発表内容:

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震によって引き起こされた福島第一原子力発電所事故は、周辺の土地に高濃度の放射能汚染をもたらし、その対策は3年半が経った現在でも日本の最も大きな社会問題のひとつとなっている。これまで各地域とそこでの土壌中の放射能強度や経時変化が詳細に調べられてきたが、はたして放射能の主体である放射性セシウム(注1)がどのように土壌中で存在するかは未だ明らかではなく、室内実験等から特定の粘土鉱物(注2)に強く固定されていると考えられてはいるが、実際の土壌での確証的なデータは得られていなかった。このため除染方法の研究・開発等に未だ明確な指針が定められていないというのが現状と言える。

東京大学大学院理学系研究科の小暮敏博准教授の研究グループは、(独)日本原子力研究開発機構、(独)物質・材料研究機構、(独)国際農林水産業研究センターとの共同研究によって、イメージングプレート(IP)オートラジオグラフィー(注3)と呼ばれる放射線検出の手法を改良し、またこれとともにさまざまな電子顕微鏡技術等を駆使することによって、福島県飯舘村から採取した土壌中で放射性セシウムを固定している多くの微粒子を特定・解析し、さらにその中で放射性セシウムがどのように分布しているかを今回初めて明らかにした。

実験ではIPと呼ばれる放射線記録媒体の上に分散した数十ミクロンメートルの土壌微粒子の中からIPを感光させた放射性微粒子を特定し(図1)、これを電子顕微鏡内に移動させてその形態や化学組成を調べることにより、放射性微粒子をいくつかの種類に分類した(図2)。さらにその中の典型的な微粒子を集束イオンビーム加工(注4)と呼ばれる手法によって切断・薄片化し、より高解像度の電子顕微鏡によって微粒子内の構造を調べて、放射線の発生箇所を特定することを試みた。

図1
図1.福島県の放射能汚染土壌からマイクロマニピュレータによって採取された放射性微粒子(上)と、各粒子から発せられる放射線をイメージングプレートと呼ばれる放射線記録媒体によって記録したもの(下)。赤や緑が強い放射線を示し、放射能を持つ微粒子とそうでないものが判別できる。

これらの一連の実験から、放射性セシウムは風化黒雲母(注5)と呼ばれる鉱物粒子に多く固定されており、さらにセシウムはこの鉱物中に均一に分布していることが明らかとなった。このような風化黒雲母はこれまでの室内実験でもセシウムを非常によく吸着することが示されており、先行研究を指示する結果と言える。またこの風化黒雲母は、福島県東部の地質である花崗岩体の長年の風化によって、そこでの土壌に大量に含まれており、森林や水田などの土壌中の放射性セシウムのかなりの量は、この鉱物に強く固定されている可能性が高い。今後、当研究グループを含む上述の共同研究グループでは、福島県の他の地方の土壌についても同様に放射性微粒子を特定するとともに、採集した放射性微粒子を用いてセシウムの存在状態やその安定性、化学的処理による脱理の可能性などを調べていく予定である。

今回の成果は、福島地方の今後の長期的な放射性物質の拡散・移動等の動態予測、化学的な処理等による土壌中の放射性セシウムの除去方法の開発、除染作業によって膨大に発生しつつある汚染土壌の容積の減少化方法や貯蔵方法の提案など、今後の放射能対策のための研究・開発の基礎となる画期的なものと言うことができ、これにより有効な放射能汚染対策が進むことが期待される。

図2
図2. 放射性微粒子の電子顕微鏡像(上)とそこから放出されるX線が示す微粒子の化学組成(下)。これにより、放射性微粒子を構成する物質を明らかにし、左から順に風化黒雲母の鉱物粒子、有機物が主体で小さな鉱物粒子を含む粒子、細かい鉱物粒子の集合体(土壌団粒)と分類された。

発表雑誌:

雑誌名:「Environmental Science & Technology」
論文タイトル:Speciation of radioactive soil particles in the Fukushima contaminated area by IP autoradiography and microanalyses
著者:MUKAI, Hiroki; HATTA, Tamao; KITAZAWA, Hideaki: YAMADA, Hirohisa: YAITA, Tsuyoshi; KOGURE, Toshihiro
DOI番号:10.1021/es502849e
アブストラクトURL:http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/es502849e


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