【研究開発の背景と目的】

福島第一原発事故により、環境中には広範囲にわたりセシウムが飛散しました。事故直後から表土除去や凝集剤を用いた回収などの除染作業により多くの放射性物質が除去され、生活環境の空間線量を下げることができました。一方で、土や落ち葉に降着したセシウムが大雨や春先の融雪などのきっかけで増水し、生活用水として利用している井戸水や沢水などの水源に混入することが懸念されています。水へ混入するセシウムは、物理的なろ過で取り除くことができる不溶性のものと、化学的な処理を行わないと取り除くことができない可溶性のものに分けられますが、事故から3年が経過した現在では、可溶性セシウムは検出されていません。しかしながら、落ち葉に付着したセシウムが時間の経過とともに可溶化することでセシウムが水中に溶け出してくる可能性もあるため、不溶性セシウムと可溶性セシウムのどちらでも確実に捕集できる処理材料が求められています。

原子力機構と倉敷繊維加工では、これまで溶液中に極微量に溶けている金属を選択的に捕集できる材料の開発を共同研究で進め、超純水用フィルターなど、水処理材料の商品化に成功してきました。このような経験を基に、可溶性セシウムに対して選択性が高く、吸着性能が優れた捕集材を開発しました。これに、不溶性セシウムを取り除くためのフィルターを組み合わせ、飲用水中のすべてのセシウム除去が可能な給水器の開発に初めて成功しました。今回開発した給水器は、何らかの理由で自然界から水源に混入したセシウムを確実に捕集することができ、井戸水や沢水などを使用する方々に、安心して水を使って頂けることが期待できます。

【研究の手法】

原子力機構と倉敷繊維加工では、これまでに水中に溶けている金属などを効率良く捕集可能な微量金属除去捕集材2)の研究を進めてきました。今回開発した可溶性セシウム用の捕集材は、酸やアルカリに強く、軽量で加工性の良いポリエチレン製の不織布素材に、原子力機構が保有する電子線グラフト重合という技術でセシウムに親和性が高いリンモリブデン酸基を導入したものです(図1)。開発したセシウム捕集材と不溶性セシウムを捕集するためのフィルターを組み合わせ、飲用水に適合した給水器を製作しました。この給水器は、平成24年11月7日にプレス発表(http://www.jaea.go.jp/02/press2012/p12110701/index.html)した研究を展開させた成果であり、開発した捕集材を充填したものです。この給水器について、福島県双葉郡川内村で井戸水や沢水を飲用水として利用されている方々を対象に、実際に台所の蛇口に給水器を取り付け、1年間のモニター試験を行い、セシウム除去効果を検証しました。試験では、給水器のカートリッジを定期的に交換して、カートリッジ中のセシウム量を調べ、給水器の性能評価を行いました。

図1 電子線グラフト重合法によるセシウム捕集材料の合成工程

【得られた成果、今後の予定】

交換・回収したカートリッジは、図2に示す不溶性セシウム捕集層と可溶性セシウム捕集層に分けて、それぞれの層で捕集されたセシウムの分析を行いました。

はじめに水源の井戸水や沢水のセシウム存在量を把握するため、採取した水を0.45ミクロン(1ミクロンは1ミリメートルの1/1,000)径の市販ろ過膜(物理ろ過)を通して不溶性成分(ろ過膜上に残ったもの)と可溶性成分(ろ過膜を通過したもの)とに分離し、それぞれに含まれるセシウムの放射能量をゲルマニウム半導体検出器で計測しました。その結果、沢を水源とする一部の水に不溶性セシウムが検出されましたが、給水器を通過させた後の水にはセシウムは検出されませんでした。

交換したカートリッジの2ヶ月間に蓄積されたセシウムの捕集量を調べたところ、1年間の交換総数75個に対して17個にセシウムが検出されました。蓄積されたセシウムは、カートリッジ1個あたり最大で4ベクレルでしたが、これは2ヶ月間に蓄積された量であり、一人で全てを飲用した場合であっても、一日あたりの飲用する水の量を200ミリリットル(コップ1杯)から2リットル(ペットボトル1本)程度で考えると、いずれも1ベクレル以下(1リットルあたり、0.3から0.03ベクレル)となりました。

今後は、大規模な飲用水への適応が期待されているため、酪農業や既存の上水システムなどへの適応評価を進めていく予定です。

図2 カートリッジに充填したセシウム捕集層の構造


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