【背景及び経緯】

福島第一原発事故により放出された放射性物質で汚染された、ごみの焼却灰や下水汚泥のうち、放射性セシウム濃度が1kg当たり8000 Bqを超えるものは指定廃棄物として、現在は各地のごみ処理施設や下水処理場に保管されています。そのうち、下水汚泥などを処理した焼却灰(以下「汚泥焼却灰」という)は、1300℃以上の高温での焼却や、有機酸や硝酸などの酸溶液で溶解するなど、様々な方法で適切に処理するための検討がされています。

これらの処理方法のうち、酸溶液で溶解する方法は、汚泥焼却灰に含まれる放射性セシウムが酸溶液になかなか溶け出さないため、放射性セシウムの回収率が低いことが課題となっています。

【研究手法と成果】

汚泥焼却灰(図1)中の放射性セシウムは、その元素濃度が極めて低く、化学状態を直接分析することができません。そこで当研究グループは、汚泥焼却灰に含まれる放射性セシウムを保持している物質を明らかにするために、異なる酸溶液の溶解特性に着目しました。有機酸や無機酸など、様々な酸溶液の種類と濃度を変えて溶解試験を行い、溶出する放射性セシウムと鉄などの元素濃度を測定して、それらの関係を調べました。

その結果、汚泥焼却灰は、鉄を含む粒子や、リン酸カルシウム及びケイ酸塩鉱物などで構成され、放射性セシウムの大部分が鉄酸化物に保持されていることを解明しました(図2)。また、溶解試験で用いた酸溶液には約70%の放射性セシウムが溶出しましたが、溶出しなかった放射性セシウムの20%以上は、難溶解性の物質内に保持されていることも分かりました。

図1
図1  汚泥焼却灰の写真
下水汚泥焼却灰には放射性セシウムの他に鉄、シリカ、カルシウムやリンなどが含まれる。
図2
図2  下水汚泥焼却灰から様々な種類と濃度の酸溶液処理により溶出した放射性セシウム(137Cs)の割合と溶解した鉄の減少割合(左図)、及びシリカの減少割合(右図)
酸溶液の種類と濃度により溶解する放射性セシウムの割合は様々です。濃度の濃い塩酸を加えることにより70%の放射性セシウムが溶解しました。放射性セシウムの溶出割合は鉄の溶解割合はと良い相関がありますが、シリカの溶解との相関は余りありません。このことから、放射性セシウムは鉄を 含む物質とともに存在することが分かります。

次に、その難溶解性物質の正体を明らかにするために、溶解残渣(さ)物を電子顕微鏡で分析したところ、鉄を含む粒子がケイ酸塩に覆われているため、溶解しないことが分かりました(図3)。そこで、この粒子を細かく粉砕することで、鉄含有粒子が表面に現れ、放射性セシウムが鉄酸化物となってさらに溶出するのではないかと考え、汚泥焼却灰を機械により粉砕する方法を試みました。

その結果、汚泥焼却灰の粉砕時間を長くするほど、放射性セシウムが溶出する割合が増加し(図4)、最終的には、粒子を数百ナノメートルレベルの細かさにまで粉砕した汚泥焼却灰からは、90%以上の放射性セシウムを溶出することに成功しました。なお、溶出した溶液中には鉄、カルシウムやリン酸が溶けていました。また、溶解せずに残った残渣物を60℃の模擬海水や純水に長時間浸漬しても、放射性セシウムは全く溶出しませんでした。

図3
図3  塩酸による溶解試験後の残さ物の電子顕微鏡写真
塩酸により溶解試験を実施した後に残った残さ物質の電子顕微鏡写真では10μm程度の粒子が観察されました。それぞれの粒子の元素組成を分析したところ、鉄だけが検出される粒子はほとんどありませんでした。1で示す楕円で囲んだ物質には、鉄の他にケイ素が検出されました。一方、2で示す物質には主にケイ素が検出されました。これらの結果は、1の物質では鉄酸化物がケイ酸塩鉱物により覆われている可能性が高いと考えました。
図4
図4  粉砕処理を行った汚泥焼却灰を6 mol/L(濃度)の塩酸溶液処理により溶出した放射性セシウムの割合と焼却灰重量減少割合の関係
粉砕処理を行うことで処理を行わない場合に比べて、汚泥焼却灰から溶出する放射性Csの割合は増加します。粉砕時間を増すことにより放射性セシウムの溶出割合は増えますが、溶解した汚泥焼却灰の重量の割合はそれほど増加しません。このことは粉砕によりケイ酸塩鉱物で覆われた鉄酸化物の溶解によりより多くの放射性セシウムが溶出することが分かります。

【今後の予定】

汚泥焼却灰を細粒子化して塩酸で溶解し、鉄酸化物として放射性セシウムをできるだけ多く溶出させることは、残渣物(図5の残渣A)中の放射性セシウムを、指定廃棄物の濃度以下にまで減少させることになります。また、溶出した溶液のpHを中性にして沈殿させた、鉄及びカルシウムリン酸塩(図5の沈殿B)には放射性セシウムは含まれず、沈殿物中の放射性セシウム濃度を、廃棄物を安全に再利用できる基準である100Bq/kg以下にすることが可能です。そして溶液に残った放射性セシウムを、陽イオン交換材で回収することができます。

今回の研究結果は、このような方法を確立することにより、指定廃棄物である汚泥焼却灰を1kg当たり8000 Bqの基準濃度以下にして処理することや、大幅に減容させることを可能にするものです。

今後は、今回の知見に基づき、民間企業や各研究機関などと協力して、細粒化プロセスによる汚泥焼却灰の処理システムの開発に取り組んでいきたいと考えています。

図5
図5 下水汚泥焼却灰からの放射性セシウム(Cs)の回収処理法
粉砕処理後に酸溶液処理することから残さ焼却灰中の放射性セシウム濃度を減少させることが可能となり、指定廃棄物基準濃度以下の廃棄物とすることが可能です。さらに、溶解液に含まれる鉄(Fe)、カルシウム(Ca)及びリン酸(P)の回収も可能です。溶解液のpH を中性にすることで、鉄及びカルシウムリン酸塩を沈殿させます。これまでの予備試験では、鉄沈殿物、リン酸カルシウム沈殿物中には放射性セシウムは含まれませんでした。このことから、沈殿物中の放射性セシウム濃度を廃棄物の安全に再利用できる基準である100Bq/kg以下にすることが可能です。溶液に残った放射性セシウムは陽イオン交換材で回収します。このような方法を確立することにより、指定廃棄物基準濃度を超えて保管されている下水汚泥焼却灰の減容が可能となります。

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