【背景】

元素の周期表において、原子番号89から103まで、すなわちアクチニウム(Ac)からローレンシウム(Lr)までの15の元素群を「アクチノイド」と呼びます(図1)。原子力発電所の燃料として使われているウラン(U)も原子番号92の「アクチノイド」に属する元素の1つです。さらに、「アクチノイド」の一部を含んだ原子番号100を超える非常に重い元素を「超重元素」と呼びます。超重元素は、自然界には存在しないため、加速器を利用して人工的に作り出されます。しかし、核反応で生成する原子の数が少ないことや、その寿命が数秒~数分程度であるため生成してもすぐに崩壊してしまいます。したがって、一度に扱うことのできる原子は1個あるいは数個しかなく (「単一原子」の化学とも言う)、元素としての振る舞い(化学的性質)はほとんど明らかにされていません。

図1

番元素のローレンシウムは、15番目の「アクチノイド」だと考えられており、「超重元素」でもあるため、その化学的性質の解明はアクチノイドを含む重元素の化学的性質を理解する上で、重要な鍵となる元素です。

【研究手法】

当研究グループは、このローレンシウムの化学的性質として重要な意味をもつ、「イオン化エネルギー」に注目し、「表面電離過程」を用いた測定に成功しました。「表面電離過程」は、高温の金属表面と原子との間の電子のやり取りによって、原子がイオン化される過程のことであり、金属表面の種類や温度、原子のイオン化エネルギーに依存します。

実験は、原子力機構原子力科学研究所タンデム加速器実験施設にて行いました。ローレンシウムはタンデム加速器から得られるホウ素ビームをカリホルニウム標的に衝突させて合成しました。そして、ガスジェット法[5]と呼ばれる方法で生成したローレンシウムをガス気流にのせて、新たに開発した表面電離型イオン源[6]へと搬送し、迅速にイオン化して取り出しました(図2)。

図2

【成果】

この実験の結果、ローレンシウムの短寿命同位体256Lr (半減期27秒)のイオン化・質量分離に成功しました。そして、このデータから、ローレンシウムのイオン化エネルギーの値を導き出すことに世界で初めて成功しました。得られた値は、ローレンシウムの原子核の周りを運動している最も外側の電子がとても不安定で、緩く束縛されており、あらゆる元素の中でも特別にイオン化されやすい元素の一つであることを示しています。

この緩い結合は、「アクチノイド」と同じく15の元素群で構成される「ランタノイド」の15番目のルテチウム(Lu)でも見られる現象で、ランタノイドの最後であるルテチウムはローレンシウムと同じように、他のランタノイドと比べて明らかに低いイオン化エネルギーの値を示します(図3)。この最も外側の電子が、原子核に対して極端に緩く結合していることが、ランタノイドそしてアクチノイドがこの元素で終わるという直接的な証拠になるのです。つまり、今回の発見は「アクチノイド」も15番目のローレンシウムで終わることを初めて実験的に示すことができた成果ともなりました。これは、1940年代にノーベル化学賞受賞者のシーボルグ博士が提唱したアクチノイド系列の周期表上における位置づけを半世紀以上の時をかけて実証したことになります。

これは、理論によって推測された周期表のパズルが一つ解けたとも言えます。

また、この極端に低いイオン化エネルギーの値は、元素周期表で第1族に整理されるアルカリ金属元素の値に匹敵します。また、今回新たに計算した理論値は、ローレンシウムが周期表から単純に期待される電子配置と、異なる電子配置をとるであろうと示唆しています。つまり、ローレンシウムがアクチノイドとしての性質に加えて、周期表上の他のグループに区分される性質や電子配置を持つという、化学的に多面性を持った実に興味深い元素であることも我々に示しています。

図3

【今後の期待】

今回、これまで取り扱いが難しいとされていた原子番号が100を超える超重元素に適用可能な新しいイオン化エネルギー測定手法を確立し、ローレンシウムのイオン化エネルギーの測定に成功したことは、化学の基礎としての元素の周期表に関する新たな事実を示しただけでなく、原子力に重要なウランを含むアクチノイド全体の化学的性質のより深い理解に大きく貢献することが期待できます。また、今後、更に重く未開拓な元素に研究領域を押し広げることも期待できます。

【論文名・著者名】

T. K. Sato, M. Asai, A. Borschevsky, T. Stora, N. Sato, Y. Kaneya K. Tsukada, Ch. E. Düllmann, K. Eberhardt, E. Eliav, S. Ichikawa, U. Kaldor, J. V. Kratz, S. Miyashita, Y. Nagame, K. Ooe, A. Osa, D. Renisch, J. Runke, M. Schädel, P. Thörle-Pospiech, A. Toyoshima, and N. Trautmann
“Measurement of the first ionization potential of lawrencium (element 103)”


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