【研究の内容】

図1

図 1: 電気抵抗測定で決められているURu2Si2における温度-磁場相図。磁場や温度の条件下によりI相~Ⅴ相の状態に区分される。II相~Ⅴ相は磁気相。
実験(A)は一定温度0.4ケルビンで磁場を変えて行いました。
実験(B)は、35テスラ付近の磁場中で温度を変えて行いました。

図2

図2: 安定同位体29Si核を濃縮したURu2Si2の単結晶。

図3

図3: 実験(A)。0.4ケルビン一定で磁場を変化させると、NMRシフトは、約35テスラに近づくにつれて増大する。そして、突然「II」相へ磁気転移する。

今回の研究は、酒井研究副主幹が研究代表者としてNHMFLの実験課題に公募採択されたものです。強磁場を用いて、ウラン化合物URu2Si2の「隠れた秩序」状態を変化させて出現する磁気状態を詳しく調べました。

これまでに極低温におけるURu2Si2の状態は、電気抵抗測定によってI相~Ⅴ相に分けられることが判明しています (図1)。しかし、各々の相における電子状態までは分かっていません。

そこで、今回、「隠れた秩序」と呼ばれるI 相の電子状態を理解するためのヒントとして、I 相に強磁場をかけて現れる「II」相の電子状態をNMR 法を用いて調べることとしました。

NMR 法は、原子核の核スピンからの信号を分析して、電子の磁気状態を測定する方法です。今回、この信号強度を高めるために、自然界には5%しか存在しない核スピンをもつ安定同位体29Si核を99.8%まで濃縮したURu2Si2単結晶 (図2) を、LANL の研究グループの協力を得て育成しました。以下のように、「II」相へのアプローチとして2種類の実験を行いました。(実験(A)、(B))

図1において、実験(A)という矢印で示したような極低温一定条件で磁場を変える実験では、約35テスラ以上の磁場をかけると、「隠れた秩序」(I) 相は、「II」相に相転移します。一方、実験(B)という矢印で示したような一定磁場条件で温度を変える実験を行うと、高温での常磁性 (Ⅳ) 相 (磁石の向きが乱れて方向性を失い、平均して磁性ゼロの状態) から、「II」相へ相転移します。

まず実験(A)についてNMRを用いた測定の結果を、図3に示します。縦軸のNMRシフトは、基準値 (29Si核の回転周波数) からの「ズレ」として数値化したものです。基準値からの「ズレ」は、ウラン電子が29Si核の位置に作る微少な磁場が原因で発生するものであり、「ズレ」が大きくなるほど、ウラン電子が磁気的であることを意味します。通常の金属では、NMRシフトは磁場に対して一定になります。ところが、この「隠れた秩序」(I) 相では、22 テスラ付近 (図1および図3中でH*と書きました) までは磁場に対して一定ですが、22テスラ付近に小さな山を描いた後、さらに磁場をかけるとNMRシフトは少しずつ増大していくことがわかりました。そして、約35テスラで電子状態が突然変わり、NMRシフト0.5%付近から大きく「ズレ」ました。この実験結果で、確かに極低温の約35テスラを境界に、「隠れた秩序」(I) 相が新しい「II」相へ突然転移すること、そして「II」相への相転移は磁気的転移であることが証明できました。また、従来、H*~22テスラで微小な抵抗変化が現れることは知られていましたが、今回の実験で微小な磁気変化も伴うことが明らかとなり、NMR実験が高感度で行われたことの証拠にもなっています。


図4

図 4: 実験(B)。極低温で「隠れた秩序」(I) 相が消える約35テスラ以上で、温度を下げて常磁性 (IV) 相から磁気的「II」相へ相転移させると、共鳴磁場が広範囲に拡がった。 図5

図 5:URu2Si2における非磁性のときのウラン原子配列と「II」相の磁気構造。右図では、ウラン微小磁石が上向きのとき赤色で、下向きのとき青色で表している。

次に、実験(B)に切り替えてこの35テスラ付近の「II」相の電子状態について温度を変えて調べました。その結果、4.2ケルビンで初めて磁気的「II」相のNMR信号を捉えることに成功しました。図4は、その結果を示します。

NMR信号は、核スピンの回転周波数と磁場が一致 (共鳴) したときにのみ得られるので、常磁性 (Ⅳ) 相においては、磁場に対して共鳴磁場が一箇所の単純なスペクトルが得られます。一方、今回得られた「II」相のスペクトルは共鳴磁場が広範囲に拡がった特徴的な形状を示していることが分かりました。

このスペクトルの形を、様々な磁気構造を仮定して再現した結果、図5のような構造を持つことが分かりました。

図5に示したように、強磁場で出現する「II」相には不思議な点が二つあります。一つは、各ウラン電子に一定の微小磁石の向き (磁気モーメント)が生じ、磁場に対して上向きか下向きかしか向けないこと、もう一つは、それぞれの磁気モーメントがその垂直特定方向に上-上-下 (↑↑↓) の順序に整列していることです。各ウラン電子が均一ならば、4回回転対称性 (図5で示したように、結晶を90°回して同じ状態になる) があるはずですが、「II」相にはこれがありません。これは、ウラン電子が原子核の周りを球対称から歪んだ軌道で運動することで生じる磁性と、ウラン電子のスピンに起因する磁性との相互の影響(スピン-軌道相互作用)により、微小磁石同士の間に、特別な指向性が強く現れたものと言えます。この結果は、低磁場領域での「隠れた秩序」(I) 相において、精密な磁気測定法によって見出された微小な電子のひずみと密接な関係があります。これらについては、「ウラン化合物の超伝導前駆状態における電子ひずみの原子レベルでの測定に成功 -磁気に誘発される新しい超伝導機構の可能性-」(2013年6月18日、原子力機構プレス発表)、「ウラン化合物における四半世紀の謎「隠れた秩序」を解明」(2011年1月28日、原子力機構プレス発表)をご参照下さい。

【今後の展開】

今回の研究結果から、磁場をかける前の「隠れた秩序」状態のウラン電子も強いスピン-軌道相互作用による指向性のために歪んだ電子軌道をもっていると考えられます。ウラン化合物は、強磁場や高圧力などで、電子状態を制御することが容易にできます。こうした様々な極限環境下で、ウラン電子の強いスピン-軌道相互作用を正しく理解することは、電子状態シミュレーションに不可欠であり、電気や磁気を熱に変換できるような新しい機能をもったウラン化合物を作るための原理を解明し、将来の原子力科学の発展に寄与します。

【論文名・著者名】

“Emergent Antiferromagnetism out of the ‘Hidden-Order’ State in URu2Si2: High Magnetic Field Nuclear Magnetic Resonance to 40 T” (URu2Si2における「隠れた秩序」状態から出現した反強磁性)
H. Sakai, R. R. Urbano, Y. Tokunaga, S. Kambe, M.-T. Suzuki, P. L. Kuhns, A. P. Reyes, P. H. Tobash, F. Ronning, E. D. Bauer, and J. D. Thompson.

Physical Review Letters


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