、約0.04 Gy/hの低線量率から約20 kGy/hの高線量率の広い範囲で任意の線量が照射できる国内唯一の施設であり、3つの照射棟に合計8つの照射室がある。コバルト60線源は金属製の筒に密封されていて、水深6 mのプール水中に格納されており、照射するときには線源を水中で移動して昇降装置によって照射室内に持ち上げる。照射室はコバルト60線源から出るガンマ線を閉じ込めるために、厚さ1.3 mの重コンクリートの壁で囲まれている。

図3

コバルト第1棟

(6)イオン照射研究施設(TIARA)

バイオ技術や材料科学などの先端的科学技術研究専用として、原子力機構高崎量子応用研究所内に設置された世界で最初のイオン加速器施設。炭素イオン等を加速するサイクロトロンと3台の静電加速器で構成され、世界に先駆けたイオンビーム育種技術や大気中の生体試料に対する重イオンマイクロビーム照射技術などを用いた様々な研究が行われている。

図4

イオン照射研究施設(TIARA)


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