【背景】

触媒反応は今日の生活の様々なところで利用されています。例えば、自動車のエンジンから出てくるガスの中には、有害な一酸化炭素・窒素酸化物等の物質が含まれていますが、触媒が持つ浄化能力により無害なガスへと変換され、大気中に排出されます。この触媒には白金などの稀少価値の高い貴金属が使用されていることから、反応のメカニズムを理解することで、より少ない量でも反応が進む効率的な触媒を創製しようという試みが盛んに行われています。

これまでの多くの研究は、触媒の構造を調べることで、触媒の性質を理解しようとするものでした。それに加えて、最近では、電子の動き(電子の状態の変化)の解明も触媒機能の理解に不可欠であることがわかってきました。

触媒反応では、反応分子、触媒、さらには触媒を支える担体などがそれぞれの間で複雑に電子をやり取りすることで反応が進行していきます。 従って、実際に触媒が反応を進めている場、つまり、「働く触媒中での電子の動き」を調べる測定技術が必要になります。

【方法】

本研究グループは、放射光を利用した先端X線分光法の一つである共鳴非弾性X線散乱法に着目しました。この測定技術は、国内では原子力機構が大型放射光施設SPring-8のビームラインBL11XU4)にて独自に開発してきたもので、これまでは高温超伝導の機構解明など学術的な目的での利用がほとんどでした。

この先端X線分光法では、試料にX線入射して、試料から出てきた散乱X線を高度に検出することで電子の動きを調べるというものです。透過能力の高いX線のみを利用した手法であるため、ガス雰囲気中や液体中などの実環境の条件下においても測定を行うことが可能です。また、特定の元素に関する情報のみを抽出して測定できる特長を活かして、触媒金属中の電子を狙い撃ちすることができます。

以上のことから、先端X線分光法が「働く触媒中の電子の動き」を捉えるのに適していると考え、文部科学省委託事業・元素戦略プロジェクト「脱貴金属を目指すナノ粒子自己形成触媒の新規発掘」(H19〜H23年度)の支援を契機として、実用触媒の研究を開始しました。

【成果】

測定対象には、本研究グループ自らが開発に関わってきた自動車排ガス浄化のためのインテリジェント触媒、及び、その比較対象としての一般的な自動車触媒を選びました。いずれも貴金属である白金が触媒として働きます。触媒が働く環境として酸素中(酸化雰囲気)、水素中(還元雰囲気)、一酸化炭素中(反応ガス雰囲気)での測定を行い、理論計算とも比較しました。

その結果、インテリジェント触媒においては、触媒となる白金と担体中の金属との間で特徴的な電子の動きがあることを発見しました(図1)。また、その電子の動きがインテリジェント触媒の自己再生機能の鍵となっており、反応ガスの吸着能力にも影響を与えていることを明らかにすることができました。

図1

図1:一酸化炭素(CO)吸着効果を表す実験結果。一般的な自動車触媒(Al2O3担体)やインテリジェント触媒のうち担体との相互作用が弱いもの(CaTiO3担体)では、反応ガスであるCOとの間での電子の動きが観測されていますが、担体との相互作用が強いインテリジェント触媒(CaZrO3担体)では、触媒と担体の間での電子の動きが顕著に見られています。

【今後の展望】

この成果は、本研究グループが開発してきた測定技術である先端X線分光法の有効性を実証するものでもあります。この先端X線分光法を活用することで、反応分子、触媒の間だけではなく、担体も含めた三者間を動く電子の状態を、触媒が働いているその場で捉えることができようになります。その分析に基づき、担体との間の電子の動きを通じて触媒の状態を制御するという、新しい触媒創製・機能向上に向けた指針を与えることができると期待されます。それを通して、貴金属使用の低減・代替を目指す自動車触媒や燃料電池電極触媒の開発に貢献できると期待されます。


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