【研究開発の背景と目的】

2011年3月11日の東日本大震災に端を発した東京電力福島第一原発事故に伴う大気中への放射性物質の放出により、多量の放射性セシウムが環境中に飛散しました。放射性セシウムの分布状況は、地表面の雨水や河川の流動等の自然現象により、時間経過とともに変化するため、広範囲の測定を定期的に行っていく必要もあることから、航空機や自動車等の様々な手法を用いて放射線分布を測定し、マップ化されてきました。しかしながら、人間や車が立ち入ることの困難な場所は計測が難しいため、有人ヘリや無人ヘリによって行われていますが、位置分解能の向上が課題となっていました。


以上の背景に対し、散乱エネルギー認識型ガンマカメラ1)を開発することにより、感度が高く、地表面上での2次元位置分解能を持ち、かつ無人ヘリに搭載可能な10kg以下の装置を開発し、上空からの高位置分解能な放射線分布の測定を目指してきました。本研究では、新開発の国産のシンチレータであるCe:GAGG2)SiPM3)(シリコン・フォトマルチプライヤー)アレイ[散乱体]及びAPD4)(アバランシェ・フォトダイオード)アレイ[吸収体]とを組み合わせた放射線検出器を構成します。エネルギー補正を導入したコンプトンカメラ5)の方式により、ガンマ線の飛来方向を高感度に分析する検出器システムを開発し、ヘリコプターによる詳細かつ広範囲なマップの迅速な作成の可能なシステムの開発を目指します。本システムにより地表から放出されるガンマ線の飛来方向情報が得られるため、GPS・地形情報を活用し計測データを地表面の情報に焼き直すことで、樹木・建造物・地形の影響を排除し、対象とする地表面における土壌の汚染に由来する放射線量を得ることができ、可視的かつ精度の高い放射線量マップを住民へ定期的に提供することが可能となります。

研究の手法

ガンマカメラの測定原理


図1 エネルギー認識型ガンマカメラの概念図

開発した散乱エネルギー認識型ガンマカメラは、図1に示すように、既存の材料から選定した有効原子番号の小さいシンチレータからなる第1面検出器(散乱体)でコンプトン散乱を起こさせて散乱位置と反跳電子のエネルギーを測定し、高感度のGAGG(密度6.63g/cm3, 有効原子番号54)シンチレータとAPDアレイからなる第2面検出器(吸収体)で散乱ガンマ線の位置とエネルギーを測定します。

従来のコンプトンカメラ方式では、両方の検出器において高いエネルギー分解能が求められていましたが、共同研究者である高橋浩之(東京大学大学院工学系研究科教授)らは、標的となる線源のエネルギーが既知の場合には幾何学的な配置から前方で散乱されるエネルギーと後方で検出される位置の関係を算出することで後方の検出器の詳細なエネルギー情報を必要としないエネルギー補正方式(図1)を導入したシステムを新たに考案し、格段の角度分解能と検出効率の向上にブレイクスルーを果たしました。本ガンマカメラにおいては、標的となる線源は放射性セシウムに限定されるため、新しいコンプトンカメラ方式の有効性を最大限に発揮できます。

また、Ce:GAGG(表1)は高発光量・高エネルギー分解能、高い検出効率および自己放射能が無い点(それぞれ、表1の発光量、エネルギー分解能、有効原子番号、自己放射能の欄より)からCe:GAGG結晶を用いれば、それまでの材料を利用するのに比べて高感度な検出器を実現できます。GAGGのエネルギー分解能は半導体検出器にはやや劣るものの、662keV付近の134Cs(605keV)と137Cs(662keV)のガンマ線が分離できます。エネルギー補正方式(図1)により吸収体でそれほど高いエネルギー分解能を必要しない本システムには、上記のガンマ線の分離が可能な分解能を有するシンチレータの中で、感度の点でも最適なシンチレータです。試作機においては、第2面検出器として、10x10x10mm3のエネルギー分解能を改善した結晶を4x4ピクセルに配置したシンチレータアレイと1対1対応する4×4 APDアレイを組み立て、40x40mm2の検出面積を持たせました(図2)。高感度シンチレータを10mmの厚さにすることで、高感度な検出器が実現できます。GAGGはまた発光波長が520nmと長くAPDの波長感度領域と一致するため、APDとの組み合わせで性能を最大限発揮することが出来ます。APDは光電子増倍管に比べ非常に小型軽量であり、動作電圧が小さく消費電力が小さいことから、電圧供給装置(インバータ等)やバッテリーの軽量化が可能です。結果として、無人ヘリに搭載可能な小型で軽量(10kg以下)のガンマカメラを実現できました。

表1 シンチレータ結晶・半導体の性能比較

図2 GAGG+APD(左)及び設置状況(右)

実証試験と開発成果

(1) 実験室での測定試験

図3に示す検出器(試作機)を製作し、角度分解能を評価するために実験室での測定試験を実施しました。試作検出器は2段の10mm角GAGG検出器(前段[散乱体]:厚さ5 mm 後段[吸収体] 10mm)からなり(図2)、開発した集積回路により個別にデジタル化されデータ取得分析装置に伝送され、GPSによる位置情報と統合されます。まず、検出器下部に1つの137Cs点線源を配置(図4の左上図)し、散乱体と吸収体のシンチレータで同時測定を行いました。そこで得られた両シンチレータのエネルギー分布を基に、正面方向に指向性を持たせるようなエネルギー選択条件で画像再構成を行いました。その結果、横方向に20°,縦方向に20°移動させた線源位置が分離できることを確認しました(図4の3つの再構成画像[ガンマ線強度の2次元分布])。これにより測定したエネルギーにある条件を課すことで下方から飛来するガンマ線のみを検出できることが確認できました。

図3 検出器の外観図(左)とその内部(右)

図4 約0.1m離れた位置からの137Csの点線源の配置図(左上)、
及び点線源を捉えた画像(左下・右上・右下)。オレンジ色の部分が直径5mmの線源位置

(2) 福島県内での実証試験

福島県浪江町請戸川河川敷(図5)において、ガンマカメラの試作機を無人ヘリに搭載して測定を実施しました(図6)。

図5 試験場所(福島県浪江町高瀬川河川敷)
右は従来型検出器で測定された放射線分布マップ

図6 試験の様子

図7 プログラミング飛行結果
(空間線量率分布マップ)

測定では、予めプログラムされたラインに沿って測定を行うプログラミング飛行及びホバリング飛行を実施しました。プログラミング飛行では、およそ60m四方の範囲を矩形的に5m間隔のライン上を20分程度飛行測定することにより、河川の北岸の高線量部分と水面上や南西部の低線量部分を捉えることができました(図7)。ここでは、散乱体と吸収体の2層のシンチレータを用いて同時測定(コインシデンス)することにより(コンプトン散乱による)ガンマ線のデータを取得しました。コンプトン散乱のエネルギーと散乱角との関係式から測定範囲を絞ることができ、ヘリコプター直下のガンマ線を測ることができます。これにより、通常の測定器のように周辺の森林や山の斜面からの影響を大きく受けてしまうことなく、知りたい真下方向の情報を得ることが可能となりました。その結果、コインシデンスを取らない通常の測定では平均化されて見えない細かな分布を可視化することが可能となり、通常の測定器に比べて位置分解能が大幅に向上しました。
また、ホバリング飛行によるデータ収集も実施し、ガンマ線分布を再構成した画像を得ることにも取り組んでおります。これにより、河川敷のホットスポットなど事故後の時間の経過とともに移流して局所的に線量の高い場所を、広範囲から迅速に特定して可視化することが可能となりました。

今後の展望

今回の測定手法は、上空から放射線分布をより詳細に把握するために開発しました。これまでのヘリコプターを用いた航空機モニタリングや無人ヘリによるモニタリングでは、下向き45°の測定を行うため、図8に示すように位置分解能は百数十m以上(無人ヘリの場合)と、詳細な分布が測定できませんでした。

今回の手法では、位置分解能は約10mで測定できました。また、3次元地図情報と組み合わせることにより、局所的な放射線分布の変化が測定できます。今回のガンマカメラの開発により、山林等を含む広範囲の放射性セシウムの分布の可視化、及び周辺からの影響を排除することによって高位置分解能の放射線量マップの作成が可能となり、広いエリアの中から除染箇所の特定や除染効果の確認作業の効率化に向けて大きく前進します。


図8 航空機と無人ヘリの測定範囲

図9 検出素子(APD)の8×8アレイ

今後、現地での試験結果をフィードバックし、より高性能なシンチレータの開発や検出素子の増強、補正情報の取得機能の追加など、今回用いた試作機の改良(図9)を行うことによって感度と位置分解能の向上を実現し、必要な技術を確立して行きます。さらに、計測回路の高集積化、検出素子の高精細化を図ることにより、指向性と検出効率を高め、位置分解能1m以内の高精度・高位置分解能の放射線量分布測定法の実用化を目指します。


また、データ解析方法やマッピングソフトウェアの開発も含めて、図10のように、ホバリングによる放射線の分布測定と高位置分解能を目指した測定法の実用化を目指して行く予定です。 また、3次元地図情報と組み合わせることで、3次元のセシウム沈着量分布マップの作成を目指して行く予定です。

図10 今回開発した測定システムの利活用方法(概念図)

本開発成果は、JST先端計測分析技術・機器開発プログラム(放射線計測領域)の開発課題「無人ヘリ搭載用散乱エネルギー認識型高位置分解能ガンマカメラの実用化開発」によって得られました。


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