【研究開発の背景と目的】

近年、医療現場でCT撮影は有用な診断技術として広く普及していますが、撮影に伴う被ばく線量は胸部のレントゲン撮影と比較しても高いことが知られています。そのため、IAEA等は特に若年層への撮影や同一の患者に対する繰り返し撮影について、被ばく線量へ注意を払うことを提唱しています。国内の医療分野の学会でも、患者の生涯にわたる医療行為による総被ばく線量を把握して、過剰な被ばくを防止する取り組みに着手しています。特に、日本国内のCT装置の台数は世界的にも多く、撮影件数は2005年時点の調査で年間約2,070万件を超えると推定されており、日本人のCT被ばく線量は世界的に見ても高いと考えられていますが、実際の医療現場での撮影の状況や受ける総被ばく線量を着実に把握する体制は確立されていません。

以上の課題を解決するため、放医研、原子力機構及び大分県立看護大は、東海大学医学部附属病院や新別府病院などの診療放射線技師の協力を得て、平成24年12月に試験運用を開始したWAZA-ARIを改良したWAZA-ARIv2を開発し、国内の医療機関がインターネットを介して容易に利用し、相互の情報交換により被ばく線量の統計データを収集できるよう、放医研の管理の下、平成27年1月30日より、本格的な運用を開始することとしました。

【WAZA-ARIv2の特徴】

今回、本格運用を開始したCT線量評価用システムWAZA-ARIv2は、平成24年12月より試験運用を開始しているWAZA-ARIと同様に、以下の特徴を有しています。

更にWAZA-ARIv2では、患者の過剰な被ばくを防止するためのCT撮影条件の最適化のための医療機関への情報提供、様々な体格や年齢の患者の正確な被ばく線量の計算等に必要な以下の2つの機能を追加しました。

① 利用機関の被ばく線量データを収集し、全体のCT被ばく線量分布情報を提供
利用機関の被ばく線量データの収集は、利用者の同意に基づいて行われます。利用者は、最初に医療機関名やCT検査数などの情報を入力して、WAZA-ARIv2の利用登録をします。登録した利用者は、撮影条件や患者の必要な情報を入力することで、被ばく線量を計算することができます。また、入力した条件や被ばく線量の結果のデータをWAZA-ARIv2を通じて、任意で放医研のサーバーに登録することができます。一方、WAZA-ARIv2のサーバーでは、収集された各機関の被ばく線量データの情報から、検査種別及び撮影部位毎に国内のCT被ばく線量の分布を解析し、その結果を利用者に提供します。利用者は、WAZA-ARIv2に登録された全データの線量分布と自施設の線量レベルを比較することで(図2)、自施設で患者の過剰な被ばくを防止するためのCT撮影条件を設定し、患者の過剰な被ばくの防止を図ることに活用できます。

② 患者の年齢や体格に応じた線量計算
 試験運用中のWAZA-ARIでは患者情報として設定できる条件が、成人では平均的な体格の日本人の男女と、未成年では4歳女児のみでした。これに対し、WAZA-ARIv2では、成人では日本人男女の体格に関する統計データに基づき、多くの日本人がその範囲に含まれると考えられる肥満型、痩せ形の患者、未成年の患者も0歳、1歳、5歳、10歳又は15歳の男女から選択して、線量を計算できる機能を追加しました(図3)。この線量計算では、成人については日本人平均と異なる体格の人体モデル4を新たに開発し、未成年についてはフロリダ大学及び米国国立がん研究所の協力を得て入手した人体モデルを用いて、原子力機構が中心となってシミュレーション計算5により撮影で受ける被ばく線量を解析し、その結果に基づき整備してWAZA-ARIv2に格納した線量データを利用します。
利用者が一目で撮影条件と対比して結果を確認できるよう、計算結果を撮影条件の設定画面の右側に表示するレイアウトに変更しました。更に電子ファイルで撮影条件と計算結果を保存できる機能を追加するなど、利便性を考慮した改良も行っています。

【期待される成果と今後の展開】

利用者の登録により蓄積された被ばく線量データは、各機関が自施設の撮影条件の最適化に利用できる他、放医研が適切に管理を行い、日本のCT被ばく線量の統計データとして、放射線防護を目的とした調査研究に継続的に利用していきます。また、今後放医研に集められた診断の実態データと組み合わせることにより医療被ばくデータベースの構築を行い、国内の医療被ばくの正当化や最適化のための研究に利用していく予定です。

WAZA-ARIv2では様々な体格や年齢群のCT撮影時の各臓器の被ばく線量が計算可能になり、患者ごとにより正確な被ばく線量の計算ができるようになりました。特に放射線感受性の高い若年層に対する被ばく線量の管理は非常に重要であり、WAZA-ARIv2は若年層のCT撮影時の被ばく線量を詳細に知ることができる点でも非常に有用です。

今のところ、WAZA-ARIv2の線量計算において選択できるCT機種は国内に設置台数が多い機種を中心として整備していますが、今後、文部科学省科学研究費補助金(平成26年度-28年度、研究代表者:東京医療保健大学准教授(放医研客員研究員)小野孝二)により、利用者の希望などを反映して、利用できる機種の拡張を行っていく予定です。

図1
図1. WAZA-ARIv2における計算条件の設定画面
(左枠にCT撮影条件や体格・年齢の条件を入力し、赤枠内のボタンを押すと右枠内に各臓器の被ばく線量の計算結果が表示される。)
図2
図2. WAZA-ARIv2でのCT診断に伴う被ばく線量の頻度分布の比較を示すグラフ
(薄緑:WAZA-ARIv2の蓄積した線量の全データ、濃緑:各機関の登録した線量データを示す。
結果のグラフはイメージとして示したもの。全身に対する実効線量以外に臓器別の頻度分布も解析できる。)
図3
図2. WAZA-ARIv2でのCT診断に伴う被ばく線量の頻度分布の比較を示すグラフ
(薄緑:WAZA-ARIv2の蓄積した線量の全データ、濃緑:各機関の登録した線量データを示す。
結果のグラフはイメージとして示したもの。全身に対する実効線量以外に臓器別の頻度分布も解析できる。)

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